46.
見つけた時は緑の葉を繁らせていた古木が、枝いっぱいに薄桃色の花を広げていた。
風が吹き、はらはらと散る様は美しい。ファスたちは思わず見惚れ、しばしそのまま佇んでいた。
カイは目を覚ました。
床で寝ていたせいか、身体が痛む。しかし、見慣れた己の部屋じゃない。首だけ動かすと、壁にもたれて眠るトオヤが見えた。その膝には、茶トラの毛玉が乗っている。ダイチだ。その上にはオネム。
という事は、と毛布をめくると、両脇腹辺りにパクとはやてが丸くなっていた。どうりで寒くなかった筈である。
やっと思い出してきたカイは、そうだったと一人頷く。
あの一件で心がささくれた三人は、王都に着きアレクに報告を終え、一旦戻って素早く身支度を整えると、そのまま山に向かったのだ。特に約束した訳では無いが、門前でばったりと再会した三人。考える事は一緒であった。心が疲れた時は、ファスの手料理が食べたくなるのだ。
うららは行く前から半泣きだった。間に合わなかったからだ。
無理もない、王都から五日は掛かる距離。どんなに走った所で、転移魔法を使えなければ無理であった。例え、高ランク依頼を一日で片付ける実力を持っていても、万能ではないのだ。が、アレクに言わせれば、行って討伐して戻ってくるのに九日ってこれも充分早いからね?!強行軍が過ぎるよ!?…だとか。
ともかく三人は、開口一番、謝り倒した。が、やはりというか。全く怒っておらず、無事を喜び、美味しいごはんとモフモフで労ってくれた。うららの涙腺は崩壊。泣きながらおかわりをしていた。そんな彼女は、一つしかないベッドを拝借している。必然的に、男達は雑魚寝となり、風邪を引かない様にとパクたちがそれぞれの湯たんぽ代わりに。そしてファスはというと、
「…おはようございます、眠れましたか?」
「……おはよ、ファス」
もう起きていた。普段と変わらぬ様子で、優しく微笑んでいる。
昨夜は押し問答の後、共に眠った。朝一でファスの寝顔を拝みたかったが、思いの外爆睡してしまったようである。寝ぐせついてますよ、と撫でてくるファスも可愛いのでよしとする。
パクとはやても目が覚めたか、欠伸をしながら這い出てきた。
「おはよう、パク、はやて。カイについててくれてありがとう」
「にゃーあ」
「うなーぅ」
毎朝の事なのか、ふたりは一頻りファスにスリスリすると、ようやく顔を洗い始める。
その間にトオヤも起き、ダイチとオネムも大欠伸。
「おはようございます、トオヤ」
「おはようファス。…もう動いてたのか、すまない寝過ごしたか?」
「いいえ、ゆっくりしててください。朝ごはん、作りますね。あ、顔洗う用意できてますよ」
こうして押しかけて、急遽泊りになり、ベッドまで奪われたというのに、ファスは変わらず気遣い、受け入れてくれる。料理の味にもそれが出ており、頭が下がるとはこういう事なのだなと、男二人は思った。
尚、最後まで爆睡していたうららは、しらゆきとソラの猫パンチで起こされた。
「本当にごめんね……」
「気にしないでください、うらら。みんなが無事で、本当に嬉しいんです」
「でもお弁当……食べたかった…」
「そっちか」
パクたちの案内の元、全員でさくらを見る為移動している。
うららは反省しきりであるものの、食欲は通常通りらしい。トオヤは思わずツッコんだ。
お弁当は用意できなかったが、手ぶらというわけではない。ファスが持つカゴには、おやつとお茶が詰められていた。
「んにゃ、んーにゃあ」
「お花見したら元気になれるよ、だそうです」
「ソラちゃん優しい…!ありがとね!ソラちゃんたちが育てた花もキレイだったよ!」
「あぁ、普段見るより大きくて、元気に見えたな」
そうでしょ、と胸を張るソラ。三人に見せたいと、世話を続けていたのだ。愛情込めて育てた御蔭か、通常よりも生長して立派になっている。
「ソラは育てる才能があるんだなぁ。ハーブも上手く育ててくれよ?」
褒められて嬉しいソラは、みんなの御蔭!と喉を鳴らし続けた。パクたちも嬉しいのか、控えめに鳴らしている。ファスも満面の笑みだ。
「……着きましたよ、あそこです」
木々が途切れ、開けた場所に出る。目の前に、さくらの古木はあった。
葉が出ている箇所もあるが、まだまだ薄桃色の花を枝に付けている。ゆっくり、はらはらと散る様も美しい。地面には花弁が散りばめられ、一際明るく見える。
「……すごいな…」
余り花に関心がないカイが、ポツリと呟いた。
「王都にあるのとは、ちょっと違う。一本だけでも、堂々としてるっつーか……」
「うん……、通りいっぱいに広がってるのもキレイだし圧巻だけど、何て言うのかな、」
「芯の強さ…、生命力みたいなものを感じるな…」
三人は見惚れていた。
気に入ってくれたようだと、ファスとパクは顔を見合わせて笑う。この間にお茶の準備だ。
地面を乾かし、柔らかい敷物を広げる。カゴからおやつを出し、しらゆきとオネムにお湯を頼んで、お茶を注ぐ。
「にゃん、にー」
「あっためるの?じゃあ、お願いしようかな」
今日のおやつは、マフィンだ。冷めててもおいしいが、ほんのりあったかいのが好きなしらゆき、肉球に熱を込めるとお皿ごと温める。一つ一つはちょっと大変なので、纏めてだ。
「ありがとう、もう一皿はそのままでいい?」
「に!」
うまい具合にできたしらゆきは満足気。甘い匂いに気付いた三人も、慌てて手伝う。これで準備はできた。パクたちは目を輝かせて、マフィンを頬張る。
「どうぞ、今朝焼いたんですよ」
「いい匂いするなって思ってた!いただきます!!」
「うまいな」
「これ、フルーツ入りもいいけど、こっちも好きだわ」
「よかった…。それ、野菜なんですよ。乾燥させて細かくして、入れてるんです」
「へー、あんま感じないな。言われなきゃ分からねーかも」
柔らかいし、口当たりもいい。余程細かくしてくれたのだろう。ファスは少しの手間も、惜しまない。
うららは話を耳に入れながら、野菜マフィンを食べる。ほんのり甘くて、確かに言われなければ分からない。野菜嫌いの子供達も、これなら食べる筈。何より、おいしい。
「ねぇねぇファスさん、作り方教えて欲しいんだけど……」
「うらら、お前…!?」
「また犠牲者を出すつもりか…?!」
「違うもん!!シスターさんに教えたいの!野菜嫌いの子が多いから!!」
…騒がしくも、楽しいお茶会。
ソラは一つのマフィンを持って、そっとさくらの方へと移動した。
「……んに、」
根元から見上げると、さくら色の髪の、優しい顔の少女が居た。存在は希薄で、透けて見える。さくらの精だと、すぐに分かった。
少女は微笑みながら、お茶会の様子を眺めている。前に来た時も、そうだった。ファスは…、人間には、視えないようだ。ソラたちだけが、視えている。
ソラに気付くと、少女はふわりと降りてきた。
「んにゃ」
マフィンを渡す。不思議そうに首を傾げていたが、とても綺麗な景色を見せてくれた御礼、と言うと、微笑んでくれた。小さな口で、かぷりと食べて……、
ぶわと風が吹き、花弁が舞い、ファス達の慌てた声に振り向くと、彼等の周りに雪が降っていた。
勿論、本物じゃない。はらはらと降るは、全て桃色の花弁だ。ソラは少女を見た。
モクモクと幸せそうに食べている。気に入ってくれたのだろう。あれは、さくらの精の御礼なのだ。
「わぁぁ…!キレイ!」
「本当ですね……!」
「にゃああ!!」
ファスも、みんなも嬉しそう。
ソラは喉を鳴らしながら、ありがとうを告げた。少女も微笑んでいる。
『……とても、とても久しぶりに、甘いモノを食べたわ。おいしかった。アナタの大好きな人は、優しい人なのね』
「んにぃ」
『ふふ…、ええ、そうね。ねぇ、また来てくれる?ワタシはもうすぐ消えてしまうけど、また違うワタシが居るから』
「んにゃにゃあ」
『ええ、来年も、甘いモノが食べたいわ。ワタシに食べさせてちょうだいね』
「んにゃ!」
ソラが頷くと、少女はふわりと飛んで、消えていった。代わりに、ポトリとマフィンを包んでいた紙が落ちてくる。ソラはきちんと拾って、さくらに手を振るとみんなの元へ戻っていった。
来年を楽しみにしながら。
「ファス、髪に花びら付いてる」
「え、どこですか?」
「ここ、」
「……あ、ありがとう、ございます……」
「うん、全然」
「近いぞ、カイ」
「近いよ、カイ」
もう少しイチャつきたかったカイ




