41. 時々、依頼
「トオヤ、腕上げたんじゃね?」
そう言って、木皿を持ち上げるはエルドだ。隣に座る大柄な男…弟のオーベルは、全力で掻き込んでいる。トオヤは首を横に振った。
「俺はまだまだだ」
「何目指してんのお前。ここまでうまいもん作れりゃ、上等じゃん。なんか携帯食も充実してるしよ、お前だけ」
「保存食だと何度言わせる。冬の備蓄を分けてやったのに、何て言い方だ。…ところで、そっちはどうしてるんだ。少なくとも確保はしているんだろう?何もないなら餓死するぞ」
「分けてやるって言ってくれねーのな。俺らは毎度、ギルド提供で世話になってんよ。確保はしても、足りねーから」
この兄弟とは馬が合ったとでも言おうか。個人依頼の時はよく組んでいる、気心知れた間柄である。
兄のエルドは、竹を割ったような性格だ。さり気無く相手を気遣い、事情を汲んで立ち回れる。観察眼が優れているところがあった。弟のオーベルは、一言で表現するなら筋肉馬鹿。裏表が恐ろしい程無い、兄曰くアホの子だという。しかし意外と、弟の方も本能的に為人を見抜いている節がチラホラ。ただのアホではない。
つまり、兄弟は軽い見た目とは裏腹に、一筋縄ではいかない同業なのだ。
ものスゲェ天才なのか、ものスゲェ馬鹿なのか分かんねぇよ。…が、周囲の評価である。
「そうそう、前に薬くれたろ?アレよく効いたんだわ。持っときたいんだけど、どっかで売ってる?」
「薬師ギルドで探せばいい」
紛い物に引っ掛かりたくないのならば、薬師ギルドが一番である。いくら安値でも、効果が無ければドブに捨てると同じ。値段にそこまでの差はないのだから、安心安全の保証を選ぶべきだろう。
「それがよー…、向こうも備蓄しとかなきゃなんねぇから、個数制限が掛かっててさぁ。次は二週間後だって言うんだよ」
今回の大雪で、薬が足りなくなるほどの怪我人、病人が出たらしい。薬草園も雪に半分埋もれ、材料不足。それでも、薬師達は総出で薬を作り続けているという。いつ緊急事態が起きるか分からないからだ。
「元々、薬師は少ない。しばらくは、自分達でできる防衛を続けるしかないな」
「で、だ。紹介してくれねーかな」
「何をだ」
「またまた。お前らの様子から察するに、アレ、個人で作ってるモンじゃないの?」
「……」
「なんとか都合つけれねーかな」
忘れれば良いものを。
目の前のエルドはへらりと笑っているが、中々に厄介だ。為人は知っているから、危険はない。こう見えて口は固い兄弟だ、黙ってもいるだろう。
だがトオヤも、ファス達の事は全く広めたくないのだ。広がった分だけ、何が起こるか知れないのだから。断るのは簡単だが、勝手に動き出すかもしれない。無駄に行動力はあるので。
「……考えてはみよう。でも、余り期待はしないでくれ。個人だから、尚更数は少ないんだからな」
「おー!頼むわ!」
とりあえず、これでいい。トオヤは、おかわりを求めるオーベルの視線を受け流し、溜息を吐いた。
かさかさと音を立て、ファスは巣に戻る。足元にはソラ。同じくカゴを持ち、薬草を落とさないよう、慎重に運ぶ。戸を開けて待ってくれていたダイチに礼を言い、次はみんなで選別だ。
「にぃ、にゃんにゃあ?」
「うん。まだ大丈夫だけど…薬に使うのはこれだけが良さそう。春はもうすぐだけど、薬草はすぐには手に入らないし」
「にゃーあ、にゃ」
春から秋まで、群生地にて採り集めた薬草たち。薬作りだけではなく、料理にも使うので、大事な冬越えの備蓄にもなっている。管理と見極めは大事なので、倉庫は定期的に全員で見ているのだ。
ソラは薬草の匂いを嗅ぎ、喉を鳴らしながら選別中。はやてとオネムも隣で確認している。それは任せ、ファスは道具の準備。パクとダイチがテーブルへと運んでいく。
「お湯と…、そうだ、カタカゴがいるんだっけ。しらゆき、火を入れてくれる?」
「にゃん」
カタカゴは、山暮らしのファスたちでも中々手に入らない、貴重な薬草だ。群生地にはあるのだが、それでも見かける事は少ないので、使う時は大事に使っている。淡紫の可憐な花は、ソラのお気に入りでもあるので、一輪飾って楽しむ時も。王都では更に貴重なのだろう、目にしたトオヤが驚いていた事がある。
「…一匙だし、大丈夫だと思うけど」
悩むファスの横で、しらゆきは窯の温度調節。慣れた様子で、小鍋をひょいと乗せた。
「あ、ありがとう、しらゆき。これ、持って先に行ってて」
「にー。にゃんにゃにゃ?」
「うん、メモはパクが持ってるよ。下地は代用もできるらしいから…試しに一匙分だけ作ってみようと思う」
「にぃ」
貴重なのは、薬師ギルドもらしく。入ってくる頻度も量も少ない為、薬効が近い薬草で代用する事がほとんどだという。全く手に入らない訳では無いので、持っていても不審には思われないだろう。
薬師ギルドにて、相談されたのは三日前の事。
その日は天気も良かったので、久しぶりに薬を売りに行ったファス。ギルドに入った途端、受付嬢に捕まり、ギルドの客室に初めて連れて行かれ、ギルドマスターに頭を下げられたのだ。
曰く、作っても作っても手が足りない。
少しずつ備蓄をしているが、できた側から売れてしまい、もう薬師達の疲労はピークに達していると。なので、外にも協力を求めているという。個人で作って売りに来る、腕のいい常連に声を掛けて回っており、君の事も待ってたんだよ!と、薬師ギルマスは縋りつく勢いで懇願。
疲れ果てているその姿を目にして、ファスが断れる筈もなく。時期が時期なので、備蓄も少なく本当に多くは作れない。それでもいいのなら、と頷いたのだ。ギルマスは泣いて喜んだ。
これは、薬師ギルドからの依頼となるので、報酬は出します!!…と、宣言しながら。
ファスにとっては、初めての依頼である。パクたちは快く、頷いてくれた。渡されたメモには、取り急ぎ必要な薬がびっしり書かれており、薬師達の体が心配になってしまう。
「んにぃー」
選別終わった、とソラがカゴを持って来てくれたので、ファスは切り替えて薬草を刻み始めた。
「ふーん…エルドのヤツが、ねぇ……消すか」
「どう考えても悪手だろうが。あの二人は口が固い方だ、事情を知れば黙ってはいるだろう。だが…、こうして広げるのは得策ではない、と俺は思う」
「下手に隠すよりかは……今の所動きは?」
「無い。肝心のモノがまだだからな、勝手はしないだろう」
うららは二人の会話を耳に入れながら、遅くなったごはんを食べる。
此処はギルド運営の大衆食堂。安価でおいしいと評判の店らしい。いつもは人でごった返しているが、ピークは過ぎ、今はちらほらと遅れてやってくるぐらいだ。
冒険者三人組は、隅のテーブル席にて昼食中。
「…態々出所を言う必要もねぇし、今回限りでいいだろ」
「あぁ。薬不足が落ち着いたら、買えるようになるだろうしな」
「まだ掛かると思うよー。魔研の薬草もやられちゃったから、数制限はしばらく続けるって決まったんだって」
魔研にも薬草園があるので、薬師ギルドから連絡が。しかし、状況は何処も似たようなもの。治癒魔法を扱える者は、しばらく忙しいだろう。
「病気は薬で対処、怪我はしばらく魔法でって。気を付けてても、どうしようもない事あるもんね」
うららがちらと見るは、トオヤだ。彼の治癒は最高レベルと言っていい。大魔導である師と同等だ。なので、ギルマスから直接頼まれ待機状態になっている。
「何もなければ、それでいいさ。それよりうらら、兄弟の釘刺し、頼むぞ」
「え、何で私?二人が言えば充分でしょ?」
「あいつらは基本、女には優しい。オーベルは特に、お前にはな」
「口は固いが、心配なのは“ついうっかり”だ。エルドの方は計算してやっている節しかないが、オーベルのはマジだ。だから、お前から一言あれば、あいつは岩になる」
「えー……」
頼むぞ、と念押しされ、うららは渋い顔になった。とはいえ、聖母とモフモフの存在を広めるのは良くないと分かっている。ごはんと一緒に苦手意識を飲み込むと、ゆっっ…くり、頷くのであった。




