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5.





 「無理はしないでって、言ったのに…」


あれから数日、カイは順調に回復。すっかり動けるようになっていた。休んでいた分の体力を取り戻さなくてはと、手伝いを申し出て薪割りをやっていたのだが。

夕方頃には腕が重く、上げるのも億劫なほどになっていた。やりすぎた。

ファスは呆れ顔で冷やしてくれている。


 「だいぶ鈍ってたからなぁ、つい」


 「だからってあの量は多すぎです。また怪我したらどうするんですか」


 「平気平気。じきに冬だし、あってもいいと思う」


 「そんなこと言ってたら治るものも治らないですよ。自分を労わってください」


本気で心配するファスから目を逸らすと、ジト目のパクたちと合う。手当ての為、お預けを喰らっているのだ。カイは更に逸らした。


 「お待たせ、ご飯にしようね」

 

 「にゃあ!」


ファスが準備の為台所へ行くと、パクたちはいそいそとテーブルを拭き、皿を並べる。

初めて目にした時は驚いた。頭がいい種族だとは知っていたが、まさか家事手伝いまでできるとは。


 「にぃ」


 「ああ、悪い」


しらゆきに促され身体を動かすと、目の前に皿が置かれる。

朝晩冷えるようになったので、温かい食事は有難い。肉を柔らかく煮込んだスープに、焼いた根菜、それに温めたパン。

パクたちは好き嫌いなく、何でも食べてくれるらしい。今日もにゃあにゃあ、喜々と頬張る。その姿に野生は見出せない。ただの猫だ。

いや、ただの猫が器用にスプーンを使うワケないか。とカイは思い直した。

パンをぽくりと割り、スープにつけて食べる。根菜を掬い口に運ぶ。人の子よりも綺麗に食事が出来ているかもしれない。


 「はい、どうぞ」


 「あ、うん」


此方を気遣い、ファスは今日も世話をすると決めたらしい。口元に来たスープに、カイはぱくと食いついた。口を動かしながら気になっていたことを問う。


 「あれ、普通のより小さいな。作ったのか?」


と指したはパクたち専用のスプーンやお皿。使いやすいよう、小ぶりだ。飲み物を入れる容器は両側面に取っ手が。


 「普通のだと大き過ぎたり滑って零したりしたので…」


ファスは様子を窺い、身を寄せてきた。それにドキリとしつつも、気付かないフリをするカイ。


 「薬を作る為に必要だからって頼んで、作ってもらったんです。でも…、赤ちゃんが使うのに丁度いいって、人気になったらしくて。今は赤ちゃん用で売られてるんです…」


 「ぶはっっ……っっ」


 「にゃ?」


 「な、なんでもないよ、おかわり?」


肩を震わせ俯くカイに首を傾げながらも、器を渡す魔猫たち。

パクたちの為と特注で作って貰ったものがまさか、赤子に丁度いいとは。気に入って大事に使っているパクたちにはなんとなく言えなかったファスは、笑い続けるカイを止める為、パンを突き出した。






 


気付けば随分と世話になっていた。

怪我はとうに治っているし、体力も戻って動けるようになった。礼を言って出ていくべきなのだ、本来は。今までもそうだったのだから。

それにギルドに顔を出さなくては。あのパーティがどう報告しているか、まかり間違って死亡扱いにされてはたまらない。カイは仕方なしにのろのろと準備をするが、元々大した荷物はない。すぐに終わってしまい、思わず舌打ち。


 「にゃあ」


 「よぉ。パクと…しらゆき、だよな。ファスと居たんじゃねぇの?」


最初は警戒の塊だったのが、今はこの通り打ち解けた。軽くだが触らせてもくれる。

これもファスが間に立っていてくれた御蔭だ。二匹は荷物を見、カイを見た。行くの?と問うているようだ。


 「生存報告しとかねぇとな。あいつら適当な事言ってるだろうし。お前らのことは喋らねぇから、安心しろー」


魔猫がいた、なんて口にすればすぐに捕まってしまうだろう。蒐集家は何処にでも居る。あれだけ仲良く暮らしているのを見せつけられて、誰が壊せようか。


 「行くんですね…そろそろかなと思ってました」


ファスは笑顔だが、いつもとは違い少々ぎごちない。

寂しいと思ってくれているのなら嬉しい。


 「…この先まだ予定ないし、良ければまた戻ってきていいか?」


今まで一人、あちこちふらふらと根無し草をやっていたが、此処ほど居心地がいいと思う場所はなかった。報告終えたらすぐにでも戻りたい。

しかし、ファスは困ったような笑顔で首を振った。


 「冬の間は別の所に移動するんです。パクたちは寒いのが苦手だから…雪が少ない、暖かい土地に。此処に戻るのは春になります」


 「護衛しようか?」


 「あ、いえ、大丈夫です。いつものことで慣れてますから…。これ、どうぞ。できるだけ詰めておきました。…あまり、無茶をしないでくださいね」


手渡された袋には薬や包帯、手当て一式分入っていた。

昼間はまだ暖かい。けれど日が落ちるのは早くなってきている。ファスたちもすぐに準備をして出なければ、移動が困難になってしまうだろう。この辺は雪深くなるのだ。

今出ると、春まで会えない。

思わず食い下がってしまったが、あっさり断られ内心落ち込む。ちらとパクとしらゆきに視線を遣るが、揃って頷かれただけだった。


 「あの…」


 「え?」


 「楽しかったです。色んな外の話が聞けて。カイが元気になってくれたのは嬉しいですけど、…もっと話したかったな、と思いまして」


…これは。

カイは思わずファスの手を掴む。

足元に鎮座する二匹は不審物を見るような目をカイに向けた。

ファスは驚いたものの、柔く笑う。


 「もし、カイが良ければ…また春に、話を聞かせてくれたら、嬉しいです」


 「喜んで」


掴んだ手に力が籠る。


 「また会える時まで、俺は冒険者として…二度とヘマしないよう腕を磨く。そんで、面白いって言ってもらえる話仕入れとくから」


奇譚収集家かよ。二匹の目はますます胡乱になった。

しかしファスは、楽しみにしてますとのほほんと微笑んでいた。







**************







あれからカイの様子は随分変わった。

自ら依頼を取って精力的にこなし、あちこち飛び回る。もともと実力はあるのだ。彼はあっという間にソロでSランクとなり、周囲を驚かせた。

街を歩けば必ず勧誘される、引く手数多の人気ぶりだが、あの一件で懲りたカイは全て断りソロを基本としている。

因みに、あと一日遅ければ死亡扱いにされていた。

受理されようかという矢先に、完治して元気に現れた御本人に青褪めたは元凶パーティ。しかしもうすでにどうでも良かったので相手にせず、登録抹消を免れるとさっさと出て行った。

そして今に至る訳だが。


 「それって、ポポワタゲでしょ?肌に優しいから、いいよね」


 「ぽ…、何だって?」


 「ポポワタゲ。春に咲く花で、枯れる前に綿毛になって種を飛ばすの。採るのが大変って聞いた事ある。風ですぐ飛んでっちゃうから」


それで巻くと傷口早く治るし跡も残んないんだよ。と、少々羨ましそうな目を向けるはうららというAランク魔導士。彼女もソロだが、後衛タイプだ。


 「……珍しいな。今は昔程採れないから高値になってるのに。取り扱ってる所も限られてるんだぞ」


と、補足を入れた長身の男はトオヤ。彼もAランクで聖魔法という珍しい技と体術を扱う。

開けっ放しの袋の中に二巻もあるのを目にしたトオヤは微かに驚いた表情になる。カイはさっさと閉じると鞄に捻じ込んだ。


 『これ、すごく柔らかいんですよ。それにしらゆきたちが作った糸は丈夫で…』


ファスの笑顔と、にゃあと得意げに糸車を回す魔猫たちが浮かぶ。

糸にして、手作業で編む。だからこれ程柔らかいし、肌当たりもいいのだろう。暇さえあれば編んでいた姿を思い出し、温かい気持ちになる。


 「だから、大事に使ってんだよ」


 「だよねー。それ知っちゃったら他のは使いにくいもん」


うららが納得したように頷く。使ったことがあるらしい。みんな同じだろうと思い込んでいたが、使い心地が全然違ったのを覚えているという。


 「群生地が見つかればなぁ…それに根の部分も薬になるし、何気に万能だよ」


 「よく知ってんな、お前」


 「薬草頼りの生活だもん。薬になると、途端にお金かかるし…」


 「そういえば、この辺りに薬屋があるらしいぞ。良心的な値で、効き目がいいそうだ」


ふと、トオヤが村で聞いた話を口にする。


 「冬の間だけやっていて、他の季節は移動しているとか」


 「へえぇ?季節に合わせて場所変えしてるのかな?」


 「この辺は冬でも暖かいほうだからな」


雪は滅多に降らず、街道も塞がれることはない。評判が評判を呼び、隣村から来る客もいるのだそう。うららはくるりと見回す。安いなら、手に入れておきたい所だ。


 「なぁ、場所は?後…その店、猫飼ってるとか聞いてないか?」


 「猫?それは知らないが…」


今迄ダンマリであったカイが割って入り、トオヤは首を傾げつつも答える。


 「街で薬師をしていた老齢の女性だと、」


 「へー」


 「あからさまに興味を無くすな」


人が無になる瞬間を目にしてしまったトオヤは思わず突っ込んだ。












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