43.
「よ、ファス」
「こんにちは、カイ。どうぞ」
パクたちと共に笑顔で出迎えてくれたファスに、思わず表情を緩めるカイ。
王都はすっかり雪が融け、動きやすくなったが、裏山にはまだチラホラ残っている。しかし、春の気配はあるという。
「今日、みんなと見付けたんですよ」
と、見せてくれたカゴには薬草に山菜が。まだ種類は少ないものの、嬉しい早春の訪れだ。パクたちは得意気に喉を鳴らし、これがノゼリにアオブキ、こっちがヨゴミでこれはヤブバナの若芽で……と、ファスも楽しそうにしている。相変わらず可愛いな俺の嫁。と、カイは耳を傾けた。
「カイ、一人ですか?」
「あぁ、動けるようにはなったけど、今度は薬不足でさ。トオヤは治癒魔法が使えるからな、待機になった。うららは手伝いと、魔研に用があるとかで」
レオたちを預かってから、うららはよく魔研に出入りするようになった。シドが魔法を教えている事もあり、姉弟子という立ち位置になったらしい。ゆっくりだが、信頼は得られているそうだ。
「それで…、急で悪いんだけどさ、薬ある?」
「棚にあるものしか…。少し前に、薬師ギルドに頼まれて作ったばかりなんです。薬草もあまり残ってなくて…怪我、したんですか?」
心配の色を濃くしたファスに、カイは内心喜びながらも首を振った。
「覚えてるか?前にホラ、凍傷の薬渡した兄弟。よく効いたから売って欲しいってさ」
「あ、あの人達…」
一昨日助けてくれた人だ、と気付いたファスは記憶を探り、棚を見た。パクも一緒になって覗き込む。
「にゃ、にゃーあ」
「でも、いいの?」
「にゃ!」
パクたちは、一昨日の出来事を聞いている。ファスを助けてくれた恩人だ、困っているなら助けるのだ。みんなも頷いている。知らないカイだけが、首を傾げていた。
ファスは礼を言うと、一通り袋に詰め、パクが包帯も詰めようとした所で待ったがかかる。
「それは、いい。全部、ポポワタゲだろ?」
「はい、でも…まだありますから大丈夫ですよ?」
「うん。忘れてるみたいだけど、王都じゃ高値だからな?流石に怪しまれるからやめよう」
揃ってハッとした顔になるファスとパク。群生地では、毎年咲き誇っているので失念していた。
「これだけでも充分だ。効き目は俺達が保証するし、あいつ等も満足するだろ」
「じゃあ、お願いします…」
「これ、薬代な。先に渡しとく」
トオヤ曰く、あの二人はよく金欠になっているので立て替えておいた方がいい。それを聞いたら、ファス達はいらないと言いそうだから絶対言うな。対価は誰であろうとも払うべきだ。と。
それは、カイも賛成だ。ファス達は、お金に対する執着が薄い。やはり反応は思った通りで、少しばかり強引に握らせた。
「いらない、は無し。前にうららも言ってたけど、これらにはファス達の時間と手間が掛かってんだから。当然の対価だ」
「……、ありがとうございます」
「本当は、ご飯代も払いたいトコなんだけどなー」
「そっそれは、俺が好きで作ってるのでっ…。それに、カイとはお金だけの関係になりたくありませんっ」
カイを見上げ、ファスは必死に言葉を紡ぐ。
「生活に、お金が必要な事は分かってますし、パクたちの努力を、こうして返してくれるのは嬉しいです。だけど、カイと一緒に居れて、ご飯をおいしいって食べてくれて、たくさん話せて…。それだけで、俺は充分嬉しい、あったかい気持ちになりますっ…。一緒に居れる時間が好きで、代わりがないものです。だから、これに関しては絶対お金はいりませんっ…!」
「……」
なに、このかわいいはんのう。
カイとて、会える時間は大事にしている。ファスは毎回、何かしら用意してくれているが、それは嬉しいし楽しみの一つでもあるのだが。会えるだけでもいいのだ。会って、話すだけでも充分癒しになっている。欲を言い出したらキリがないので、今はそれで満足という事にしている。
ご飯代云々は半分本気で半分冗談、であったのだが…。ファスが、二人きりの時間をこれほどまでに大事にしてくれていたとは。代わりは一切無いと断じ、泣いてくれるとは…。
カイは感動の余り、天を仰いだ。
因みに、ファスは必死ではあるが、泣いてはいないし、大事にしているのは三人全員が揃っている時間である。しかし、少しばかりアホになってしまったカイの頭は、他の存在を消していた。
「ファス…」
白い、柔らかな頬にそっと触れる。
「ありがとう。俺もファスとの時間は、何物にも代え難い。できるならずっとこうして、二人で…」
「…え?」
「にゃっ!!!」
パクの号令の下、四方からSランクに猫パンチが入る。最後に、パクが目を光らせ跳躍し、どすんと金髪に着地した。
「ゔぐっ」
「?!パ、パク??!」
二人の謎の近い距離に、パクたちは不穏な空気を察知。ファスを守るべく、モフモフガードが発動された。にゃあにゃあと、危ないSランクから引き離す。
が、流石はSランクというべきか。頭上のパクをむんずと確保すると、不機嫌顔を見せつける。
「何しやがる毛玉…。少しぐらいいいだろうが」
「うー…、にゃおぁうっ」
が、パクも負けていない。据わった目を向け、対抗している。
「パ、パクっ駄目だよ!噛んじゃ駄目!」
慌ててパクを自分の腕に収めると、ファスは頭を下げた。いつもは仲良くしているのに、と内心首を傾げながら。カイも本気で怒っていた訳ではなく、寧ろ冷静になれて良かった。でもちょっとぐらいは…と、残念に思う。
首は平気かと、気遣わし気に見てくるファスを安心させる為、笑みを向ける。実際鍛えているので、何ともない。パクたちの不満気な顔は、見ないふりをした。
…兄弟は酒場のカウンターに、並んで座っていた。正面には、酒場を切り盛りしている男が無言で皿を拭いている。
「…マスター、」
エルドは神妙な顔を向け、徐に箱を差し出した。
「これ、あっためてくれ」
「またかよ。あっためるくらい自分でやれや!つーかやらせるなら俺にも半分寄越せや!!毎回毎回匂いだけ嗅がせやがってよぉ!!」
「えー、だってそれ俺らが人助けでもらったモンだし、それで最後だしぃ」
「ほーそうかそうか、ならこうしてやるわ。ほーれどうだ焦げちまうぞー」
「あー!!何すんだオッサン!!」
「焦がして欲しくなければ半分寄越せぇ!」
「大人気ねぇぞオッサン!!それでもオッサンかぁ!!?」
「マスターどこ行った?!あぁオッサンだよいい歳したオッサンですよ!!どーすんだこれほれほれ!!」
…とか言い争っている間にも、匂いは辺りを漂い観衆を集めていく。オッサン…マスターの腕は確かなようで、焦げるか焦げないかの絶妙な火加減に調整されている。
「くっ…!仕方、ないな…」
「兄貴!」
「四分の一な」
「ケチか!!ちっ、ほらよ。よっしゃ切るぞ」
ここ数日、温め係を任せられ、目の前でうまいうまいと食べられ、散々見せつけられたのだ。最後というなら食べたい。いい感じに温めてきたのだから、それぐらいいいだろうとマスターはナイフを入れた。ちょっと大きめに。
「なんか、デカくね?」
「気のせいじゃね?うまーい!!」
「あっ!くそー…、まぁいいや。味わって食べるぞ弟よ」
「おう。いただきます!」
羨ましそうな視線もなんのその。兄弟とマスターは至福の時間を味わっていた。そんな時にやってきたは、トオヤだ。
此処の酒場では珍しい、いい匂いに怪訝な顔をしながら声を掛ける。
「薬を持ってきたぞ。どうしたんだ、それは」
「お、ありがとなトオヤ。これは人助けでもらったヤツ。もう無いぞ」
「取らんからゆっくり食べろ。…薬師ギルドでまた何かあったのか?」
口に詰め込もうとする兄弟を止め、トオヤは腰を下ろした。
ギルドでの騒ぎは耳に入っている。ファスが巻き込まれてなければいいがと、心配していたのだ。
「ん、まぁちょっとした諍いだ。勘違いだったんだけどな」
「そんで、コレもらったんだ!またくれねーかな、ファス」
「ん…?」
「あ、助けた売り主な。薬師じゃねーけど腕がいいんだってさ」
「メシもうまい!」
「それなー。あとドライフルーツもくれてさ、いいヤツだよ」
「おう、そのドライフルーツも食わせろや」
嫌に決まってんだろオッサン!報酬としては足りねーだろうが金払ってんでしょお?!……云々。
言い争いになってくれた御蔭で、トオヤは思い切り顔に出すことができた。
…ファスの性格上、受けた恩をそのままにしておくわけがないのだ。そして、ファスの手料理を食べて、胃袋を掴まれないなど無いのだ。
幸いなのは、此方の知り合いとファスが同一人物と気付かれていない所だろうか。
けれど、それも時間の問題かもしれないな、とトオヤは考え。取り合えず、口止めを強化する事にした。




