表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/107

49.




普段、余り寄り付かなかった魔研へ、うららがちょくちょく顔を出すようになった。その理由は言わずもがなである。

魔猫の保護は、魔研全体に周知されているものの、関わる者は少人数。何が負担になるか分からない為だ。選出にあぶれた猫好きが、悔し涙を流したとか。何せ、人前に出る事は無く、もう絶えたのではないかと推測されていた種族だ。本物をこの目で見たいと思う者は、意外と多かった。

そんな競争率の高い魔猫のお世話に、涼しい顔でしれっと参加しているうらら。師が直接見ているのもあり、冒険者で慣れているというのもあり、今や姉弟子であり……という事で、一足飛びで参加しているのだ。

来たからには先に、師に挨拶をしておかなくては、と研究室に向かう。けれど、最近は居ない事が多い。仕事は誰よりも多くある筈なのだが、全て期日前に片付けているという。仕事が終わらないと嘆いている姿なぞ、見た事がないと皆が口を揃えるのだから、師は恐ろしい程、優秀だ。

…今日も空だ。ならば、レオたちのところだなと軽い足取りで向かう。師も興味津々なのがよく分かる。魔法修行以外でも、入り浸っているからだ。

レオたちはともかく、知識の吸収量が半端ない。真綿が水を吸うように、とはこの事だ。学ぶ意欲も、研究員に負けない程ある。ついつい情熱に応えてしまうのは、致し方無いだろう。


 「師匠、居ますかー?」


 「うららか。何だ」


これである。師は基本、素っ気ない。

レオたちが振り向き、にゃいにゃいと挨拶。足繫く通った甲斐あって、随分打ち解けてくれた。

今は休憩中のようで、全員モグモグと口を動かしていた。


 「あ、れ…?もしかして、ファスさんのおやつ?無くなったんじゃなかったっけ…」


 「あぁ、お裾分けを貰ってね。また、レオたちを連れて行こうと思ってるんだ。打合せに行ってきた」


 「…へ、へぇぇ。次はいつ?私も行きたいなー」


 「此方の都合に合わせるとは言ってくれたけど、向こうもやる事があるみたいで忙しいようだ。まだ先だね。できれば…梅雨に入る前がいいとは考えてるよ」


努めて平静を装うが、冷や汗が止まらないうららである。

師は随分とファスを気に入っている。レオたちが落ち着くまで、手伝ったり助言を貰ったりとしている内に、二人は打ち解けたようだ。こうして一人、転移で会いに行く程。

今までそんな相手居たか。……いや、居ない。

うららの知らない所で二人は会っている。ファスが思い出した時、報告してくれるから把握できているのだ。話す内容は勿論、魔猫たちが中心だ。

仲が良いのはいい事だ。本来ならば。

師も、息抜きになって丁度いいのではと思う。あそこは不思議と、安心して落ち着けるから。

が、それが気に入らない者も居る。言わずもがな、カイである。

最近の奴は、機嫌がよろしくない。何度かどうにかしろと文句言われたが、出来る訳もない。奴の目は、どうにも剣呑だ。いつか師を襲撃するのではと、気が気でない。

…因みに、うららが心配しているのは本人達ではなく、周囲への余波である。Sランクと大魔導が本気でぶつかれば、王都がえらい事になる。

なので、ファスに一つお願いした。師が来た時は、自分にだけ教えてくれと。

レオたちも一緒なら、奴も文句は言わない。一人が問題なのだ。あらぬ事を考えるのだ、奴は。


 「おいしい?いいなー、私も間が空いちゃったからなぁ、食べに行きたいなー」


 「にゃい?」


 「それはレオちゃんのでしょ。いいよいいよ、食べてー」


食べる?と皿を持った姿に和みながらも、うららは考える。

レオたちが安定したとしても、会わなくなるのは、無い。仲が良い十一匹を見るのは癒しだ。

結局の所、カイには我慢してもらうしかないのだ。それか急接近して、恋人になってしまえばいい。


 「…難しいかなぁ」


いい感じではあるが、無理強いなぞしてしまったらフラれてしまうかもしれないし、パクたちもお怒りになるだろう。そう助言したのは、他ならぬうららだ。うんうんと悩む姉弟子を、レオたちは不思議そうに見上げている。


 「ファスの事で何か言われたのかい」


 「えっ」


 「大方、会っているのが気に入らないんだろうけど…、僕はあいつのような感情は持ってない。好感は持っているけどね」


 「えっっ」


 「嫉妬心を撒き散らす暇があるんだったら、さっさと告白でもしたらいいんだよ」


 「……お、おう……」


師はとうに気付いていた。いや、気付かないのがおかしいのだが。厄介な男に気に入られたものだね、と呟きながら、レオたちにおかわりを配る。


 「これで今日は終わりだよ。……誰が誰を好もうが構わないけど、僕を巻き込むのはやめてくれ。あぁでも、拒絶されたら潔く諦めろと伝えてくれる?」


 「………師匠、気に入ってるよね、ファスさんの事…」


伝えられる訳もなく、うららは返事代わりに曖昧に濁す。

同性同士だ、というのは特に気にしていない師弟である。その辺は外が口を出す事ではない。

カイは、元々は女性が好きだった……と思う。噂は嫌という程耳にしたので。あの美形ぶりも。外見完璧な男が本気になったのは、まさかの同性。本人が一番驚いたのではなかろうか。


 「私は、脈はあると思うんだけどな…。見てても仲良いし、空気がすんごく優しいんだよ」


 「そうかい。でも、嫉妬深いのは嫌われる元だと思うよ。常に相手を疑っているんだからね」


つまりは信用していないという事である。それは分かる、とうららは深く頷いた。

師はそれ以上は話す気がない、というか興味が無いようで。どんどん話題は逸れていき、最終的にはうららは修行不足と判定され、思い切りボコボコに扱かれた。


 「にゃい」


 「…………に、」


 「みみっ、ににぃ」


 「なーおぅ、にゃお」


 「みにゃ?」


師弟は気付かなかった。

レオたちがずっと耳を動かし、会話を聞いている事に。

そして失念していた。魔猫は言葉を理解しているという事に。

レオたちは顔を見合わせ、首を傾げながら話し合う。時折聞こえる、姉弟子の悲鳴と爆発音には耳を伏せながら。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ