35.
家族、というものを知らない。それは、ファスも同じだろうと思う。
けれど彼は、種族の違いはあれど、家族の形を作っている。
今まで家族というものは、いつか無くなるとばかり考えていたが、一から作るものもあるのだと知った。
手探りで、ゆっくり、相手を思いやりながら。
…ちらちらと、また雪が降り始めた。夜も遅い、通りを歩く人影は無かった。
部屋は暖炉もあり、充分な程暖かい。パクたちは、ファスお手製の簡易ベッドで、丸まって眠っている。暖かいらしく、此方のベッドに入り込んでくる事はない。
単に狭いせいかもしれないが。
「…お風呂、上がりました」
振り向けば、濡れた髪を拭くファスの姿。
「これ、ありがとうございます。すごく、着心地いいです」
これ、とは寝間着だ。ファスが持っていたものは、くたびれていて今の季節には寒そうであった。
本人は気にしていなさそうだったが、カイは日頃の感謝も込めてプレゼント。
何せ、家事の全てを任せきりにしているのだ。嫌な顔ひとつせず、家賃以上の働きをしてくれている。
こんないい嫁貰って、何もしなかったらただの駄目男だろう。…と、カイは本気で考えていた。
「あいつら、先に寝たみたいだ。ギリギリまで待ってたんだけどな」
「…もうすっかり、慣れてくれたみたいですね。よかった…」
パクたちの眠りを邪魔しないように、優しい手つきで撫でる。その眼差しも、酷く優しい。
さながら、子を慈しむ母親のようだ。偶にうららが、無言で祈る時があるが、その気持ちがなんとなく分かったカイである。
ファスは隣に腰を下ろし、髪を拭いている。静かな夜だ。
いつもなら起きているパクたちは、夢の中。こうして二人で、ゆっくりするのは、意外にも初めてだった。
「…なぁ、ファス、聞きたかったんだけど」
「はい」
「何で、助けてくれたんだ?あの時。パクたちを考えたら、見捨てる事もできたろ?」
勿論、死にたかった訳ではない。感謝もしている。
けれど、ファスやパクたちにとって、人間は恐ろしい存在だった筈。何故、危険を承知で助けたのだろうか。見た目では、善人か悪人かは分からないだろう。
ファスは考えるように視線を上げ、そしてカイを見た。
「何で…、と言われると、必死だった、としか。痛いのや苦しいのは、誰だって辛いと思います。それに…」
「それに?」
「見捨てるのは、俺を助けてくれたパクたちを、昔の自分を裏切るような気がして…」
辛くて苦しくて。子供の頃はずっと、助けて欲しいと思っていた。そう言って、ファスは笑う。
「……」
なんとなく似てるな、とカイは思う。
まともな家庭環境でなく、唯一の家族だった母親とも、折り合いが悪かった。暴力を振るわれるだけが、虐待ではない。味方である筈の親から、否定され続け、認められない。居場所が無いも同然だ。そのせいか、家族というものに、いい印象は無い。けれど、ファス達が仲良く暮らしている姿は微笑ましく、羨望すら感じた。
親とは縁を切り、家を出た時は、清々しいくらいだったのに。
「…カイ?」
「……ん、なんかいいなって思ってさ。俺は家族、居ねぇから」
何も無かったろ、と、部屋を眺める。
「俺ずっと、あちこち旅してたから。正直、家ってモンがあっていいのか、よく分かんなかったんだ。寝れる場所があればいい。そう思ってた」
ファスは静かに耳を傾けている。
「けど、ファスと住んで、めちゃくちゃ居心地良くなって。帰る家があるっていい、そう思った。それを教えてくれたのは、ファスだ。だから、俺には無い力持ってるファスは、強いって思う」
「強い、ですか…?」
「うん。根っこの部分。芯があるって言うのかな。ファスのそういう所、綺麗で好きだ」
カイは、暖炉の火を眺めていた為気付かなかった。
ファスが呆気に取られ、顔を赤くさせている事に。
好き、などパクたち以外に言われた事がないので、少なからず動揺していた。
「……、」
落ち着く為に、スヤスヤ眠るパクたちを眺める。
嬉しい。忙しい彼が、少しでも休めるようにと、みんなで頑張ったのを褒めてくれたのだ。
「あ、ありがとうございます……」
お礼を言うのがやっとだ。こういう時、上手く話せない自分がもどかしい。
彼と目が合い、戸惑いつつ微笑む。
「俺、も…、好きです、カイのこと」
カイは、自分は良い人間じゃないと言う。けれど、少なくとも自分やパクたちにとっては、頼りになる優しい人だ。こうして、全員で家に泊めてくれるし、ほとんど勝手にしているのに、怒らない。とても器の大きい、尊敬する友人だ。
……と、カイの下心に気付いていないファスは、本気でそう思っていた。
一方のカイは、ファスからの言葉足らずな告白に、がちりと固まっていた。無理もない、ファスは頬を朱に染め、恥ずかし気にあの台詞を口にしたのだから。惚れている者から見れば、愛の告白である。
だがいや待て。
思わず手を出しそうになったカイ、残っていたなけなしの理性で、踏み止まる。相手は、超絶鈍感と書いてラスボスと読む、ファスだ。多分、恐らく、ちょっと、ほんの少し、違う。
カイは黙って、言葉を探すように悩むファスを見た。
「…前に、聞いたんです。Sランク冒険者は、世界に数人しか居ないって。上り詰めるのは、並大抵の努力じゃない。カイは、すごく努力家なんだって、その時思ったんです」
カイは黙って頷いた。
「人は、どうしても成功した結果ばかり見てしまいますけど…それは、その人が見えない所で、沢山失敗しても、諦めずに続けたから、手に入れられたものだと思います」
カイはゆっくり頷いた。
「向き合うのは大変で、疲れる事です。でも、逃げずに続けた…。だから、俺はカイは凄い人だと思うし、尊敬してますし、好きだなって、思います」
「……、………アリガトウ……」
「はいっ」
言えた、と心から微笑むファスは可愛い。
でも何だろう、褒められてるのに、胸に去来する、この虚しさと切なさは。
カイは複雑な気持ちと戦いつつ、表にはおくびにも出さず、風呂上がりのファスを脳裏に焼き付ける事に専念した。
そんな二人を、途中から起きていたパクたちが首を傾げて覗き見していた。
「……鈍い…」
すぐ側で寝息を立てるファスの背を眺め、カイは改めて思い知った。
此方ばかりが振り回されているようで、なんか悔しい。
起こさぬように、そっと腕を回す。ずっと触らぬよう、律してきたが、今日くらいいいだろう。
眠りが深いのか、起きた様子はない。
「……」
何かするとかされるとか、考えた事も無いのだろう。信頼されているといえばそうなのだが、余りにも思われると、意識する相手と認識されていないと分かり、不満になる。
『分かってると思うけど、ファスさん恋した事、ないと思うよ』
以前、うららにチクリと刺された台詞だ。
あの時は、早く手に入れたいと焦っていた。他の誰かが、ファスの良さに気付く前にと。隠していたつもりだったが、女の勘というものは侮れない。
その御陰で、少し冷静になれた。信頼を壊すのは、愚行だ。
ファスは人を恐れている。
平気な顔をしているが、少しでも乱暴な行動をする者や怒鳴り声が聞こえたりすると、怯えが出る。それは性別は関係ない。男であろうが女であろうが、身を震わせる。気付かれまいと、必死に隠しているが。
ファスは、何も言わない。過去は過去と割り切って、今の生活を大事にしている。
「……」
「…、……?…さむい、ですか…?」
力を入れすぎた。ファスが身動ぎ、ぼんやりとした顔で振り向いた。
抱きついていたせいで、距離が近い。けれど気にした様子なく、ごそごそと身体ごと振り返り、向き合う形に。半分寝ているのだろう、ぼんやりしたまま見つめてくる。そして、ふぁ、と笑うと身を寄せてきた。
「…カイ、いる……あったかい……」
がちりと固まる。ファスは再び夢の中だ。
恐らく、朝起きたら忘れてるヤツだろう。完全に寝惚けていた。…だから、本音が出たと思ってもいいだろうか。幸せそうに眠る、ファスの髪を撫でる。
側に居てくれて嬉しい、そう言ってくれたと解釈して、というかする。
カイは無駄に力強く頷くと、そのまま抱き寄せて目を閉じた。
…次の日、真っ赤になったファスを拝めることになるが、パクたちの全力モフモフガードによって遮断される。
これから書き溜めていきますので、少々更新が遅くなります…。
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