閑話 主よ、この子の罪を許し給え
『友だちにあげるんだ!』
うららという子はそう言って、台所を爆発させました。
あるシスターの日記より ―懺悔帳―
「ファスさーん!おはよう!パクちゃん達もおはよう!」
「おはようございます、重くないですか?」
うららは朝早くから、大荷物でやってきた。山道では大変だっただろう。荷物を受け取ると、巣の中へ。パクたちは、興味津々と袋を覗き込んでいる。
すっかり寒くなり、霜が降り、地面は固くなって、植物は眠りにつく。山はいつもより静かな空気だ。
そんな中でも、巣は暖かく保たれている。うららは、ホッと息を吐いた。
「はい、どうぞ。まずは温まってください」
「ありがとう!」
薬草茶を受け取り、冷えた手を温める。ファスはその間に、袋から材料を出していく。
バターに卵、小麦粉、木の実類とドライフルーツ。砂糖に塩も。種類は少ないが、量は随分とある。
「たくさん作るんですね」
「え?あ、そ、そう!子供達は、たくさんの方が喜ぶと思って!」
失敗した時の保険、とは言えず、うららは慌てて頷く。
もうすぐ聖誕祭があるのだ。少しずつ家々に飾り付けが施され、それが増えるにつれて、周囲の空気も浮足立ってくる。うららがお世話になっている教会も、準備が進められている。聖誕祭は、数ある行事の中でも大切なもの。とはいえ、買うお金も乏しいので、飾りはみんなで手作りだ。それでも、楽しみなのは変わらない。この日だけは、シスター達が腕を振るったごちそうを食べられる。子供達は毎年楽しみにしていた。
冒険者稼業で忙しいうららだが、手伝いは欠かさない。子供らに混じって飾り作りをしたり、買い出しに行ったりと……。そんな中でも、うららは台所には入れない。そう、どんなに忙しくしていようとも、彼女の出禁は解かれないのだ。
それでも、何か力になりたい。そう思ったうららは、ファスに頭を下げた。
台所貸してください、と。
勿論、絶対反対の声が上がるので、男二人が居ない時にだ。
事情を知らないファスは首を傾げていたが、此処はパクたちの巣だから、パクたちの許可と、自分も手伝っていいのならと頷いてくれた。
聖母と癒しのモフモフを爆発に巻き込めない。うららは慎重に慎重を重ねて動くと、固く心に決めた。
そして、今日という日を迎えたのだ。作るのは、子供も大好きなクッキーである。
材料も少なくて簡単そう、と思ったのもある。
「じゃあ、準備してますね。うららはもう少し身体を温めてからですよ」
「にゃ!」
立ち上がりそうになったうららを、パクが膝に乗って止める。
確かに、まだ万全じゃない。転んで散らかして、此処でも出禁になったら、うららは泣く自信があった。大人しく、モフモフの温かみを享受する事に。ソラがお代わりを注いでくれた。
「バターと卵は常温に…、その間に量っておいて、粉はふるう…」
「ぶにゃ」
ダイチが器用に量り、はやてとオネムでふるっていく。しらゆきは木の実やフルーツを選り分けていた。ファスは、まだ固いバターを賽の目に切っていくと、窯の近くに置いておく。次に、混ぜやすいよう、ざくざくと木の実を粗く切る。これで下準備はできた。
「私もやるよ!」
「はい、一緒に作りましょう。どんなクッキーになるんですか?」
「どんな……?」
このままでは、休んでいる間に全て終わってしまいそうである。うららは慌てて参戦。
しかし、どんな形にするかまでは考えてなかった。彩り豊かにできればいいが、それは初心者には荷が重すぎる。
「型抜きがあったらいいんだけど、うーん…」
「紙型を作るか、手で成形ですね」
「うん、そうする。とりあえず生地を作るよ。えっと、まずはバターを練るんだよね」
「まだ固いので、湯せんしましょう」
「お湯入れるの?」
「うらら、バターに入れるんじゃなくて、ボウルの底を温めるんです。お湯につかないように…」
「うん」
「柔らかくなったら、白っぽくなるまで練る。次は砂糖です」
「これだね」
「全部はダメです。二、三回ぐらいに分けて入れましょう。卵を溶いておきますね」
「うん」
「うらら、もうお湯から上げていいですよ、溶けてます」
「元戻る?!」
「大丈夫です。そのまま混ぜ続けて、冷めてから卵入れましょう」
濡れた布巾の上で、混ぜるうらら。その横で、ファスが手際良く、卵を分けて入れてくれる。うららはひたすら混ぜた。
「次は粉。これも分けて、混ぜていきます」
「はい」
うららは、ただひたすらに、混ぜ続けた。
「ん…?トオヤ。何で居るんだ」
「御挨拶だな。そっちこそ、依頼は終わったのか」
「当然。大した事無かったからな、半日で終わらせてやった。ファスの充電もしたいし」
昼も過ぎた頃。男二人は、山道の途中でばったり会った。真顔で残念発言をするカイは、報告もきちんと終えて、此方へ来たという。トオヤも同じくだ。
「ついでに、休み二日取ってやった。明日も出ていいんだぞ、うららと」
「残念だったな。Aランク依頼は、今の所無いそうだ」
ちっ、と隠す事なく舌打ちするSランク。二人きりになりたかったようだが、此方も意図して邪魔してはいない。偶然だ。
古びた小屋が見えてくる。同時にふわりと、甘い匂い。
「なんか作ってるみたいだな」
そう呟くカイは、会える喜びを隠しきれていない。戸を叩くと、返事も待たず開けた。
「にゃむっ!」
「んにゃ!」
「よぉ、オネムにソラ。ファスは?」
足音で分かっていたのだろう。すぐ側で、オネムとソラが見上げていた。ファスはというと、テーブルに突っ伏し、影を背負ううららの前で困り顔だ。
「あ…、カ、カイ、トオヤ」
「どした?うららは何で居るんだ」
「手伝いで休むとか言ってただろう」
「実は、今日…うららとお菓子を作ったんです。それで…」
「何も爆発してないな?」
「怪我は無いな?毛皮が焦げてもいないな?」
男二人はすぐさま、現場の確認と怪我の有無を調べる。
小さな台所には変化はない。使ったであろう道具も、綺麗に洗って戻されている。
「にゃ?」
「あ、あの?」
「無事ならいいんだ。で?うららは何でああなってんだ」
「…俺が、出しゃばってしまったから…怒ってるんだと思います…。うららは子供達の為に、自分で作りたかったのに…」
「いや、あいつの手で作っていたら、確実に死者が出ていた」
「そんなことないもんっ!今日はうまくいったもん!!トオヤの意地悪!!」
「此処も出禁にされたいのか」
「ごめんなさい」
トオヤの冷たい視線に、至極素直に謝る。
カイはテーブルのクッキーを指し、ファスに食べていいか訊いている。甘いものは苦手の部類だが、ファスの手作りは違うのだ。
ともかく落ち着こうと、ファスはお茶を入れ、三人の元へ。
「……怒ってたんじゃなくてさ、これ…勿体なくて食べれないよ。それに、やっぱファスさんのがおいしい…」
これ、と指すクッキーには、肉球型がついている。にゃー、と全員で肉球を見せてくるので分かった。パクたちがハンコのようにつけたのだろう。勿論、綺麗に洗って、紙の上からだ。
余談だが、魔猫の毛皮は、人間で言うと鎧。無理に引っ張ったりしない限り、抜けないのだ。
「形いろいろで可愛い尊い愛しい……!」
「うまい。甘さも丁度いい」
「こっちはドライフルーツが入ってるんだな」
「ちょっとぉぉぉぉ?!!」
男二人は、全く構わず口にしている。見た目で、うらら作ではないと看破したらしい。
確かに、彼主導で作り、うらら自身は指示に従っていただけだ。窯の温度調節はしたのだが、しらゆきとはやてにダメ出しされた。温度が高過ぎると、直されてしまったのだ。
誰も気付かなければ、悪夢再びであった。
「私…、料理向いてないんだな……」
「だろうな」
「今気付いたのか」
「二人とも酷いよ?!ここは、そんなことないって慰めるトコだよ!!?」
「一時の慰めで犠牲者を増やすのならば、いっそ現実を教えた方がいい」
「いや理由も酷い!!」
カイとトオヤの、いっそ清々しい程の突き放し具合に、うららは泣いた。
ファスとパクたちは無言を貫いていた。
…結果を言えば、うららの持っていったお菓子は好評だった。
量も充分。子供達だけでなく、大人達にも行き渡った。特に褒められたのは、個性ある肉球の形。
作ったの?ではなく、何処で売ってるの?と訊かれ、うららは心で泣いて、笑って誤魔化すしかなかったという。
ふるう手間が省ける米粉って、おいしくていいですよね




