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59.




依頼は滞りなく終わった。

数回、魔物や盗賊の奇襲に遭ったが、三人の実力なら何の事はない。目的地にはすぐに着いた。

護衛対象の娘は使用人達に出迎えられ、すぐに屋敷へ。此方を見る事は一切無く、道中も馬車から出ず、お付きのメイドを挟んでのやり取り。いっそ清々しい程の、分厚い壁を作られていた。

以前の次男坊よりは全然マシだが、挨拶すら嫌なのかと、うららの貴族偏見は更新された。虚無顔を、屋敷に向けている。


 「文句あるなら言ってこい。待っててやるから」


 「いーよ。話通じないとかじゃないもん。それに体調悪くて、余裕がないだけかもしれない可能性も無い訳では無い」


 「ま、これで終わりだ。関わる事はもう無いだろ」


三人は完了サインを受け取ると、さっさと離れた。長居は無用だ。


 「次は、薬師ギルドの依頼だよね。こっちにもギルドあるの?」


 「いいや。だから冒険者ギルドの方で、物は転送する手筈になってる」


そこそこ賑わっている大きな町だが、やはり薬師が追い付いていないらしい。


 「薬草探しなんて、駆け出し以来だよ。なんか懐かしいなぁ……そんな簡単な依頼取って、変に思われなかった?」


 「そうでもない。Bランクの魔物の縄張り内だからな。中々採れずに困っていたらしい」


 「聞いてないよ?!」


実は高ランク依頼だったらしい。うららは驚愕した。

縄張りと言っても、分りやすい境界線がある訳ではない。薬草採りに夢中になって、知らず知らずの内に入り込んでしまい襲われた。

今の所死者は出ておらず、縄張りから出ればそれ以上は追ってこないという。外側なら採取できるが、此処でしか採れない薬草は、生憎内側。どうあがいても、襲われる事必至だ。

報酬額に魅力が無いせいか、割と長く放置されていた依頼であった。まさかこれでSランクが釣れるとは、誰も思っていなかっただろう。


 「ホントにそこにしか無いの?探せば他にもあるんじゃないの?」


 「かもしれない。だが、今の所確認されているのはそこだけらしい」


 「討伐するの?」


本音を言えば、倒して欲しいのだろう。安心して採れるようになるのだから。

しかし、魔物側は縄張りを守っているだけ。悪戯に人を襲ってはいない。報告通りなら、理性ある魔物となる。


 「…実際に見てみなきゃ分かんねぇが、下手に手を出していい相手じゃねぇかもな」


 「じゃあ、どうするのさ」


 「目的のモンを速やかに手に入れて、撤退」


 「難しいが、それがいいだろうな」


 「ん-、こっちに荒らす意思は無いって、分かってくれたらなぁ」


それこそ、難しい話だ。いい人間か悪い人間か、判別はできないだろう。お互い様な所である。

三人は地図を確認、目的地へ足を向けた。







 「熊だったな」


 「熊だな」


 「熊だねぇ……」


縄張りにしていたのは、熊型の魔物であった。

怪力を持つ魔物で、まともにやり合うと武器が破壊されてしまう。しかし、此方はSランクとAランク。何度も討伐した経験があった。

気配で分かったのだろう、外側にいる時は威嚇だけ。足を踏み入れた途端、牙を剥いてきたので、やはり理性はあるようだ。カイが軽くいなして相手をしている間に、トオヤとうららで薬草採取。無論、一頭だけでは無いので、そこは臨機応変。

目的の薬草を手に入れると、三人はすぐに撤退。熊達は離れたのに気付くと、それ以上は追って来なかった。


 「利口な相手で助かった」


 「うん。採るのも許さない、っていうのも居るもんね」


 「此方が必要以上荒らしていたら、出方は変わっていただろうな。縄張りを守っているだけで、向こうから手出しする可能性は低い……と判断してもよさそうだ」


 「じゃ、ギルドに戻って報告するか」


流石に居ねぇよな、とカイは一応気配を探る。森の奥には、数頭の魔物が居るぐらいで、馴染んだあの優しい空気は無い。彼らが秘密にしている場所は、此処ではないようだ。

……気配があったらあったで、全力サバイバルをしているようなものなので、此方も全力で阻止させていただくが。

あちこちに群生地があるようなので、時間もあるし探してみるかと算段していると、トオヤと目が合った。冷静な男のそれには、呆れの色がある。

何だよ、と見返せば。分かりやすくなったな、としみじみと返された。


 「そんな事ねーよ」


 「私でも分かったよ。ファスさんのコト考えてたんでしょ、探すの手伝おうか?」


でもやめといた方がいいかも、とすぐに反対を口にする。


 「師匠の推測だけどね、場所を言わないのは、他の魔物の縄張りだからかもって」


 「そりゃ、分かってる。今や貴重な薬草を持ってんだからな」


恐らく、見付けたのはパクたち。出入りの許可を貰う代わりに、口外しないと約束したのだろう。


 「魔物との約束事は絶対、と言われている。ファスが喋っていなくとも、俺達が見付けてしまえば、約束を破った事になるかもしれん」


 「魔物には魔物の道理がある。それは人間にとってもそうだとは限らない……って、師匠が。だから、我慢しなよカイ。二ヶ月後には、会えるんだからさ」


 「俺が危険に晒すような真似、してたまるか」


 「理解しているのなら、いいんだが」


話している間に会いたくなってしまったか、うららは自身に言い聞かせるように、ガマンと呟いている。

三人共、これまで態と口にしなかったのだが、出てしまえば会いたくなるし、手料理が恋しい。聖母とモフモフは、すっかり三人の日常に組み込まれてしまっていた。


 「……行くか」


こうしていても仕方ない。期待を振り払い、三人は町へと戻っていった。






ぱちん。

小気味よい音が、台所で鳴る。見守る六対の目。

ころりと木皿に転がるは、薄皮のついた実。丸々として、大きい。まずは一粒だ。

ファスは鉄板の上で転がし、薄皮を剥ぐ。鮮やかなヒスイ色が、顔を出した。見た目は同じ、味はどうか。

みんなの視線が集まる中、ぱくりと口に入れる。


 「……」


噛めば噛むほど、甘味が増す。もちもちの弾力も、クセになる。


 「……、おいしい。今まで食べたのとはまた違う、一番かも……」


 「にゃあ!にぃー!」


 「にゃん、にゃんにゃん!」


尻尾をぴんと立て、パクたちは食べたいと騒ぎ出す。ファスは急いで、六粒分を割っていく。これは味見なので、一つずつだ。しっかり手袋をつけ、パクたちはコロコロ転がす。一粒が大きいのが、またいい。色も相俟って、まるで宝石だ。

しらゆきだけでなく、ソラも目を輝かせて眺めている。じっくりと色を堪能するふたりを置いて、先に口に入れたパク、目がきらきら輝く。

もうその姿でよく分かる。はやてもダイチもオネムも、きらきらだ。


 「ね、おいしいね……!御方サマも喜んでくれるよ。そうだ、守り神様にも……」


あの豊穣の土地から戻って、五日経った。

ヒスイの実を集めるには、一度戻らなくてはならなかったが、意外にも御方サマが集めてくれたのだ。

両方の袂からするりと糸を出し、それで拾い集め、そのままぐるりと一纏め。一抱えの球を渡された。隙間なく纏められているので、匂いも無い……と思っていたが、御方サマの顔を見る限り違うようで。

少し離れて帰路につき、夕方近かったので超特急で下処理を終わらせ、天日干しにする事四日。

夏の日差しでよく乾いてくれたか、匂いはすっかり消えた。そして今日、待望の味見となった訳だが。

もうひとつ食べたいな、とパクはテーブルを見る。殻を纏ったままの実がたくさんある。この殻割りは、パクたちには無理だ。

つい、と四匹の視線が向いたのは、うっとりと眺め続ける、しらゆきとソラ。その手には、ぷっくりしたヒスイ。


 「…栗も作るから、少し待っててね。しらゆき、ソラ」


ファスの呼びかけで、ロックオンされていると気付いたふたりは、急いで口に入れた。

すぐにゴロゴロと喉を鳴らす。


 「御方サマが来たら、一緒にね」


 「にゃー…」


しゅんとした様子だったが、栗ができるとすぐに元気になってくれた。こちらも、いい甘さだ。

にゃあにゃあとみんなが栗を食べている間に、御方サマと守り神様にと殻を割っていく。

ぱちんぱちんと音を立てていると、ひょっこりと御方サマが顔を出した。


 「ほんとうに、ニオイがきえておるの……」


 「御方サマ、此方へどうぞ。すぐに準備しますね」


パクたちは、テーブルの殻をささっと回収。代わりに布巾を受け取り、隅々まで拭き上げた。

鉄板を温め直し、まずは二粒、御方サマの元へ。


 「どうぞ、こんなにおいしいのは初めてです。是非、食べてみてください」


 「なんと!……たしかにうつくしいヒスイいろじゃ、まるであのけしきのよう。コレがあれとは……」


しげしげと眺め、はむと食べる。ゆっくりと噛みしめ……御方サマの頬が桃色に染まった。


 「もちもちと、ほんのりあまい!まさかのうまさじゃ!」


気に入ってくれたようである。ファスは一安心、にこりと笑った。


 「お茶もどうぞ、そしてこれが栗です」


 「うむ!……これもホクホクでうまい!ヒスイも、もうすこしたべたいぞ」


 「はい。あの、パクたちもいいですか?」


 「かまわぬぞ、おいしいモノはみなでたべてこそじゃ。これらも、ほかのたべかたがあるのか?」


 「はい。ご飯に混ぜたり、油で揚げておかずにしたり……。でも秋の食材ですから、やっぱり秋のモノと合わせやすいです。あとは……」


ファスはうめの瓶を見て、思い出したように声を上げた。


 「お酒のおつまみも作れます」


わっっさぁぁぁ、と外の木々が盛大に揺れた。

御方サマは気付かないフリをして、少し早い季節の味覚を堪能していたが、揺れは激しくなる一方。守り神は諦める様子がない。妾は長なんじゃが、と御方サマの目が剣呑に光る。

しかし、このままでは迷惑になるだろう。しぶしぶと、うめの酒と共に供えるよう頼んでおくのであった。




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