56.
守り神は今日も、魔猫六匹と人の子一人を見守、……いや、監視している。
最初は遠慮がちに、二匹だったり人の子と一匹だったりと、端の方で薬草を採っているだけだったのに。
今ではででんと、巣ごと。それでも端に転移させ、全員で採取に励んでいる。全く、少し見逃しすぎただろうか。
しかしそれでも、守り神が監視だけに止めているのは、あのコらは最初の約束を違えてはいないからだ。必要以上に採らず、この場所を決して他言しない。
守り神は神ではない。御方サマの眷属、魔物だ。『守り神』となってしまったのは、人の子の勘違いが原因なのだ。
けれど、訂正しようとは思わなかった。姿を晒し、怯えて騒がれるのも面倒だったからだ。それに、『守ってくれている気がする』と人の子が言ったのは、間違いではない。
そうだ。この地を、御方サマから任されたのだ。勘が良いな、人の子よ。
そんな人の子は、来るたびに毎回お供えをする。最初は薬草だけだった。コレとコレを一緒に食べるとおいしいです、と小さな手で供え、祈る。それは年を経るごとに変わっていき、今では立派なお菓子やごはんに。人の子の成長を感じたものだが、根本的な部分は変わっていない。約束を守り続け、魔猫と共に感謝を伝え続ける。
守り神は、とうに分かっている。大丈夫だと。
そうでなければ、御方サマに報告し、出入りを許す事を願ってはいない。
まさか、仮の姿を取ってまで、御方サマ自らがやってくるとは思わなかったが。
「わらわは、ファスをきにいった。もともとがそうなのか、すぎるほどやさしいせいかくだの」
あの人の子は、迫害を受けていたという。同じ人間から。けれど、恨みや憎しみといった暗い感情を感じた事は無い。ただただ、魔猫共と一緒が楽しいと、それだけだ。自分の意思で、自由に過ごしていける。
だから人の子は、魔猫と暮らしているのだろうか。
「おぬしは、いままでどおりあやつらをみまもっておれ。こまっておれば、てをかしてやれ。いつも、かしやごはんをもらっておるのだろう」
御方サマは薬草オンリー時代を知らない。お菓子やごはんとて、美味しくなったのはここ数年だ。
だがしかし、それらを含めて多くもらっているのは確かだ。献上を始めたのは、形になってきたし、毒なんぞ入っていないと確信できたからである。
まさかこんなに気に入ってくれるとは……と、感慨深い守り神。
「そうじゃ。きょうあたりに、しろっぷができるぞ。さけもじゃ」
守り神は、酒が好きだ。いくら飲んでも飽きない程、好きだ。
お供えはあっても、酒が無い。どうしてもという時は、調達しに行っていたのだが……。まさかまさか、人の子が作り方を心得ていたとは。
「あじみでのませてくれるそうじゃ。たのしみじゃのぅ」
これもつくづく、御方サマの御蔭である。
守り神は今日のお供えに期待して、長に首を垂れるのであった。
残っていたうめは全部使えた。腐らせてしまう前に使い切れて良かった、とファスは安堵した。
御方サマが持って来てくれた壺は六つ。外からは見えないので、パクたちに任せてある。耳と鼻で、様子を確認してくれている。
残念ながら穴が開いてしまったうめは、虫食い部分を取り除きジャムに。これは先程焼いたパンにつけてもいいし、おだしで伸ばせばうめソースも作れるかもしれない。色々試してみようと考えながら、薬棚の瓶を確認する。
花はすっかり溶けて、ほんのり色付いたシロップ。お酒もいい様子になっている。少ししぼんだうめが、ころんと底に集まっていた。
「シロップ、味見してみようか」
「にゃ!」
フタを開けると濃いうめの香り。器に少しずつ注いでいると、全員集まりテーブルに着く。
「水で薄めて……これくらいかな。はい、どうぞ」
パクたちは鼻を動かし、まずは匂いを楽しむ。そしてちろりと舐め、尻尾をぴんと立てるとすぐに飲み干してしまった。満足気なゴロゴロを聞きながら、ファスは台所へ。
「次はこれにかけてみよう」
と、持ってきたのは小さなパンケーキ。それには薄めず、そのままかける。目を輝かせたパクたちは、スプーンで器用に切り分け、ぱくり。
「にゃああぁぁぁ……!」
甘酸っぱいシロップとふわふわのパンケーキは、よく合ったようだ。味見なので小さく焼いたが、パクたちは物足りないと見上げてきた。守り神様にも作るつもりだったので、生地はある。待っててねと告げると、ファスは手早くパンケーキを作り、お皿に積み上げ持っていった。
先に御方サマと守り神様の分を取り分け、パクたちのお皿にも配る。
「ジャムもかける?こっちがいつもので、こっちが甘さ控えめ」
「んにゃ!」
折角なので、うめの味を活かしたジャムも作っていたのだ。両方とも好評で、パクたちの夏のお気に入りになりそうだ。
「いいにおいがするのぅ。これはしろっぷか?」
「あ、御方サマ、お待ちしてました。パンケーキにかけて味見してたんです」
「ぱんけぇきとな?……ほぉ、これはやわらかそうな」
ひょいひょいと窓からやってきた御方サマ、テーブルに着地すると首を傾げた。ファスは一枚だけ取り分け、シロップをかけて渡す。
「ふむ。……おぉ!」
ふわふわじゃ!と御方サマはぺろりと平らげてしまった。身の丈と同じくらいの大きさだったが、何のこともないようだ。ファスは次にジャムをかける。金の目を輝かせたまま受け取り、はむと一口。更に輝いた。
「うまい!おなじうめじゃが、あじわいがちがうのぅ!む、こっちはうめのあじがよくでていてサッパリしておる!」
「よかった……。これなら、甘いのが苦手でも大丈夫かなと思いまして」
「にがてなものがおるのか?うまいのに」
首を傾げ、御方サマはパクたちを見た。抵抗なく食べているように見えるが。
「あ、友達です。控え目が好みなんですよ。だから、これなら食べられるかと……」
「まえにいっておったニンゲンか。おかわりはあるか?しろっぷとじゃむりょうほうで」
「はい」
「ほれておるのだな」
「え?」
「ともというが、おぬしそのニンゲンにほれておるのだろう。かおにでておるぞ」
「え?」
「ごまかさずともよい。ほれたはれたはよくあるはなし、こぼれておるぞ!!」
「え?」
「ぱんけぇきがひたひたじゃー!!しろっぷがながれておるうぅぅぅ!!」
「にゃー??!」
ファスはシロップを傾けたまま動かない。慌ててパクとはやてが滑り込み、シロップの流れを止め。しらゆきとオネムがパンケーキを救出。ダイチとソラが大量の布巾で床に滴るシロップを堰き止めた。
「え?」
ファスはそれでも固まったまま。……ただ、顔は真っ赤だ。
それを目にした御方サマは、一足先に冷静になるとパクたちに視線を送った。全員揃ってブンブン首を横に振る。
「……じかくしておらんかったのか…」
聞こえたか、更に赤くなったファスの動きが大変ぎこちない。あれは危ない、またシロップが流れてしまう。御方サマはするりと糸を出し、ファスの手から回収するとパクの前へ。パクはささっとフタを閉める。これで大丈夫だ。
「ファスよ」
「はっ、はいっっ」
「ききたいことはあるが、さきにそうじじゃ。これではおちついてたべられん」
ファスは無言で何度も頷く。
「それと、さすがのわらわもここまでひたひたはくえん。あまあまのぼうりょくじゃ」
「ま、まだ生地はありますので、切り分けて、分散しましょう」
「うむ。そうしてくれるとたすかる。すてるのはもったいないからの」
「にゃー、にゃあにゃ」
「う、うん。ごめんね、大丈夫。オネム、お水頼んでいい?」
「んにゃ??!」
「ファスよ、そやつはソラとよんでいなかったか?」
……守り神は待っていた。そろそろ来るであろうお供えとお酒を。
ただひたすら、待っていた。
じりじりと、巣に近付いていきながら。




