58.
「止まってる……というのは、どういう……」
「おいおいはなそう。さぁいくぞ」
面白いじゃろう。そう言って、御方サマは笑う。
場所によって、巡る季節が違う土地もあるとは知っている。けれど此処は、御方サマの口振りからして常春や常夏とはまた違うようだ。
「ここはわらわのナワバリ。まものはおらんが、まんがいちがあってはこまる。わらわから、はなれるでないぞ」
「は、はい……」
「にゃーあ、にゃ!」
「にぃに、にゃん」
「本当、綺麗な葉っぱだね。さっきまで夏だったのに、こんな景色が見れるなんて…」
「もっとよいモノがあるぞ。こっちじゃ」
御方サマを先頭に、ファス達はゆっくり景色を楽しみながら進む。
まるで夢の中な気分だが、かさかさと鳴る枯葉、時折吹く風はひんやりして、現実なのだとしみじみ思う。
「ぶにゃ!」
ダイチが何か見付けたようだ。頻りに指す方向を見れば、とげとげしたモノが、地面いっぱいに広がっていた。栗だ。
近くに落ちているイガをそっと覗いてみれば、つやつやとした茶色が見える。栗だ。
「くり。それはくりというのか。もしやたべものなのかの?」
「はい。この実を焼いたり茹でたりすると、甘くてホクホクなんです」
「なんと。わらわは、こうげきてきなどんぐりかとおもっていたぞ」
外見がとげとげしいので、その中においしい実が詰まっているとは思わなかったようだ。
此処のモノを持ち帰っても大丈夫、と御方サマにも許可を頂いたので、持って帰れる量だけみんなで集める。カゴがあれば良かったが、今あるのは小さな袋だけだ。栗のおいしさを知っているパクたちは残念そうだが、仕方ない。
「あそこじゃ。あのきが、ひときわおおきくての。りっぱじゃろう」
目の前が一段と明るくなった。鮮やかな、黄金色の景色。
何時から此処にあったのだろう。太い幹はどっしりと、重厚な存在感。四方に広がる枝は、風が吹くたびざらざらと揺らし、太陽の光をきらきらと反射させる。
ファスも、パクたちも圧倒されていた。これ程の大樹、目にしたのは初めてだ。
風が吹き、ぱらりと大樹が実を落とす。危ない、と御方サマに引っ張られ、全員慌てて下がる。音を立てて転がってきたは……、御方サマは顔を顰めた。
「うつくしいすがたなのじゃが、コレはいかん、ひどいにおいじゃ。コレがなければ、まんてんなのじゃ」
「大きい、ヒスイの実が、こんなに……」
「ぬ?ひすい?」
パクたちの目は輝いている。しらゆきは、また更に。
「よ…よもや、コレもたべもの……なのか?」
「にぃ!に!」
「だ、駄目だよしらゆきっ」
「そうじゃぞ、ちかづいては、」
「素手で触ったら、かぶれちゃう。今日は、手袋もマスクも持ってきてないんだよ」
「そっちなのか!!や、やはりたべものなのか?!どうなのじゃ??!」
しゅん、と落ち込むしらゆきを抱っこし、困惑している御方サマにファスは説明した。
ニオイの原因は外側の果肉で、下処理さえしっかりやればニオイは消え、中の実が食べられると。
御方サマは半信半疑のようだ。一歩引いた目でファスとパクたちを見ている。
「魔物除けになるって言われてるぐらいですから、確かにニオイは凄いです。パクたちも、慣れるのに時間が掛かってましたし……」
「……まことか?ウソではあるまいな」
「ほ、本当です。殻の中にはヒスイ色の実があって、とてもキレイなんです」
「……ふむ。なれば、かえりぎわにあつめよう。よいな?」
御方サマの金の目は、証明しろ、と言っている。決定事項のようだ。ファス達は何度も頷いた。
「ばしょをかえるぞ、こっちじゃ」
パクたちは名残惜しくも、その場を後にする。辿り着いたのは山頂。そこから広がる景色も、秋一色だ。御方サマは、横たわっている丸太に飛び乗った。一人と六匹は、すっかり見惚れている様子。
「よいけしきじゃろう」
「にゃあ……!」
「はい、とても……!連れてきてくれて、ありがとうございます…!」
「ここは、もともとめぐみもおおく、ゆたかなとちだったのじゃ。ニンゲンが、ほうっておけぬほどな」
ファスは首を傾げた。先程辿ってきた道だけでも、栗や柿、きのこも沢山あった。充分過ぎるほどに。
けれど、御方サマの言い方は過去形だ。昔は今以上に、豊穣の土地だったのだろうか。
「ここには、むかしからのきめごとがあった。はんぶんいじょうはとってはならぬ、とな」
半分は、人間に。もう半分は、山のものに。
そこに居るのは人間だけではない。他の生き物も居る。共生するのなら、当然のことであった。半分でも、冬越えには耐えられる充分な量が手に入ったので、その決め事に異を唱える者は居なかった。
しかし時が経つにつれ、決め事を守らぬ者が増え始めた。片っ端から狩り尽くし、売り払い、無くなればまた。
「ここには『カミサマ』がおった。ゆたかなのはそやつのおかげだったのじゃ。きめごとをわすれ、やぶり、わがものがおであるきまわるニンゲンに、そやつはほとほとあきれての。めぐみをあたえるのをやめた」
そうしたら、どうだ。人間はあろうことか、『カミサマ』を悪と断じ、この土地から恵みが消えたのはそれのせいだと、討伐してしまった。
人間はこれで元に戻ると喜んだ。束の間のことだ。
「こうかいしても、おそい。みずからほろびをえらんだのじゃからな」
『カミサマ』は間際に、時を止めた。何時までも実りの来ない、秋のまま。
それからこの土地は、何十年、何百年と季節を変えることなく。土地の人間は絶え、今は知る者は居ない。
「わらわはこのけしきがすきでの、よくきておった。そのときに『カミサマ』としりおうたのじゃ。よくグチもきいてやったが、まさかいなくなってしまうとは、おもっておらなんだ」
少しずつ、少しずつだが、実りを取り戻しつつあったこの土地を、御方サマは縄張りに取り込んだ。また人間に荒らされるのが、我慢ならなかったからだ。
「あやつがいたころとくらべると、まだまだなのじゃ。けれどここは、かわらずうつくしい」
「……大事な、場所なのに……俺が居てもいいんですか?」
「よい。おぬしはちがうと、わらわがしっておるからの」
「友達、だったんですね」
「…そうだの、おもえばそうだったかもしれん。のぅ、ファス」
「はい」
御方サマは遠くの景色を眺めている。ファスも、パクたちも倣うように。ひやりとした風が撫でていく。
「すきなものがいるのは、いいことぞ。ただ、こうかいはするでないぞ。つたえたくとも、つたえられなくなるひは、とつぜんくるものだからの」
「……はい」
伝えられなくなる。
彼は、危険と隣り合わせの冒険者だ。無事に帰ってきますようにと願っているが、その日がいつ来るかなんて、誰にも分からない。でも、
ファスは下を向いた。
「……伝えても、迷惑なだけかもしれないです…。彼は、強くて頼られてて……。たくさんの人に、好かれてるんです。俺なんかに好きって言われても、嬉しくないんじゃ、ないかって」
「……」
御方サマは辛そうなファスを眺めた。パクたちはフレーメン反応のまま固まっている。
……魔猫共の様子から察するにコレ、両想いなのではないか?
だが、ファスが余りにも気付かないので、相手の方も手をこまねいているのでは?
御方サマの女の勘が冴え渡る。そしてほぼ正解である。
「俺は、出来損ないだし、見た目も悪いし、取り柄もないし、」
「まてまて、それはだれにいわれた?よもや、そのすきなあいてにいわれたのか?」
「ち、違います、カイは、そんなこと言わないです。優しい人だから」
「ならばわすれてしまえ、そんなこころないコトバは」
御方サマは目を吊り上げた。
「おぬしをだいじにせぬようなニンゲンなぞ、おぼえているひつようなどない。かちのないニンゲンのコトバを、いつまでもかかえているひつようなどないのじゃ。すててしまえ、ぜんぶ」
「すて、る……」
「あきらかに、ファスをおとしめるコトバではないか!よいか、ほかをおとしめてまんぞくしているようなやからは、こものじゃ。せいちょうもない。たとえ、みためがよかろうと、ちからをもっていようとも、わらわにいわせれば、ただのこものじゃ」
ポカンとしていたファスだが、どんどん目が潤んでいき、ぽろと零れた。
「そうかんたんに、わすれられるモノではないであろう。おぬしはそれで、きずついてきたのだからな。だがファス、おぬしも、もうじぶんをきずつけるのはやめるのじゃ。すこしずつでもすてていけ。そして、おぬしをだいじとおもうてくれる、まびょうどもやゆうじんのコトバをうけとって、いっぱいにするのじゃ。もちろん、わらわのぶんもじゃ」
「……っは、い、はい……!……っっ」
「…うむ。いまは、ないてないて、たくさんないておけ。だれも、みておらんからの」
ファスは、頷き、嗚咽をこぼす。
パクたちはぎゅう、と寄り添う。ひとりじゃないよ、と教えるように。御方サマも小さな手で、優しく撫で続ける。
色とりどりな落ち葉が、包み込むように降っていた。
悩みや不安を吐露する相手は、御方サマかなぁと思ってます
色々見て、悩んで、経験してきた方々の言葉は、深く染み入ります…




