60.
この町は、ガラス細工で有名らしい。
通りには工房が軒を連ね、客を呼ぶように美しい商品が棚に並ぶ。土産物に人気なのか、随分賑わっていた。どの工房にも人が並んでいる。
ねぇコレ見て!と、うららは頬を染め棚を指す。工房通りを見付けてから、大興奮のままだ。
「すっごいキレイ!こんな細工見たの初めてー……!」
店の奥は仕事場らしく、今も職人達が商品作りに励んでいる。
そうそう目にする事もない職人の手捌きを、トオヤは他と混じって見学中。振り返りもしない。
うららはむうぅ、と頬を膨らませ、視線をカイに移した。彼も先程まで見学していたが、今は商品を眺めていた。そんなカイを眺める客も、ちらほらと。相変わらず注目される男である。
「ねぇねぇカイ!すんごくキレイなんだってば!」
「分かってるから落ち着けっての。割ったらどうすんだ」
「そんなの勿体ない!絶対割んない!」
大興奮だが、普段とは違い動作は大人しい。彼女なりに気は使っているようだ。
カイはぐるりと店内を見回す。明るくシンプルな店構え。あくまで主役はガラス商品です、と目立つように配置されている。値段も幅広い。
お客がゆっくり見れるよう、店員達は声で出迎えるだけで、カウンターにて作業している。尋ねられた時に、対応するようにしているようだ。
いい店だな、と思った。人それぞれであろうが、カイは一人でゆっくり見て回りたい派だ。
「かわいい!お土産に買おうかなぁー……」
「買えばいいじゃねーか」
「持って帰ってる時に割れたらショックじゃんかぁ……」
確かに。いつ魔物に襲われるか分からない身だ。
「ああでもでも、ウサギかわいい……!」
うららが心奪われたのは、対になったウサギの置物。繊細な細工が施されている訳ではないが、愛嬌ある表情で人参を抱えている。
手を必死に伸ばしているので、カイは取ってやる。うららでは届かない高さだったのだ。
間近で見て、余計欲しくなったのか、手にしたまま悩める顔に。カイの目は、その隣に移った。様々な形の花瓶がある。
花束を渡した時、ファスは薬瓶を代用していた。花は全員好きで、偶に飾ってある。
「……」
コレか。いや、毎回花を渡す訳ではない。主にソラが摘む花がメインになるだろう、ならば……、
カイの目は真剣だ。もう何を言っても買って帰る気だろう。その横では、うららが百面相中。
「……。…すみません、こういった土産は初めてで。割れないように運ぶにはどうすれば…」
「はい、ギルドに所属している方は、転送を利用しております。遠方の方はそうしているようですよ。配送料を頂ければ、私達職人ギルドでも受け付けております」
「ギルドで、成程…。ありがとう」
「いいえ。ゆっくり見ていって下さいね」
店員は愛想良く笑って、仕事に戻った。
割れないように配慮してくれるだろうが、安全を確保するなら頼ったほうがいいだろう。
トオヤからそれを聞いたうららは即決。お会計に走っていった。カイはしばらく悩んでいたが、程よく入る真ん中の大きさを選んだ。口も広いので、洗いやすい。家事壊滅しているこの男が、そこまで考えたかは定かではないが。
二人の会計が終わるまで、トオヤは店内を見て回る。
「プレゼント用に包みますか?」
真剣に選ぶ様子に、店員は気付いていたのだろう、二人に色とりどりな包装紙を見せている。
よく見ている。作業しながら客の様子を見、判断できるあの店員はプロだ。
プロの仕事捌きは、見ていて気持ちいいものだ。職人達の、自在にガラスを操る腕も見事だった。トオヤは一人頷く。
とはいえ、あの男は本当に分かりやすくなったものだ。
組んだ当初は、何を考えているのか分からない所があった。本心を掴ませない、少しでも踏み込もうとするなら、必ず退く。愛想はいいが、誰も信用していないように思えた。
しかし、ファスの前だけは違った。年相応の顔になり、感情が分かりやすい程出て。
今では取り繕っても無駄と考えたか、腹を割って話している。うららも思う所があったようで、前よりこっちのが断然いいと零していた。
でもそれはやはり、身内での態度。他と接する時は、相変わらずだ。
「この色で」
「私、こっち!」
「はい。できたらお呼びしますので、店内でお待ち下さい」
相変わらずだが。プロの目からすると、分かりやすいのかもしれない。
特別な贈り物みたいね、と微笑ましく話しているのを、トオヤの耳は拾った。
「かわいいがもっとかわいくなるー!トオヤはよかったの?」
「あぁ、見るだけで充分だ。カイ、」
「なんだよ」
「もう少し、多目に取り繕ったほうがいい。バレたくなければ」
どうも、想い人を考えているとガードが甘くなるようだ。本人も自覚しているのか、ばつの悪い顔になる。
このままでは、遠くない未来に広まってしまうだろう。観察眼が鋭い同業はいくらでもいる。
人気な分、敵も多い。弱点を突く為、よろしくない考えを起こす者が出たら……悲劇である。
「もし、俺たちの問題に巻き込んで何かあった日には、二度と会えなくなるぞ」
「ヤダ!!」
危険と判断されれば、パクたちはファスを連れ、人間に見付からない場所へ移動するだろう。パクたちだって、ファスが一番なのだから。
二度と会えないと知れば、レオたちだってどうなるか。あんなに慕っていて、大丈夫な筈がない。うららは断固拒否。そのままの勢いで、カイを窺う。
「そんなに分かりやすいか、俺」
「あぁ」
「うん。それ以外は相変わらず分かんないけど」
「逃げる…、うん、逃げられたら、その原因をまず消して。可能性も消して。それから探すかな」
「誰が物騒な解決策を出せと言った。バレないようにしろと言ってるんだ」
カイは無理だろ、と首を振る。
「一緒になれば、嫌でもバレるし」
寸の間、時が止まる。
店員のいらっしゃいませーが、やけに大きく聞こえた。
「俺も山暮らしになるし」
当たり前のように、うんうん頷くSランク。
この男はまだ、何もしていない。好意は惜しみなく態度で伝えているものの、本人には少々届いていない状態だ。それなのにもう、共に住む予定まで立てている。告白もしていないのに。
「奇妙なモン見るような目つきやめろや。お前も大概分かりやすいからな」
目に出ていたようだ。トオヤは薄ら寒い気分になりつつも、内心で反省する。
お待たせしました、という店員の呼びかけに、猛ダッシュで応えるはうららだ。一刻も早く、この場から離れたかったのだろう。分かる。
「まぁ、バレたくないのは確かだな…」
カイはポツリと呟く。
「これ以上、増えて欲しくねぇし」
何が、とは言わず、さっさと受け取りに行った。トオヤはその後ろ姿を眺め、寒い心地を抑える。
あぁして、時折覗かせる独占欲は、中々重い。ファスの世界が広がるのはいい事だと思いつつも、自分一人のものにしたいという気持ちがあるのだろう。
これで、ファスがカイ以外の人間に惹かれるような事が起きてみろ、えらい事になるぞ。
ふと浮かんだ恐ろしい考えを、トオヤは現実にならないよう、念入りに頭から消した。
「なぁう。にゃっ」
「んにゃ、」
そよそよと涼しい風が、時折通り抜ける。最近は小川の近くで過ごす日々だ。
ミズバイカもあり、木陰が多く、何より涼しい。パクたちはソラを中心に、採ってきた花や薬草を選別。敷物の上に広げ、一つ一つチェックしていく。終えたものは、なるべく重ならないようにザルに乗せ、乾くようにしている。
選別を終えると、小さな薬瓶に水を入れ、みんなで選んだ花を活けていく。
「にゃ?」
「んにゃ。にゃー」
ファスはそれを眺めながら、今度花瓶を探しに行こうと決意する。入れ物に不満を持っている様子はないが、折角綺麗に飾ってくれているのだから。
最後に、きゅっとリボンをつければ、花束の完成だ。ちょっと歪な形のリボンが、可愛らしい。
「にゃあ、にゃーにゃあ!」
「…え、俺に、くれるの?」
全員頷く。御方サマに御礼がしたいと花を探していたのではなかったか。まさか、自分にまで作ってくれるなんて。ファスは頬を染めて、微笑んだ。
「ありがとう…!ずっと一緒にいてくれて、すごく楽しいし、嬉しい。これからも、よろしくね」
「にゃー!」
にこにこと、本当に嬉しそうなファスに、パクたちはぎゅぎゅっと集まる。仲良くモフモフしていると、御方サマがやってきた。巣に居ないので探してくれていたようだ。
「最近は、此処で過ごしてるんです。綺麗だし、涼しくて」
「そうであったか、それは?」
パクたちがくれたのだと、よく見えるように敷物の上へ。
「おぉ、みごとだの。まびょうどもも、いきなことをする」
「はい。それで……パク、」
「にゃあ、にゃあにゃ。にゃう」
「ぬ?これを、わらわにか?」
パクたちは揃って頷いた。こうしてのんびり過ごせるのも、御方サマの御蔭。
お返しがしたいが、出来る事は限られている。果たして喜んでもらえるか、と悩んでいたパクたちに、大丈夫だよと背中を押したのはファスだ。美しいモノ、美味しいモノ、それを感じる心には、種族の壁はないのだ。
パクはリーダーとして、少々緊張しながら、花束を渡す。みんなで一緒に選んだ、精一杯の御礼だ。
御方サマはしばらく目を丸くして、パクと花束を交互に見ていた。
本来なら関わる事もなかった、天と地ほど離れている種族の長。けれどこうして縄張りを行き来できるのは、御方サマ一族が寛大だからだ。パクたちは居住まいを正し、揃って頭を下げた。ファスもだ。
「にゃ、にゃあにゃ。にゃうぅ」
「……わかったわかった。かたくるしいのは、そっきんだけでじゅうぶんじゃ。おぬしらのきもちは、たしかにうけとったぞ。これまでどおり、そなえものをわすれず、うまいモノをたべさせてもらえれば、わらわはまんぞくぞ」
「……はい。これからも、よろしくお願いします」
「まったく、そろいもそろって、りちぎよの」
苦笑する御方サマだが、手にした花束は大事そうに抱えている。時折眺め、頷いているので、気に入ってくれたようだ。ファスとパクたちは、こっそり喜び合った。
……
………
…………ぱんけぇき、という食べ物に、うめのシロップをかける。
他のモノ達は既に食べ始め、幸せオーラが出ているモノも。御方サマが持って帰ってきたものだ、皆、疑いはない。当の御方サマは、機嫌よく活けた花を眺めている。
魔猫どもが、感謝のしるしに献上したという。その割には、あちこちでよく見掛ける花だが。主が気に入っているというなら、口を出す事ではないのだ。
ぱんけぇきは、甘酸っぱいシロップとよく合っていた。
「これはウマイですな。さっぱりしておりますぞ」
「そうであろう。のぅ、知っておるか?この花は食べられるのだぞ。今日は花サラダなるものを作ってくれての……」
この所、御方サマは楽しそうだ。以前はつまらなそうに、縄張りに籠りきりであったのに。
眷属の珍しい報告に、自ら見に行ってしまった時は驚いたものだ。それからは、来たと報告があれば顔を出しに行く。魔猫どもと人の子は、無礼を働く事無く、きちんと御方サマを立てているようだ。人の子は喜んで、料理を献上している。前に御相伴にあずかったが、中々な美味さだった。
御方サマが気に入るのも、分かるような気がする。我が主は、退屈していたのだ。
「それをさらだにして食べるので?では私めも」
「馬鹿もの。これは飾って見るものぞ。あとは押し花にでもしようかの」
なにはともあれ、楽しそうなら何よりだ。
側近は一つ頷き、最後のぱんけぇきにぱくりと食いついた。
縄張りでは、御方サマは通常サイズに戻っています




