49.
普段、余り寄り付かなかった魔研へ、うららがちょくちょく顔を出すようになった。その理由は言わずもがなである。
魔猫の保護は、魔研全体に周知されているものの、関わる者は少人数。何が負担になるか分からない為だ。選出にあぶれた猫好きが、悔し涙を流したとか。何せ、人前に出る事は無く、もう絶えたのではないかと推測されていた種族だ。本物をこの目で見たいと思う者は、意外と多かった。
そんな競争率の高い魔猫のお世話に、涼しい顔でしれっと参加しているうらら。師が直接見ているのもあり、冒険者で慣れているというのもあり、今や姉弟子であり……という事で、一足飛びで参加しているのだ。
来たからには先に、師に挨拶をしておかなくては、と研究室に向かう。けれど、最近は居ない事が多い。仕事は誰よりも多くある筈なのだが、全て期日前に片付けているという。仕事が終わらないと嘆いている姿なぞ、見た事がないと皆が口を揃えるのだから、師は恐ろしい程、優秀だ。
…今日も空だ。ならば、レオたちのところだなと軽い足取りで向かう。師も興味津々なのがよく分かる。魔法修行以外でも、入り浸っているからだ。
レオたちはともかく、知識の吸収量が半端ない。真綿が水を吸うように、とはこの事だ。学ぶ意欲も、研究員に負けない程ある。ついつい情熱に応えてしまうのは、致し方無いだろう。
「師匠、居ますかー?」
「うららか。何だ」
これである。師は基本、素っ気ない。
レオたちが振り向き、にゃいにゃいと挨拶。足繫く通った甲斐あって、随分打ち解けてくれた。
今は休憩中のようで、全員モグモグと口を動かしていた。
「あ、れ…?もしかして、ファスさんのおやつ?無くなったんじゃなかったっけ…」
「あぁ、お裾分けを貰ってね。また、レオたちを連れて行こうと思ってるんだ。打合せに行ってきた」
「…へ、へぇぇ。次はいつ?私も行きたいなー」
「此方の都合に合わせるとは言ってくれたけど、向こうもやる事があるみたいで忙しいようだ。まだ先だね。できれば…梅雨に入る前がいいとは考えてるよ」
努めて平静を装うが、冷や汗が止まらないうららである。
師は随分とファスを気に入っている。レオたちが落ち着くまで、手伝ったり助言を貰ったりとしている内に、二人は打ち解けたようだ。こうして一人、転移で会いに行く程。
今までそんな相手居たか。……いや、居ない。
うららの知らない所で二人は会っている。ファスが思い出した時、報告してくれるから把握できているのだ。話す内容は勿論、魔猫たちが中心だ。
仲が良いのはいい事だ。本来ならば。
師も、息抜きになって丁度いいのではと思う。あそこは不思議と、安心して落ち着けるから。
が、それが気に入らない者も居る。言わずもがな、カイである。
最近の奴は、機嫌がよろしくない。何度かどうにかしろと文句言われたが、出来る訳もない。奴の目は、どうにも剣呑だ。いつか師を襲撃するのではと、気が気でない。
…因みに、うららが心配しているのは本人達ではなく、周囲への余波である。Sランクと大魔導が本気でぶつかれば、王都がえらい事になる。
なので、ファスに一つお願いした。師が来た時は、自分にだけ教えてくれと。
レオたちも一緒なら、奴も文句は言わない。一人が問題なのだ。あらぬ事を考えるのだ、奴は。
「おいしい?いいなー、私も間が空いちゃったからなぁ、食べに行きたいなー」
「にゃい?」
「それはレオちゃんのでしょ。いいよいいよ、食べてー」
食べる?と皿を持った姿に和みながらも、うららは考える。
レオたちが安定したとしても、会わなくなるのは、無い。仲が良い十一匹を見るのは癒しだ。
結局の所、カイには我慢してもらうしかないのだ。それか急接近して、恋人になってしまえばいい。
「…難しいかなぁ」
いい感じではあるが、無理強いなぞしてしまったらフラれてしまうかもしれないし、パクたちもお怒りになるだろう。そう助言したのは、他ならぬうららだ。うんうんと悩む姉弟子を、レオたちは不思議そうに見上げている。
「ファスの事で何か言われたのかい」
「えっ」
「大方、会っているのが気に入らないんだろうけど…、僕はあいつのような感情は持ってない。好感は持っているけどね」
「えっっ」
「嫉妬心を撒き散らす暇があるんだったら、さっさと告白でもしたらいいんだよ」
「……お、おう……」
師はとうに気付いていた。いや、気付かないのがおかしいのだが。厄介な男に気に入られたものだね、と呟きながら、レオたちにおかわりを配る。
「これで今日は終わりだよ。……誰が誰を好もうが構わないけど、僕を巻き込むのはやめてくれ。あぁでも、拒絶されたら潔く諦めろと伝えてくれる?」
「………師匠、気に入ってるよね、ファスさんの事…」
伝えられる訳もなく、うららは返事代わりに曖昧に濁す。
同性同士だ、というのは特に気にしていない師弟である。その辺は外が口を出す事ではない。
カイは、元々は女性が好きだった……と思う。噂は嫌という程耳にしたので。あの美形ぶりも。外見完璧な男が本気になったのは、まさかの同性。本人が一番驚いたのではなかろうか。
「私は、脈はあると思うんだけどな…。見てても仲良いし、空気がすんごく優しいんだよ」
「そうかい。でも、嫉妬深いのは嫌われる元だと思うよ。常に相手を疑っているんだからね」
つまりは信用していないという事である。それは分かる、とうららは深く頷いた。
師はそれ以上は話す気がない、というか興味が無いようで。どんどん話題は逸れていき、最終的にはうららは修行不足と判定され、思い切りボコボコに扱かれた。
「にゃい」
「…………に、」
「みみっ、ににぃ」
「なーおぅ、にゃお」
「みにゃ?」
師弟は気付かなかった。
レオたちがずっと耳を動かし、会話を聞いている事に。
そして失念していた。魔猫は言葉を理解しているという事に。
レオたちは顔を見合わせ、首を傾げながら話し合う。時折聞こえる、姉弟子の悲鳴と爆発音には耳を伏せながら。




