48.
「にゃ…、にっにぃっ!?」
「にゃお、なおぅ」
ファスが作るごはんは格別である。
本人は大袈裟だと言うが、総勢十一匹の魔猫たちが脇目も振らず、競うように食べているのだ。温かいスープを啜り、素早く好きなおかずを確保するモフモフたち。
お気に入りが重なると、争いになる。パクのお気に入り、タケノコ入りのお団子。最後の一つを、かきが確保。クリームは、ヒスイの実入りのおむすびが気に入ったか、もちもちと二個目を食べている。横のしらゆきが固まっていた。
レオ、トバリ、くりは静かに食べているが、しっかり確保はしている。
カイはその様を余裕で眺めていた。自分のは別で用意されているので、存分に味わう。
「こんなにたくさん食べてくれるなんて、嬉しいなぁ…!おやつもあるからね、食べきれなかったら、包んでもいいかな」
「!にゃい!」
おかずの取り合いになっても、ケンカに発展しないのは、作り手であるファスが喜んでいるからだろう。足りなかった、食べられなかった時のサポートはおやつ。それを聞いたレオたちは何度も頷き、パクたちの尻尾もぴんと立つ。
ごはんの後は食休み。天気がいいので、外で日向ぼっこだ。
レオたちは、すぐ薬草選別をすると思っていたようで、困惑気味ではあったけれど、今は仲良く昼寝中。その間に、ファスは片付けを終え、ゆっくりと選別を始めた。
「休まないのか?」
「休んでますよ、カイこそ、ゆっくりしてて下さい」
ファスにとって、今の時間が休憩になるらしい。
開けっ放しの戸の向こうには、思い思いにくつろぐ家族の姿。それを時折見ながら、ファスは手を動かす。ゆっくり、穏やかな昼下がりだ。
いつもこうして過ごしているのかと思うと、カイは微笑んでしまう。共に過ごす、一つ一つの時間を大事にしている姿が愛おしい。その中に、自分も入れて欲しいものだと願う。
「手伝うよ。どうやればいい?」
「いいんですか?じゃあ……、」
慣れない内は、ゆっくり分けていく。毒草が混じっていてはいけないので、選別は大事な作業だ。
嗅ぎ分けられる魔猫たちが居るから、と疎かにしないのは、ファス自身の目を鍛える為もあるのだろう。
「毒草以外にも、その薬草が弱っていたり、傷付いて薬効が無くなっていたりするんで、見極めが難しいです」
「そういうのは、どうしてんの?」
「食べても問題なければ、料理で使って……特徴を覚えるのに、絵に描き起こしたりもしてます」
飾る事もあれば、パクたちがしおり代わりに使っている時もあるという。
「確か、毒でも薬になるのもあるよな?それは興味ないとか」
「いえ、それは薬師でないと作ってはいけないんです。あと、魔法が使える事が大前提なので」
「へぇー…、専門技術が必要な訳か」
流石に、本にも作り方は載っていない。好奇心で作るにはリスクがある。
「まあ、ソラは花として世話できるから喜んでるだろな」
「はい。あ、でもこれは違うんですよ」
ファスのカゴには、鮮やかな赤、白の花が盛られている。この花は甘く、砂糖代わりにいつも使っているという。見覚えがあると思っていたが、これ甘いよと食べていた同業達を思い出す。今は買って食べる余裕があるが、駆け出しの頃は皆、カツカツだった。
「これはカイも、平気だと思います」
花びら一枚を差し出され、口に入れる。くどくなく、丁度いい甘さだ。
「あぁ、なんか面白いな」
でしょう、と微笑むファスを、温かい気持ちで眺める。
こんなゆったりとした時間があるとは、知らなかった。一人で立つ力をつける為に、必死だったからだ。出会わなかったら、一生知らないままだっただろう。
冬もそうだったが、ファス達の存在は当たり前のように、内側に入ってきた。
元々あったモノが戻ってきたような、求めていたモノがやっと見付かったような。とにかく温かく、満たされた感覚があったのだ。重症だな、と改めて自覚する。
焦っては駄目だと分かってはいるが、早く手に入れたくてたまらない。
「……?あの、何かついてますか?」
「ん?」
「その、ずっと見られてるので…」
ファスは視線が気になったのか、ペタペタと頬を触っている。パクたちは昼寝中。邪魔が入る事はない。ここはもう一押しして、意識してもらいたい所だ。これまで何もしてなかった訳ではないが、モフモフガードは意外に強固だった。
手招きすると、無防備にやってくる。うん、こういう所が危ないと思いつつ、抱き寄せると……、
「すまない、遅くなった」
「………」
…遅れてやってきたシドの目の前には、異様に近い距離の二人が居た。
しかし、ファスは気にする様子もなく首を傾げ、カイには射殺さんばかりの視線をぶつけられる。以前の様子で気付いてはいたが、今日の今で大体察したシドは二人を眺め、Sランクの方に憐れみの目を向けた。それだけで口にはしない。しない、が、
「……君は、ある意味大物だね」
「大物……?あ、そうだ、レオたち頑張ってましたよ。頼まれてた薬草、全部集まりました」
ファスは何事もなかったかのように話す。実際、超絶鈍感の認識では何もないのだろう。
師の再訪に気付いたレオたちが、尻尾を立てて駆けてくる。にゃいにゃいと報告を始めた。Sランクからの殺気はまだ流れてくるが、そんな事よりモフモフの弟子相手が優先である。
「レンゲンソウ、竜牙草、ミズ……。量も充分。ありがとう、助かったよ」
「にゃいにゃ!」
褒められて嬉しいレオたちはゴロゴロ大合唱。関係は良好のようだ。
お茶を入れながら、それを見守るファスも嬉しそうにしている。
「あ…、カイ、先刻のは…」
「ウン、モウダイジョウブ」
「そうですか…?」
カイの長い溜息に困惑する鈍感。パクたちも遅れてやってきて挨拶。日向ぼっこは充分なようで、モフモフふわふわだ。二人きりであった巣は、一気に賑やかになった。
まだ、まだチャンスはある。カイは切り替えた。この程度で諦めていたら、一生手に入らないのだ。超絶鈍感に鍛え上げられたカイの精神力は鋼鉄になっていた。
「ににっ?」
「………み、」
クリームとトバリが、選別中の薬草に気付いた。ひょいひょいとテーブルに乗ると、手伝うと言わんばかりに、両手で持つ。
「ありがとう、じゃあこのカゴをお願いしてもいい?はやてとダイチはこっち、いいかな」
「なうっ」
「ぶにゃー」
パクとソラは、分け終えた薬草の下処理。レオとかきも手伝うようだ。
しらゆきとオネムはファスと共に台所へ。くりも興味津々と付いていく。
「シドさん、お昼は食べましたか?まだなら用意しますよ」
「あぁ、済ませてきたよ。ありがとう」
「じゃあ…、もう少ししたらおやつにしますね。夕飯、食べていきますか?」
「そうだな……、」
レオたちは楽しそうだ。まだ、居たいだろう。シドはお言葉に甘える事にした。今日の仕事は、ついでに終わらせてきたので時間はある。カイは元々そのつもりであった。
「二人とも、ゆっくりしてて下さい」
ファスは微笑むと、台所に立った。夕飯の下拵えをするようだ。
にゃあにゃあと溢れるモフモフで、人間は下手に動けない。本を拝借し、時間を潰す事にしたシド。カイはというと、
「……」
お茶を飲みながら、ファスの後ろ姿を眺めている。本人は満足そうなので、特に指摘はせず放置に決めた。
夕飯は山菜尽くし。これは自分が採った、あれは……と、報告しながらの食事は、それは賑やかだったという。レオたちも、いい気分転換になったようである。
時間が掛かるやりたい事はゆっくりにして、今やりたい事をいちばんにしよう。
みんなと話し合って、そう決めた。
此処には天井までぎっちりな、たくさんの本がある。他の場所にも、持ち出しちゃダメな本、先生が居る時だけ読める本がある。色々読みたいけど、今は図書室のを読破するんだ。急がなくていいから、にゃあ達のペースで。
パクたちの巣にも、本があった。此処と比べるとすごく少ないけど、パクたちはよく読み込んで、ちゃんと覚えてた。にゃあ達は、ちょっと怪しい。苦手な知識は特にだ。
興味あるもの、得意なものは、それぞれ違う。誰かの苦手は、誰かの得意なのだ。にゃあ達は助け合う。ひとりで全部できなくてもいいんだ。
「にゃいにゃ、にゃあ?」
「………に、」
「ににっ、みっ」
そして、魔法。先生が居るなんて、とても恵まれているのだ。だから、学ぶのがいちばん。
みんなで決めたら、なんだかスッキリした。こんがらがってた頭の中を、整理できた感じだ。お手伝いで、パクたちに会ったからかな。
他の同族の巣を見る事は余りない。
パクたちはのんびり暮らしてるけど、学ぶのは続けてる。自然がたくさん教えてくれるんだ。
「にゃおにゃお、なぁ」
「みにゃあー」
そう、息抜きも大事にしてた。にゃあ達は、遊んじゃダメって思ってずっと練習してたけど、パクたちはうまくできない時は休んで、別の事してた。遊んだり散歩したり、昼寝したり……。そうしたら、またやりたくなって、うまくできるんだって。
にゃあ達もやってみたら、本当にそうだった。お休みって大事なんだなぁ。
調子が戻ったのに先生が気付いて、時間が合えば、また連れてってくれるって。薬草採り、楽しかったからまたやりたい。ごはんもおいしいから楽しみだ。
「みにゃにゃあ」
そういえば、くりがごはんに目覚めた。料理の本も見るようになったんだ。
覚えて、食べたいのを作ってもらいたいんだって。それで、作ってるの見るのが楽しいんだって。くりはそう言ってゴロゴロしてた。
…それ、いいなぁ。にゃあも、何か作ってもらいたい。みんなも同じこと考えてたみたい。にゃあ達は、料理の本とにらめっこ。
勿論、作ってもらいたい人は決まっている。




