54.
今回少し短めです
ファスが魔法を頼む頻度が高いのは、しらゆきとオネムだ。ふたりはそれを、少し嬉しく思っている。頼られるのは誰だって嬉しいものだ。
オネムはその為に、より多くの水を出せるよう、こっそり修行している。途中で魔力切れで倒れてしまっては、二度と頼まれなくなるだろうから。それはしらゆきも同じ。微細な火加減ができるよう、毎日の訓練は欠かしていない。
努力の御蔭で、ふたり力を合わせ、温度が違うお湯をすぐ作り出せるようになった。気付いたファスが、それはそれは褒めてくれたのは、いい思い出だ。
「ありがとう、疲れてない?」
「にゃむー」
オネムなりに頑張って集めた花は、カゴに山盛り。一番小柄で、運べる量も限られているオネムは、一足先に戻ってきたのだ。そのまま煮沸消毒のお手伝い。お礼と共に温かい手で撫でられ、ふたりは喉を鳴らす。
休んでて、と言うファスはうめ仕事を続けるらしい。
消毒を終えた瓶を干している間に、うめの下準備。ふたりは興味津々、ファスの側から離れない。
「に?」
「にゃあむ?」
「ヘタを取ってるんだ。傷付けないように……こう、」
竹串で刺し、取り除いている。しらゆきとオネムも挑戦。此方は爪を使い、そおっとヘタに引っ掛ける。
「にっ…!」
ころんと滑って落としてしまった。慌てて掴まえ確認、…傷が付いている。
しらゆきはしゅん、となってしまい、オネムも同様に。丸いのでうまく掴めず、滑ってしまうのだ。
「これくらいなら、大丈夫だよ。休まなくて平気?……じゃあ、うめを洗って水気を取るの、お願いしていいかな」
ふたりは頷き、お手伝い続行。ファスがヘタを取り、オネムは水洗い。しらゆきがきゅっと拭く。せっせと続けていると、パクたちがカゴを引っ張り引っ張り戻ってきた。いつもより多く、カゴから零れてしまいそうだ。
「にゃあー」
「こんなに取ってきてくれたんだ…!お疲れ様、大変だったでしょ」
「ぶにぃ、にゃ」
頑張ればおいしいものができるのだ、苦ではない。パクたちは首を振った。
ファスはみんなを労い、花の量を見て本を確認。シロップはうめと同量、甘露煮はうめの量に対して半分。赤と白の二色の花は、白の方が融けにくい…。
「シロップは白を使おう。赤は甘露煮に」
「なう、なーおう」
「分けてくれるの?ありがとう。そうだ、うめのジャムも作ってみようかなぁ」
「んにゃあ!」
ジャムはみんな大好きだ。パクたちは喉を鳴らす。
御方サマはまだ戻ってこないようなので、先にシロップを仕込んでおく。とはいえ、作り方は簡単。下拵えをしたうめと白い花を交互に入れていき、フタをして完了だ。毎日二、三回混ぜなければならないが、そこまで大変な事でもない。
「飲めるようになるのは、二週間後ぐらいかな。それまでは、日が当たらなくて涼しい所……倉庫がいいかなぁ」
「にゃあ、にっ」
「そっか、薬棚が空いてたね」
台所は火を使うので暑くなりやすい。薬棚なら風通りもいいので最適だ。
次は甘露煮、とうめを巣の中へ。はやてとダイチも、赤い花をせっせと運ぶ。本で手順を確認し、鍋に水を張り、うめ一つ一つに小さな穴を開け入れていく。こうしておくと、煮ても割れにくくなるらしい。
青と黄色、両方を煮込み、浮いてきたら優しく回して……ここで砂糖、赤い花の出番だ。
「なぅー」
「ぶにー」
分けておいた花を、それぞれの鍋へ。台所には、うめの香りがいっぱい広がっている。
「これでいいかな。あとは冷ますだけ」
ファスは鍋を火から空けると、テーブルへ。
パクたちはワクワクした様子で、蜜を纏ったうめを眺めた。ほんのり爽やかな香りが鼻をくすぐる。
「おお、よいかおりじゃ!もしやかんろにか?」
戻ってきた御方サマは、身軽にテーブルへと移ると、パクたちと同じように覗き込む。
外には一抱えもあるフタ付きの壺が並んでいた。一体どうやって持ってきたのだろう……。持ち上げようとするファスだが、重くて無理だった。
「ファス、あじみはできんのか?なにをしておる、おもかろう。わらわがあとではこぶぞ」
「お、お願いします……。え、えと、もう少し、冷めてからの方がおいしいと思います…」
「ならばまつぞ、さいこうのモノをあじわいたいからの。む…、ファス、さけじゃ」
え、と御方サマが指す先に目を遣ると、大小の瓶や樽が、いつの間にやら置いてあった。
「かじつをつけこめるモノと、ちゃんとかくにんしたようじゃ。これで、……どうした?」
ファスは青い顔で酒樽たちを見ていた。いくら世情に疎くても、これは流石に分かる。守り神様にお金を出させてしまった…!思わず頭を下げた。
「ごめんなさいっ!必ずお返しします、今はその、お金は足りないですけど…っ」
「なにをいっておる?これは、わらわのすからもってきたものぞ」
「……え?」
「わらわのナワバリは、それはひろくての。それぞれ、けんぞくのものらにまかせておる。このさけは、そのなかのひとつにあるものじゃ」
人の世の酒造りに興味を持った御方サマの眷属が、人に化けて潜り込み教えてもらったそうだ。その他にも、機織りや草木染め、焼き物や硝子細工……。ともかく、人の文化で気になったモノは片っ端から学ぶという。
「まぁ、わらわたちは、えてしてちょうめいじゃ。どうらくじゃの」
「道楽…」
「たべはせぬが、さけをこのむモノはおる。それだけで、いちいちヒトのまちへいくのはめんどうじゃ、というりゆうでつくりはじめたのだったか」
明らかに買う方が楽なのだろうが、考え方はそれぞれだ。
理由はどうあれ、一から物を作り上げるのは、並大抵な努力ではなかっただろう。そんな大切なお酒を分けてくれるというのだ、ファスはお金で返せるものではないと改めた。
これは、失敗せぬよう作らねば。
「そやつ、うめのさけはしらぬといっておったそうじゃ。ちしきがかたよっておるのかのぅ」
「貴重なお酒をありがとうございます。美味しくできるよう、作りますね…!」
「うむ。たのしみにしておるぞ」
職人気質というか、酒造りにハマったかの眷属は、究極の一品を作りたいとずっと籠ったままだ。
定期的に届く酒は、御方サマには全部美味い酒に思えるのだが、どうやら違うらしい。今年こそは最高の……という決意の報告を耳にするので、納得のモノはまだできていないのだろう。様々な種類の酒を造ればいいのに、と思いはすれど、それはきっと違うのだ。
一つの道を極めるということは、極力無駄を削り、削り削って更に削り取った先に何かが見える……のではないか。多分。
まぁともかく。ナワバリが侵されず、好きな事に打ち込めるのは平和な事だと、御方サマは思うようにしている。
「けんぞくがおおいと、かわりものもおおくでるものじゃの」
張り切ってうめ酒作りに着手するファスと、その手伝いをする魔猫たちを眺めながら、御方サマは独り言ちた。




