62.
「お久しぶりです。三人とも、元気そうでよかった…」
「にゃーあ」
次の日、三人は裏山に居た。
そこには懐かしい小さな家と、出迎える聖母と六匹のモフモフ。夢ではないと教えるように、パクたちはそれぞれ挨拶する。
風通しをよくする為か、戸や窓は開けられ、外にも微かに薬草の匂いが漂う。
あの後。アレクは無事解放されたが、疲れている三人を気遣ったファスはすぐに帰ってしまったのだ。帰り際、優しく微笑み手を振られ、本当に戻ってきたのだと実感したカイ達。明日、何が何でも行かねばとやる気に火をつけ、今までに無い速さで家に戻り、片付けを全て終わらせた。そして、今に至る。
「あぁ!久しぶりファス!ファスこそ元気だったか?無理してなかったか?」
食い気味にぐいぐい行くはカイだ。手を握り、距離が近い。
身形が少し小綺麗に見えるのは、気のせいではあるまい。昨日は不可抗力とはいえ、汚れていた。
ファスは少し頬を染め、嬉しそうに微笑んでいる。抱っこされていたパクは、少々窮屈そうだが。その様子におや、と思いはしたが、トオヤは特に何も言わない。
「俺達は相変わらずだ。そっちも変わりないようで安心した」
「ホントホント!レオちゃん達も元気してるよ!こんなに早く会えるなんて嬉しー!!」
昨日、何故ギルド執務室に居たのかは、アレクから隅々まで聞き出しておいた。ファスが冒険者ギルドを訪ねたのは言わずもがな、三人に会えないかと思っての事だ。ちゃんとお裾分けも持って。残念ながらそれは、酒場の輩共とアレクの腹に消えた。
「ファスさんが居てラッキーだったよね、その二人。居なかったら水かけられて終わりだったよ」
そんな事は無い……と言いたいが、可能性がゼロではないのが、冒険者という集団なのだ。実際、水魔法を発動させかけていた者も居たとか居ないとか。
「それで、何で早く帰って来る事になったの?向こうで何かあったのー?」
久々のファス達お手製のお茶。それすらも嬉しいうららは、ゆっくり飲んでいる。
「そうだな。まだ暑さは続くらしいし……少し辛いんじゃないか?雨が降れば少しはマシだろうが…」
「いえ、五日だけの予定で、また戻ります」
「え、」
固まる三人に、ファスは理由を話す。
ある程度薬草が貯まったので、今回は新しい薬に挑戦していた。この時期はそこまで作らないのだが、いい出来にパクたちは張り切ってしまい、容れ物が足りなくなってしまったという。代用できないかと試してみたが、やはり薬瓶が必要だ。
薬師ギルドなら、瓶も取り扱っているし、買い取っても貰える。パクたちの負担も考え、最後まで渋っていたファスだが、折角作ったモノを駄目にしてしまうのも、気が引ける。
そんな訳で、期間限定の里帰りならぬ王都帰りであった。
「昨日は、薬師ギルドに寄った帰りだったんです」
手に入れた瓶は洗浄済なので、薬詰めは終わっている。
「え…、ちょ、ファス、今日で何日目……」
「三日です。なので、」
残り、二日。たった、二日。
知っていればもっと早く戻ってきていたのに……!!三人の心は同調した。
が、そこで諦める精神の持ち主ではないカイ、思い切り食い下がった。
二ヶ月だ。二ヶ月ファス無しで頑張っていたのだ、二日ぽっちでは足りない。
「延長お願いします。三週間」
「え、」
「長い。食い下がるにも程があるぞお前」
御方サマから、前後しても必ず戻るよう言われている。パクたちはSランクに猫パンチを見舞った。しかし、効かない。
押し問答の末、延長二日となり、残り四日。
勿論休むつもりである。うららは、レオたちに伝えるべく魔研へ。トオヤは市場へ調達に。そしてカイはというと。
「前の依頼先がさ、ガラス細工で有名な町だったんだ。それで……」
転送で無事届いていた花瓶を手渡す。受け取ったファスは中を見て、目を丸くさせた。
「ファスも、パクたちも花は好きだろ?だから、どうかなって思ってさ」
「……キレイ、です」
ほのかに頬を染め、ファスは花瓶を見つめた。薄緑を纏ったそれは、下に向かって色を濃くし、曲線を描く。大小の気泡は水の中を表現しているのだろうか、見ているだけでも涼やかな気持ちになる。
「にゃ、」
「にーぃ」
「あ、」
興味津々と向こう側から覗き込んできた、パクとしらゆきと目が合い、笑う。
その笑顔はやはり優しく、二ヶ月振りに目にしたカイは一人、胸を押さえていた。そんなカイに、摘んできた花を見せるはソラだ。自分で育てている鉢から取ってきたらしい。
「んにゃ?にゃ?」
入れていい?と聞いているのだろう、カイは頷く。
オネムが早速水を入れ、ソラは花がよく見えるよう、活けていく。随分腕を上げている。
「…花がたくさんある時は、こうしてよく飾ってくれるんです。だから、花瓶を探そうと思ってて……嬉しいです。こんな素敵なの選んでくれて、ありがとうカイ。大事にしますね」
「……あ、うん、気に入ってくれて良かった。そんなに喜んでくれるなら、俺もスゲー嬉しい」
久しぶりなせいだろうか、ファスの笑顔のキレイ度が増している。見惚れながらも、相好を崩しまくる多分、美形。
「そうだ、なぁファス。久々にデー……観光、しないか?涼しいトコ選ぶからさ」
「え、……で、でも」
「用事ある?」
パクたちに視線を送っていたファスは、慌てて首を振る。
「じゃあ、決まり。あいつらもファスと話したいだろうし、どっかの一日は、俺にくれな?」
「……俺も、一緒にいてくれたら…嬉しい、です」
消え入りそうな声だったが、カイの耳はしっかり拾っていた。どこか落ち着かない様子のファスの顔は、赤い。まるで好きな相手を前に、緊張しているような。
……ん?
頭に過った例えで、ようやく気付いた。そして、改めてファスを観察する。
以前なら、首を傾げて真っすぐ見上げてきていたが、それがない。こうして此方から見つめていても、ちらと目を上げ、すぐに伏せてしまう。嫌なら、顔を赤くはさせないだろう。今日、ファスは今までずっとパクたちを代わる代わる抱えていた。その理由は、好きな人間が近くに居て緊張するから。
「………、ファス……?」
「は、はいっ」
「再会のハグしてもいいか?」
「??!?」
瞬時に真っ赤になった。やはり。
以前なら、いいですよと何のためらいなく両手を広げていた筈だ。つまりこれは、自覚した。
「……」
「か、カイ……?」
そうか、やっと。
自覚……したなら、もういいんじゃないか?どう足掻いても両想いだろう。
ファスがこうなるのは自分の前だけ。この姿を見れるのは自分だけ、つまりファスはもう俺のモノということなんじゃないか?
「ファス、」
「っっ、」
びく、と肩を震わせるファスに手を伸ばす。
直後、本気出したパクたちの猫パンチラッシュがSランクに入った。
「おいしー!やっぱファスさんの料理最高!詳しくは聞かないけど、カイが悪いんだよねきっと」
「料理もそうだが、世の中には手順というものがある。それをすっ飛ばすと、全体が不味くなるものだ」
二ヶ月振りの、ファスお手製ごはん。三人はすっかり胃袋を掴まれているので、これ以上のごちそうはない。カイは無言で味わっている。あちこちに肉球型をつけたまま。
戻ってきた見守り組は、ファスの無事を目の端で確認後、呆れを隠しもせず。目はこれでもかと冷たかった。
カイとて、今は分かっている。歓喜が過ぎて、ヤバい思考だったなと。パクたちが居てくれて助かった。
「どうぞ…」
「ありがとな」
いつも通りに礼を言えば、ファスはホッとした笑顔。やはり、少し怯えられていた。反省ものである。
折角いい前進ができたのに、このまま後退は辛過ぎる。トオヤの言う通り、ここは手順を大事に。踏ん張り時だ。まずは俺がいかにファスに惚れているかを伝え、
……、…………、
「あ、俺告白してなかった」
ぽつりと呟けば、今かよと言わんばかりに、二人に物凄い形相を向けられた。




