40.
「にゃい」
「にゃあぁ」
巣。にゃあ達の巣。広くて、おっきくて、たくさん本を持ってこられる。
魔法の先生もできた。この研究所の偉い人は、大魔導士で、全部の属性を操れるんだって。すごい先生だ。
寝床はあったかい。魔物に襲われることもない。隠れる必要もなく、自由にさせてくれる。
外はもう真っ暗だ。さっきまで図書室で本を読んでて、研究所の人に見つかっちゃったけど、怒られなかった。続きは、巣で読みたい。そう言ってみたら、笑って許可をくれた。ひとり、一冊ずつ。
先生の言った通り、本はすごくたくさんあった。天井までぎっしりだ。必ず全部読んでやるぞって、みんなで団結したんだ。
毛布にくるまりながら読む。幸せだ。自然とゴロゴロ、喉を鳴らしてしまう。
パクたちとは、あれ以来会えてない。パクたちには、パクたちの巣があるんだ。そこで薬を作ったり、薬草や食料を採ったり…、それも楽しそう。いつか、遊びに行きたいな。また、魔法の見せ合いをしたい。それまでに技術を上げるんだ。
やりたい事がたくさんある。そうだ、名前も教えなきゃ。
先生たちが考えてくれた、にゃあ達の名前。初めての名前。なんだかくすぐったいけど、悪い気はしなかった。パクたちも、こんな気持ちだったのかな。
「にゃ、…」
みんながウトウトしてる。今日はこれまでだ。
開きっぱなしの本を片付けて、寝床に着く。先生に言われたんだ、無理しても身につかないから、休む時はちゃんと休みなさいって。読みたい気持ちはあるけど、にゃあも眠い。
……あ、明日はファスからの差し入れが届く日だ。楽しみだなぁ…。
……、
…………。
「やっと眠ったようだな」
「はいぃ…。キラキラお目目で本を読む姿は、かわいいの一言に尽きるんですけど、集中が過ぎて全く眠らないものですからもう心配で…」
シドは報告に溜息を吐いた。
魔猫の安全を考慮して、周りは猫好き研究員で固めてある。流石、別名『知恵猫』というべきか。研究所の図書室を見せた時の反応は凄まじく、それ以来、魔法修行以外の時間は、図書室と巣を往復する日々だ。初期の初期は、五匹ともずっと読みふけり、眠ることさえなかった。
これは、とシド自ら注意。それからは、一応区切りはつけるようになったものの、まだ睡眠は足りていないように思える。明るい陽の下で見ると、全員目が半分も開いていないからだ。ほぼ白目を向いているのがひとりふたり…。
それを聞き、心配したうららがファスに相談。すると、差し入れすると返答が。
曰く、パクたちも集中すると眠らない時があり、しかし邪魔をする訳にもいかない。そういう時は、お茶の時間を作るといいらしい。温かいお茶で温まると、眠気が強くなり眠ってくれるという。今では、パクたちなりの区切りができて、進んで寝床へ行くそうだ。
あのコ達も、慣れてきたら自分で決めて動くようになりますよ。という伝言をうららから聞き、そういうものかと納得。それなりに心配していたシドの心は落ち着いた。
あとは、食事だ。あの時は食べていたのが、また食べなくなったのだ。
元々、魔素があれば平気なので、必要性を強く感じていないのかもしれない。けれど猫好き達は酷く心配していた。魔物だが、見た目は猫そのもの。何もせずにはいられないらしい。
「また、食べてないんです…。何がいけないんでしょう?猫ちゃんに栄養たっぷりおススメごはんなのに…。食べやすいように細かく刻んでるし…」
「……再三、言っているが、魔猫は魔物であって猫ではないんだよ」
猫好きが過ぎて、完全に猫扱いしている。
シドは溜息が出そうになるのをぐっとこらえ、とりあえず食事はいらないと伝えておく。普通の猫ごはんは、魔猫にとっては味気ないものかもしれない。
「で、でも…!」
「まだ、此処の環境に慣れた訳じゃない。今は余計な事はせず、見守っておいた方がいいだろう。余裕が出てきたら、他にも興味を示すかもしれないしね」
「……そうですね、構い過ぎると嫌がるのも猫ちゃんの特性ですし。そこがかわいいんですけど…」
本当に分かったのだろうか。シドは優秀な筈の部下を眺めた。
「にゃい」
五匹はうららが持ってきたカゴの中を覗いている。今日は差し入れがある日だと分かっているのだ。楽しみにしていたようだが、入っているのはお茶っ葉だけ。目に見えてがっかりする姿に、うららは聖母の凄さを再認識していた。
また食べていないと聞いていたが、ファスお手製は別らしい。あの一回で虜にするとは、ファスさん恐るべし。
「今師匠が迎えに行ってるから、もう少し…、」
「だから、なんで君まで居るんだ」
「居ちゃ悪いかよ。俺はファスが心配なんだよ」
「あ、来た」
突然現れた気配に、うららは振り向く。
ファスや、パクたちの存在は極秘扱いだ。故に、此処に来る場合はシドの転移頼みになる。
師は、必要であれば能力の出し惜しみなぞしない。ファスとパクたちの関係性は、充分に興味をそそるモノなのだ。だが、それを危険視する者が、一人。今回も、カイはやはり居た。
因みにトオヤは、これだけ居たら何も心配いらんだろうと、単独で依頼に出ている。丸投げだ。
「にゃ!」
「にゃい!」
総勢十一匹となったモフモフ達は、仲良く挨拶。互いにスリスリと匂いを交わし合う。眼福風景である。
「ファスさーん、手伝うよ!それと、このコ達ごはん楽しみにしてたみたい」
「ごめんなさい、遅くなって…。好みがまだ分からないので、色々と作ってたんです」
今日はいい天気だが、風は冷たい。中へと移動すると、ファスは早速お弁当を広げた。
「巣、だいぶ変わりましたね」
「うん、あの後少しずつ、必要なモノを入れて。このテーブルでいつも、勉強してるんだよ」
「壁についてるあの棚、段違いになっててなんだかおしゃれです」
「あ、あれはキャットウォー…」
「え?」
「……なんでもない。また作り直すと思う」
猫好き達はやはりというか、猫グッズばかりを調達してきていた。
しかし相手は魔猫。猫グッズには目もくれず、図書室通いだ。採用になったのは、柔らかいクッションに毛布。それにドーム型のベッド。五匹分が色違いで置かれていた。
ほとんどが倉庫行きになり、さぞ落胆していると思いきや、これも猫の特性と満足気な猫好き達だった。
話しながらも手を動かし、お茶の準備。テーブルにはおにぎりにサンドイッチと、手軽につまめるものが広がっている。サイズが小さいのは、パクたちに合わせてだろう。勿論、おやつもぬかりなく用意されていたが、日持ちするので後日に、とシドに預けられている。
こんなに用意できるなんて、ファスさん恐るべし。
台所出禁の身の上であるうららは、ひたすら感激していたが、改めて紹介しなければと、研究所の魔猫達を呼ぶ。
「あのね、名前決まったんだよ。まず、薄茶のコがレオ!黒毛のコがトバリ!」
五匹は尻尾をピンと立てて、返事をする。
「で、白毛のような黄色のような毛のコがクリーム!赤毛のコがかき!三毛のコがくり!」
後半は食べ物になっているが、毛皮の色を見ていると、そう思えなくもない。ファスは、いい名前だねと微笑む。パクたちも改めて挨拶をし、レオたち研究所組は、どこか照れくさそうだ。
カイはシドをちらと見た。
「レオとトバリは僕だ」
「だろうな。うららの奴、名前つけたがってたし」
途中まで名付けていた所、ズルい!!と乱入されたらしい。
「あ、くりのお腹の所、栗の形みたい」
「分かった?!気付いた?!でしょでしょ!かわいーよね!!もぉここで決めたんだ!」
「みにゃあ、にゃあ」
「お腹空いた?今日は魔素取り入れなかったんだね。みんなの口に合うといいんだけど…」
パクたちと共に、キラキラの目でお弁当を覗き込む。それぞれ気になったものを手に取り、匂いを嗅ぎ……ぱくりと食いつく。
耳と尻尾が一斉に、ピンと立つ。それからはひたすら、にゃあにゃあと食べ続けた。その様子にファスは安堵し、お茶を入れておく。そして、
「皆さんの分も、作ってきたんですが…」
「ファスのそういうトコすげー好き」
「やった!師匠も食べようよ!」
「……あぁ、」
やはり、食べている。
シドは、夢中で食べ続けるレオたちを凝視していた。こっちで用意したモノは絶対食べないが、ファスお手製は食べる。しかも魔素を制限して、腹を空かせるという準備まで。
何か、魔猫が好むものが入っているのだろうか。解明すべく、シドはおにぎりを口に入れた。
「……、………」
なんだ。ただ美味いだけか。
…研究員達は、日々忙しく研究に身を捧げている。それ故か、他が壊滅している者も少なくない。計算だけでは出せない美味さが、そこにはあった。
シドはひとつ頷くと、納得顔でもう一つ手に取った。




