53. 時々、夏仕事
今年も暑いですね。
水分補給、日傘に帽子、日陰移動を心掛けて乗り切りましょう…
あと、無理は禁物。休む時は全力で休みましょうね
「まっておったぞ!」
薬草群生地にて、ファスとパクたちを出迎えたのは、御方サマと大量のカゴだった。
「あー…、本当に行っちまうんだな、ファス……」
「はい、秋口にまた、戻ってきます。それまで、レオたちの事よろしくお願いしますね」
「任せて!でも、三ヶ月もなんてぇぇ……」
以前、三ヶ月消えただけで狂人と廃人になりかけていたカイとうらら。
しかし、今は魔研にレオたちが居るので、癒し不足にはならないだろう。問題はカイである。
行くのはまだ先だというのに、ずっと手を握り離さない。邪魔になるだろうと、パクたちが代わる代わる猫パンチを入れているのだが、一切めげない。この程度の抵抗、Sランクには無いも等しいようだ。
…二人の間に変化はあったのか。いや、無い。
ファスは何事も無かったかのように接しているし、カイの方もまだ動く気配は無い。
事の経緯を知るパクたちは、Sランクを眺めていた。
お食事会の数日後、ファスはまだ悩みながらも話してくれた。どうやらクリームが爆弾を投下し、どういう真意か訊くに訊けず、思い悩んでいたようだ。
勿論、クリームに悪気は一切無いだろう。成り行き任せにしているパクたちは、それで動揺していたのかと合点がいった。カイの事は好きだよ、とファスは言った。少し、赤い顔で。
カイの方は言わずもがな。パクたちも、周りも承知している。両想いだ、知っている。
『俺、あんまり人と交流しないから、つい真に受けて考えちゃったけど……。冗談、だったんじゃないかな。言葉遊び。こんな風だったら面白いねって、友達と話すでしょ。きっとそれだよ』
違うと思うよ、とはパクたちは言わなかった。
『カイ達が戻る前に気付けて良かった…。カイは大事な友達。恋人なんて……俺をそんな風に好きになってくれる人なんて、居ないよ』
これが、超絶鈍感の力。パクたちは衝撃を受け、思わずフレーメン反応。
居ないよ、なんて朗らかに言い切る事がありえない。驚きが過ぎてフレーメン反応が治まらない。話していくにつれ、ファスは自分の考えに自信を持ってしまったか、最後は力強く頷いていた。
後日、気にしていたレオたちに全て伝え、同じ反応が返ってきた。
思い返しながら、パクたちは顔を見合わせる。
ファスは、自分が誰かと一緒になる事、好きになってくれる事はありえない。そう思い込んでいるようなのだ。
それは多分、幼い頃に浴び続けた言葉のせいだ。気味が悪い、悪魔のようだと何度も言われ、向けられる目は嫌悪のそれ。いつしかファス自身もそう思い込み、出掛ける時はフードを目深に被り、人から見えにくいようにしている。カイ達と知り合ってからは、少しずつ外している時が増えたのだが…。
パクたちには、人間の違いがよく分からない。ファス以外はそう変わらないように見えるのだ。ファスは優しくてイイコで、笑顔がとてもキレイだと、パクたちは自慢に思っている。
そんなファスにベタ惚れしているヤツが、目の前で情けない姿を晒しているというのに……。
「…カイ、それ以上はやめておけ。パクたちの憐みの視線が増しているぞ」
トオヤも負けず劣らずの目をしている。
何で気付かないんだろう。心底不思議そうな、うららの呟きが耳に届く。これで、冗談で口にしたのではないと知れた。
こればっかりは……カイは本気なのだと、ファスが分かるまで頑張るしかないだろう。
パクは外を眺めた。いい天気だ。
今年も暑くなりそうだなぁ、と空を見上げ、パクは大欠伸をした。
「お、お久しぶりです、御方サマ。どうしたんですか、これ…。……あ、うめ、ですか?」
「おお!そのとおりじゃ、しっておったか!」
予定通り、転移でやってきた群生地。また長くお世話になるので、お供えを持って挨拶したのが一昨日。パクたちも回復し、今年は何を採ろうかと仲良く話していた所、御方サマ襲来である。
相変わらずのちんまりサイズだが、パクたちはついつい、居住まいを正してしまう。
「うにゃ?」
「ぬ?まびょうどもはしらんのか。とはいえ、わらわもくわしくはわからん。だが、よいかおりがするのじゃ」
「本で見た事があるくらいで、実物を見るのは初めてです」
ファスは知っているようだ。青い実と、黄色い実。色は違うがどちらも同じ、熟しているのは黄色い方らしい。
「ナワバリでみつけたのじゃ。けんぞくのモノらがおしえてくれての。しらべて、うめとわかった。ニンゲンがよくとっておったそうじゃから、たべものなのであろう?」
「はい。保存食や、薬にもなるとありました。こんなに綺麗で、いい香りなんですね…!」
「にいぃぃ…!」
カゴにころりと転がるうめの実は、どれもつやつやでぷっくりしている。しらゆきは一目で気に入ったようだ。御方サマに許可をもらい、それぞれ手に取った。
手触りや匂いを楽しみ、しらゆきは青と黄、両方を持ってうっとりと眺めている。
「そのままたべても、そこまでうまくなかった。そっちはかたかったしのぅ。おぬしなら、なにかにつくりかえられるのではとおもうたんじゃ。どうじゃ?」
かじってみようとしたパクがぴたりと止まる。大人しくカゴに戻した。
「う、うーん……」
「むずかしいのか?」
「初めてなので…。作り方は本にあったと思います。でも、材料が……」
「ほぅ。なにがひつようなのじゃ?かえがきくようなら、ココでいくらでもとってよいぞ」
調べてみます、とファスは巣へ。目的の本はすぐに見付かり、取って返すとパクたちにも見えるよう広げる。
「あった…、御方サマは、お酒は嗜まれますか?」
酒?と首を傾げる御方サマの、後ろの木々が揺れる。守り神だ。
「…のまぬことはないかの」
「少し時間は掛かりますけど、うめの実を漬け込んだお酒を作れます。でも、いつも買うのは薬用で、専用のお酒を用意しなきゃならないんですが…」
ぶわっさぁ、と木々が揺れ、守り神の気配が小さくなった。酒を手に入れてくる気に違いない。
あやつめ、と御方サマは軽く目を吊り上げる。しかし、飲んではみたい。
「さけはこちらでなんとかしよう。ほかはなにができるのじゃ?」
「…シロップが作れますね。あと、甘露煮も」
「かんろに!しっておるぞ、あまいものであろう!しろっぷとは?!」
「し、シロップも、甘いものです。なので砂糖を、」
かっと目を見開いた御方サマは大きく頷く。そしてパクたちに振り返った。甘いものと聞いて、パクたちの目も光っている。いつにない気迫だ。
「さとうがわりに、はなをつかっておったの?!わらわがゆるす!ぞんぶんにかりとるのじゃ!!」
なおおぉぉう!……と、雄叫びを上げ、パクたちは行ってしまった。ちゃんとカゴを持って。
止める間もなく、ファスは取り残された……いや、しらゆきが居た。カゴに傷が付いているもの、付いていないものと選り分けている。その目は喜々と輝いていた。
「しらゆきは、もっとうめを見ていたいんだね」
「にぃ!」
「じゃあ、甘露煮に使う綺麗なうめを、みんなの分も選んでくれる?俺は瓶を探してくるよ」
任せて、と頷くしらゆきに微笑み、ファスは御方サマと倉庫へ。使っていない瓶はそこに置いているのだ。けれどうめは多く、持っている数では足りない。
「…あった。大きいのはお酒用にしようかな」
「そのビン、とやらでなくてはダメなのかえ?」
「うめは酸味がある食べ物なので、鉄や銅では保存に向かないんです。陶器や土鍋のような素材でもいいんですけど…」
「ほう、それならつぼがわらわのところにあるぞ。もってこさせよう」
「壺…、はい!助かります!」
「うむ。ではすこしまっておれ」
ひょいひょいと身軽に跳ね、御方サマも行ってしまった。
材料がどのくらい集まるかは分からないが、準備はしておいた方がいいだろう。ファスはしらゆきの元へ戻る。ちょうど選別が終わったようで、コレ!と二つのカゴを指す。青と黄、色分けもしてくれていた。
「キレイだねー…!流石しらゆき、ありがとう」
ででんと胸を張り、喉を鳴らすしらゆき。けれど、うめはまだまだある。
焦っても仕方ない。時間はあるので、失敗しないよう作るのだ。一つ一つの工程を大事にして。ファスは気合を入れ直し、まずは煮沸消毒、としらゆきと共に瓶を洗い始めた。




