39.
「どうぞ。君たちは、甘いのは平気かな」
目の前に、湯気が立つ器が置かれる。鼻を近付けてみると、薬草の匂い。飲み物みたいだ。
パクたちはもう、おいしそうに飲んでいる。みんなで顔を見合わせて、倣って器を持つ。両方に手を入れるのが付いてて持ちやすい。
少しなめて、丁度良いあったかさに、ファスを見上げた。
ファスは人間なのに、パクたちの仲間。まだ信じられない。けど、仲間じゃないと、丁度良さは分からないと思うのだ。
「…にゃい、」
思い切って飲んでみる。
ほんのり、優しい甘さ。身体もあったまる気がする。
「…っ。……。…!……にゃい…」
つい飲み続けてたら、すぐに無くなった。もう無いのかな。もう飲んじゃダメかな。
ファスの近くにあるポットを見た。
「おかわり?はい、どうぞ」
気付いてくれた。また、あったかいのを注いでくれる。みんなも差し出してた。気に入ったんだ。
余りゴハンは食べたいって思わないけど、これは好き。
軽く喉を鳴らしていると、気付いたパクたちが、おいしいだろう!って胸を張った。
「にゃーあ」
「?にゃい…?」
パクが勧めてきたのは、クッキーというらしい。ファスの手作りだ。
ファスが作るのはおいしくて、元気になれるとパクは言う。
「にゃあにゃ、にゃ」
食べられないなら無理しなくていいにゃ、と言うパクのお皿は山盛りだ。きっと、それもおいしいのだろう。受け取ると、パクはちょっぴり残念そうな顔をした。
みんなに配り、匂いを嗅いで…ひとくち。さくりと音がした。
「……にゃ!」
さくさく噛んで飲み込む。さっきの飲み物とはまた違う甘さ。もうひとつ欲しいな、とパクを見ると、山盛りのお皿は隠された。次に見たしらゆきたちも、素早く隠す。…くれないみたいだ。
「…食べる?」
「!にゃい!」
微笑むファスが、たくさん持ってた。すぐに頷くと、みんなの分もお皿に入れてくれる。
「食べてくれて、ありがとう。でも、無理はしないでね?」
「にゃぁい」
クッキーは、おいしい。また好きなものが増えた。
魔法たくさん使って疲れたけど、なんだか元気になった気がする。いつもなら、もう少し休まないと動けないのに。
「……普通に食べてるな」
「パクちゃんたちが食べてるから、安心したんだよきっと」
「…これは、ファスが?いつも作っているのかい?」
「はい。でも、他の人が作ったものは食べません。山で採ったモノは食べるんですが…」
「自生するモノには魔素が多いからね、回復の為に摂取するんだろう。人の手で育てると、含む魔素は減ってしまうんだ。僅かな差ではあるけれど、本能的に選んでいるんだろうね」
人間も魔素を取り込む。だから、畑の野菜や果物は魔素が少ない。けど、山のものは自然にできたものだから、含む魔素は純粋で豊富。魔物が取り込むには丁度いいんだ。
気にしないのも居るけど、回復が早いに越したことはないと思う。
「にゃい」
そうだ、魔素だ。
お茶にも、お菓子にも、魔素がある。取り込むと元気になれる、良質な魔素が。
でも、なんでだろう。これはファスが作ったって言ってたのに。
…人間が一度魔素を取り込むと、その人間に合わせて変化して、魔法を行使できるって本にあった。じゃあこの魔素は、ファスが一度取り込んで、より良い魔素に変えているのかな。…そんな事、できるのかな。
「そういえば師匠。このコ達名前は?」
「無い。あくまで研究対象だったんだろう。名付けするほど情は持たず、けれど見捨てるほど冷酷ではない、といったところだね」
「ふうん…。じゃあ、私がつけていい?!」
考え込んでたら、なんだかすごい見られてた。圧を感じる。もう少し考えたいのに。
みんなと目配せして、ファスの後ろに移動した。丁度、しらゆきが居たので訊いてみる。
「にぃ、にゃんにゃ?」
「にゃい、にゃう」
ぽわぽわの事?としらゆきは首を傾げた。パクたちは、ぽわぽわって呼んでるらしい。
ファスは、みんなが元気になれる、ぽわぽわを作れるのにゃ。しらゆきは胸を張った。
ごはん、おやつ、薬。ファスが作るものには必ず、ぽわぽわがあって、それを取り込むと、通常より格段に回復が早い。
それがファスの魔法にゃ。とオネムも胸を張る。
魔法。だとしたら、珍しい魔法だ。人間は見分けがつかないらしく、気付いていないという。ファス本人もだ。
「にゃむぅ、みゃう」
「にゃいぃ、にゃーい」
なら、ナイショがいいのかも。これは、魔猫全員で秘密にしておこう。
みんなで頷き合って、残りのお菓子を分け合う。
そういえば、名前。別に付けてもらわなくても、平気だ。今まで無かったんだし。でも、パクたちはある。
あったほうがいいのかなぁ。
……夢中になって食べている魔猫に、シドは少々驚いた。
共に住むパクたちは分かるが、保護されて間もない、人間に警戒している五匹が、ああも簡単に口にするとは思わなかったのだ。
時折、同族同士話しているが、残念ながら分からない。ファスなら分かるのだろうが、流石に無理に入る気はないらしい。離れた所で微笑みながら見守っている。
弟子含む三人組は、出されたお茶とお菓子を手に、まったりとしていた。何しに来た、あいつらは。
かく言う自分の手にも。お菓子など、何年振りだろう。素朴な味で、食べやすい。
「師匠さんも、おかわりいりますか?」
「ありがとう、でも僕は君の師ではないな。シドと呼んでくれて構わないよ」
弟子につられたのだろう。ファスは素直に頷き、居住まいを正した。
「あの…、これからあのコ達は、どうなりますか?」
「悪いようにはしない。此処には魔猫が好む知識が、山とある。個人所有より遥かにね。時間で縛りはしないし、自由にさせるつもりだよ。ただ、全てというのは難しいけど」
「それなら、最初に決めて約束したら、あのコ達は守れます」
「そう…。なら、先にやるべきは環境を整えてやる事だね。此処を魔猫たちの専用部屋にするつもりなんだけど、必要なものは?」
え、と驚いたように見回すファス。此処は職員の泊まり込みに使われていた一室。簡易台所があり、テーブルひとつに椅子ひとつがあるだけ。ベッドが並んで置かれていたが、迎えるにあたり撤去。半倉庫化していたので、丁度良かった。広さは問題ないだろう。
私にお任せを、と猫好き職員達がダッシュで買い物に行ったが、一抹の不安があるのだ。
「…寒いのは苦手なので、もう少し暖かくできればいいと思います。毛布や、専用のベッドがあれば。あと…棚も」
「棚?」
「はい。気に入ったものを、巣に持って帰る時があるんです。カゴでも構わないので、飾って置いておける場所を。それに、本。きっと、読みたい本を巣に持っていきたいでしょうから。他には…あのコ達が欲しがった時に用意できれば…、魔法は使っても平気ですか?」
「造りは頑丈だから問題ないよ。でも、基本的には外がいい」
「なら、天気の悪い日だけ、と決めておいた方が良さそうですね」
窓の右横には、先程遊んでいた庭に続く扉がある。試したくなったらすぐ行動に移せるだろう。
ファスは安堵したように微笑み、頭を下げてきた。
「あのコ達の為に、こんなに広い巣を用意してくれて、ありがとうございます。シドさんなら大丈夫だと、そう思います。よろしくお願いします」
「…君がお礼を言う事ではないだろう?此方は必要な用意をしたまでだ。それに、まだ頼みたい事はある。僕にはまだ、意思疎通は無理だ。だから要望を聞いてきて欲しい。あと、風呂は平気かどうか」
気になっていた。
無頓着なのか、毛はあちこち跳ね、葉っぱや小枝が付いていてもそのままだ。パクたちと並べばよく分かる。モフモフ具合が足りないと。
それはファスも気付いていたらしい。苦笑いを浮かべ、魔猫たちの元へ足を向けた。
それを見送り、先刻より微かに漂う殺気の主を見遣る。Sランクだ。弟子がオロオロしつつも止めている。助けたいとファス自身が決めた事だ。邪魔する真似はしないが、気に入らない。鋭い紅い目がそう言っていた。
「……」
「やめて、やめてよカイ?二人がぶつかったら王都壊滅、やめてよ?」
魔猫に詳しい者は、今の所ファスだけだ。関わる事は避けられないだろう。
面倒な男に好かれているな、とシドは魔猫たちと話す鈍感を眺めた。




