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61. 時々、帰省 




夏。ただひたすら、暑さに耐える日々である。

涼しさを求めて移動するのは、人間も同じだ。王都の夏は、年々酷くなっている。それもあり、冷却魔道具設置を完全義務化にするべきでは、という声も上がっているという。

店や施設によっては資金が足りず、自然の風任せな所もあるからである。各ギルドは、快適環境作りも大切な仕事だと、完全設置済みだ。

例え資金が足りずとも環境は大事!!……と、頑張った甲斐があったなぁ。アレクはしみじみと、人で溢れ返った受付を見下ろす。

これで自然の風任せにしていれば、間違いなく受付嬢達の抗議デモが起こっていただろう。クセのある冒険者共も黙ってはいまい。


 「うん、分かるよぉ、気持ちは」


様々なギルドはあれど、建物の造りは似通っている。

一階部分は広く、受付の他にも休憩スペース、小さいが売店。奥には酒場もある。

多くを望まなければ最低限なモノは手に入るので、夏場は涼を求める一般人にも開放しているのだ。他も、この季節は似たり寄ったり状態。こういった時は、マナーが大事。譲り合い精神だ。

いくら広いといえども限界はあるので、ある程度回復した者らは、入れ替わるように出る。フラフラで入って来た者に、休憩スペースを譲る。誰が決めた訳ではないが、自然とその流れができていた。

問題を起こせば、出入り禁止の措置が待っている。どこもかしこも暑い中、それだけは避けたい。王都民の思いは同じだった。同じ……筈なのだが。

アレクは酒場の一角で起こった喧嘩を眺める。人はどうして、酒が入るとああも気が大きくなるのだろうか。


 「やれやれ……」


アレクは一応、此処のギルドマスターである。面倒でも、場を納めなくては。

気付いた受付嬢に、自分が行くと合図を出し騒ぎの元へ向かう。人垣を掻き分け掻き分け、ようやく前が見えた時は、違う騒ぎになっていた。

喧嘩していたであろう二人の男が、仲良く倒れてるのである。

あれ、相打ち?とマスターに視線を送れば、


 「だから酒ばっか飲むなっつったろーが!!誰か水だ、水ー!」


 「熱中症?!」


 「こいつらなんも食わねーわ水飲まねーわでよ!!食えって言ったのによ!」


 「それはマスターのつまみがマズいからじゃなくて??!」


 「おぅてめぇギルマスだからって容赦しねーぞ表出ろや!!」


 「いやいや先こっちぃ!!誰かー!水ー!あと体冷やすものー!」


別の騒ぎが勃発した。もう止めに行ったのか油を注ぎに行ったのか分からない。周りもどうしたらいいのか、ちょっと混乱している。倒れている二人も意識はあるのか、辛うじて立ち上がろうと頑張っている。


 「無理に、動かないでください」


その声はよく通った。控え目で大声ではないが、ぴたりと騒々しさが止むほど。


 「支えますから、これ飲んでください。あとこれを。首に当てて冷やして……、めまいはありますか?体が痺れてるとか…」


 「ぐ……グラグラする…、あと暑い……」


いつの間に用意したのか、水を張ったタライを傍らに置き、大量の布が浸されている。

フードを目深に被って顔はよく見えないが、動きに迷いがない。テキパキと寝かせた男達に冷えた布を貼り付ける。


 「あの、もう少し、涼しい場所はないですか?あと、枕があれば」


 「すず……、お、おぅ!任せな!」


マスターは冷却魔道具の前に、男達を引き摺っていく。急いで強風に設定。


 「枕ね枕、仮眠室から取ってくるよ!」


アレクは仮眠室へ走り、二つ抱えて戻ってくる。ものの数秒だ。

せっせと頭に敷き、フードの青年がそっと布を置き、額を冷やす。心なしか、顔色が良くなったように見える。


 「今はこれで、様子を見ましょう。薬を飲めていたので大丈夫だとは思いますが……」


 「え?あれ水じゃないの?」


 「お酒を飲んでいたと聞いたので……少しでも吸収がよくなるように薬を混ぜたんです。普通に飲むよりはいいかと思いまして。あの、起きたらこれを。まだ水分足りないと思いますから。混ぜても、味は変わりません」


 「お、おぅ。なんか、すまねぇな。こっちのに巻き込んで」


 「いえ、俺の方こそ、出しゃばってしまって…」


いや、あのままだったらこの二人は完全に重症化していた。アレクとマスターは心から感謝する。

相変わらず顔は見えないが、いい青年であることは明らかだ。


 「あ、あの…、できれば、夏のモノを食べさせてあげてください。このままじゃ、またすぐに倒れてしまうかもしれません」


 「夏のモノってーと……?」


 「旬の、野菜がいいと思います。体に必要な栄養がたくさんありますから」


 「あ、ダメだよ。このマスター、おつまみ系しか作れないから。客層がガッツリを好む奴らばかりだからさ、それに野菜って……此処置いてるんだっけ?」


 「添えるぐらいだ。その添え物すら残すツワモノ共だぜ……」


絶望的な野菜不足だ。青年は困っている様子。ごめんね、冒険者って、ほぼ肉でできてるんだよ。

青年は売店に目を向けた。ごめんね、そこもつまみ系なんだ。

何となく居た堪れなくなったアレクとマスターは、視線を泳がせる。


 「……あ、あの、じゃあ、これを」


青年は、荷物から包みを出した。







 「お腹空いたなー、涼しいトコで何か食べたい」


 「食欲があるなら大丈夫だな。売店見てみたらどうだ」


 「えー?だってあそこ、お酒のおつまみ系ばっかじゃん。内容変えてって言っても、酒飲みの意見ばっか聞いてさー」


相も変わらずの暑さだが、依頼は来る。三人は二週間ぶりに、王都に帰ってきた。

もう全身汗びっしょりである。日影を選び、休憩も増やし、水場があれば水浴びもし……と、倒れないよう気を使ったが、こればかりは生理現象なので仕方ない。

日差しもキツイので、露出も最小限。門をくぐると、端によって外套を脱ぐ。これだけでも、だいぶ涼しい。建物の影があっても、外を歩く者は少ない。開け放たれた店内からは、賑やかな声がする。ほとんどが中に避難しているようだ。


 「こりゃ、ギルドも似たような事になってんな」


 「うーん、シャワー借りたいけど、無理かなぁ?」


大衆浴場も、人で溢れていた。さっぱりしたいと、考える事は一緒なのだろう。

この調子では、ギルドのシャワー室も並んでいるかもしれない。水浴びもいいが、お湯でしっかり洗いたい。

それはうららだけでなく、男二人も同じであったらしい。ギルドに足を踏み入れ、首を向けるはシャワー室方面。


 「……並んでるな」


 「まだ時間掛かりそう……」


昼から飲んでいるのか、酒場の方面が騒がしい。

何食ってんだよそれ俺らがもらったモンいーじゃねぇか世話してやったろうが水飲め水ぅ腹パンパンなんだよ水ばっか勧めんなや云々……。

騒がしいのはいつもの事なので、三人は気にも留めず執務室へ向かう。

話し声に気付き、顔を見合わせる。アレクの声ばかりで、相手の声は聞こえない。来客なら、受付嬢から一言ある筈。一応ノックし、扉を開けた。


 「コレホントおいしー……。最近忙しくて、ろくに食べてなくてさぁー……あれ、戻ったの!お疲れ三人共!」


視界に入ったは、喜々と食事するアレクの姿。


 「暑い中大変だったよね!とりあえずここ座って、お茶出すから!」


相変わらず、作業机とその周辺は散らかっているが、テーブルとソファ周辺は何故かキレイだ。

珍しいなと三人は思いつつ、疲れもあり深く腰を下ろす。ひんやりとした空気に、ほっと息を吐いた。

アレクは基本、何でもする。お茶も人を呼ばず、自分で入れている。しかし今は動かず、三人の視線も物ともせず食べ続けている。


 「……なんか、おいしそうなの食べてるね。差し入れ?」


日々忙しく執務室に籠りがちなので、受付嬢らが交代で、休憩ついでにデリバリーしているのだが。いつも目にしているものとは違う気がする、とうららは眺める。


 「そうなんだよおいしいんだよ、野菜なのに!本人は大したことないって言うんだけどね、野菜だけでこんなにおいしいんだから大したもんだって」


 「…どうぞ」


 「あ、ありがとー」


朗らかに礼を言うアレクに、ファスは微笑む。

外から帰ってきた三人にも、冷たいお茶を。喉の渇きを思い出し、三人は一気に傾けた。

ファスはすぐにおかわりを注ぐと、隣の給湯室へ。


 「……」


 「……」


 「……」


 「報告書、受け取るよ」


何故か動かないカイの手から抜き取り、アレクは確認する。

こうして無事に帰ってきたということは、完遂したのだ。完了印を押しながら、報酬は三日後になるよと顔を上げ、ようやく三人の様子に気付いた。ある一点を見て固まっている。

釣られて視線を遣れば、邪魔にならないよう、隅に立つファスが。

酒場の騒ぎにこれ以上巻き込むまいと、引っ張り込んだはアレクだ。彼が男達にと出した包みは、野菜と卵がふんわり絡んだ、手のひらサイズの夏野菜タルトである。野菜とおだしと卵がいいバランスで、アレクは初めて野菜の美味しさを知った。数が無いので、先刻まで酒場では争奪戦が起こっていたのだ。

尚、倒れた二人は早々に復活し、優先的に食べていた。沁みる、と時折呟きながら。


 「……おいコラギルマス」


おいしいものって、心を穏やかにさせるんだなぁ。のほほんとファスに笑顔を向けていたアレク、地を這うような声音に、我に返った。恐る恐る視線を動かす、前に胸倉掴まれる。


 「何でファスがてめぇの世話してんだあ゛ぁ??!」


 「おっ?!お、えぇっ??!」


 「っまさか!?さっきのファスさんの手料理でしょ!酷い私ずっと食べれてないのにズルいぃぃぃ!!」


 「あだだだだ?!ちょっ、えっ??!」


 「とうとう幻覚が。休むか……」


 「説明ぇぇぇェェェ!!」


唯一止めてくれそうなトオヤは、遠い目で明後日な自己分析。

ファスが慌てて止めるまで、アレクは揺さぶられ殴られ続けたのだった。




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