34.
…ファスは悩んでいた。大量の料理の前で。
「……どうしよう」
「にゃー…」
テーブルいっぱいのそれらは、流石にパクたちも食べきれない。すぐにダメになってしまう訳ではないが、やはり少しでもおいしく食べてもらいたい。しかし、カイもここまでは食べないだろう。
ファスはやってしまったと落ち込みつつ、保つものを選り分け始めた。パクたちも、皿を運んだりと手伝っている。
「にぃ」
「しらゆきはこれだね。はやても?」
「なぁう」
時折、リクエストに応じながら、皿に盛っていく。
外の賑やかさに気付いたオネムとソラが玄関を覗くと、丁度家主も顔を出した。お帰りだ。
「なんもねぇから帰れよ」
「こんないい匂いしてるのに何もない?!食べるなって言うの?!カイの鬼っっ!」
「あれだけ人の精神を疲弊させておいて……」
「俺じゃねぇだろそれは!」
今日はお客さんも居るらしい。ファスたちは慌てて出迎えた。
「おかえりなさい、二人は…もう帰るんですか?」
「にゃあ?」
無理矢理閉じようとするカイと、阻止するトオヤとうらら。扉が不穏な音を立てている。このままでは壊れてしまいそうだ。
「あ、あの、カイ、実は…」
「ん?こいつらは気にすんな、すぐ帰すから」
「ひどいっ!元はと言えばカイのせいなのにさっ!元カノが諦め悪いから!!」
「うららテメェ」
扉が、みしりと音を立てる。限界が近い。いつもなら、一歩引いて見ているトオヤも参戦しているので、余計だ。ファスは扉を守る為にも、カイの腕に飛びついた。
「…あのっ!実は、夕飯を作りすぎてしまって…。よければ、みんなで食べてくれませんか?外も寒いですし、温まっていった方がいいと思います……!」
「ファスからのお誘いだ。お前らありがたく思えよ」
「切り替えが酷い」
トオヤのツッコミも意に介さず、カイはここぞとばかりにファスの肩を抱いている。
ともかく、玄関の攻防戦は終わった。扉は無事に、空間を仕切る役目に戻れたのである。
三人はテーブルを見て驚いた。まるで、来るのが分かっていたような量だ。しかし、丁度良かったとファスは喜んでいるので、偶然なのだろう。
にゃあにゃあと手伝う姿に頬を緩ませるうらら、とうに着席していた。勿論、手洗いうがいは済ませてある。
「保存してた食材、少し傷みが出ているものがあったので…、それで、色々作ってたらこうなってしまって。来てくれて良かったです。全部簡単なものですけど、どうぞ」
温かい食事。三人は自然と手を合わせた。
炒めた野菜や煮物、焼きものに蒸かしたもの、多種多様。更には汁物もあるという。
「あれ、これ初めて見る…。パクちゃんたちの、何??」
興味津々と小さな器を覗くうらら。スープに白いまんまるが浮いている。柔らかそうだ。全員好きなようで、早速スプーンを入れ、口へと運ぶ。
「にゃあぁぁ…!」
「そんなにおいしいの?!私も食べたいです!」
「はい、どうぞ」
ファスは微笑みながら三人分を運んでくる。男二人はずっと食べる手を止めない。うらら程主張しないだけで、確実に皿を空にしていた。
「あ…!ひどいよ二人とも!私の分残してよ!!」
「何コレうま…!」
慌てて確保を始めるうららに、驚いた顔のカイ。そんなにか、とトオヤも一口。
もちもちの食感、ほんのりとした味はスープともよく合う。パクたちはおかわりを求めていた。
「山の芋ですよ。粘りが強いので、スープに入れても崩れないんです。パクたち、すごく気に入ってくれて」
「分かるぅ…、ふわもちでお芋とは思えないよ…」
前に山の芋フルコースを食べさせてもらったが、その時は無かった。
欲しがるから作らなかったか、食べ尽くされたか。ゴロゴロと喜んでいる様を見ると、後者な気がする。密かに山の芋料理を気に入っていたトオヤは、頷きながら静かに皿を空にした。
「…あの、カイ達の知り合いに……すごく大柄で、大きな斧を背負った人と、頭にこう…ターバン?みたいな布を巻いた溌溂とした人、居ますか?その人達も冒険者だと言ってました」
うららは危うく吹きそうになり、さっとナプキンで口元を押さえる。意外な問い掛けに、カイは目線で先を促した。
「…カイ達が帰ってくる少し前に、下の通りで騒ぎがあったんです。外には出ず、窓から見たんですけど、喧嘩をしているような感じで…何人か捕まってました。被害が出ないように、素手で戦ってて……」
あの五人組、此方へ逃げてきたようである。この辺りは住宅街、普段は静かな所だ。住人を脅して隠れ、やり過ごそうと考えたか。或いは。
「……」
カイの目がすい、と冷える。
あの噂を耳にし、意趣返しを企んだのではないか。真偽はともかく、同居人が居ると踏んだのだろう。根性がねじ曲がった奴等だ、それぐらいは平気でする。
見れば、二人も同じ考えに至ったらしく、若干目が据わっている。
「…ご、ごめんなさい。聞いてはいけない事でしたか……?」
「あ、いや、そうじゃないんだ。詳しくは話せねぇけど、今日ギルドでちょっとな。それ関連だと思ってさ。ファスが巻き込まれてなくて良かった」
三人の様子に気付き、縮こまるファスに慌てて首を振る。
どうやら兄弟は、建物内に入り込まれる前にがっちり捕まえたらしい。
「冒険者の人って、力が強いんですね。人があんなに飛ぶの、初めて見ました」
大暴れだったらしい。だろうなぁ、と三人は頷く。
数だけ見れば、兄弟が不利に思えるだろう。しかし同ランクといっても、文字通り身一つでのし上がってきた兄弟。そして、相手によっては拳でしか語らない兄弟。数など物ともせず、実力差を見せつけたに違いない。
お騒がせしましたと、意識がない様子の五人を、笑顔で引きずって去って行ったそうだ。
「…で、何であいつら?知ってはいるけど」
「…薬を、渡して欲しいんです。多分、ずっと寒い中に居たんだと思います。凍傷になってるんじゃないかと……」
兄弟の肌が、赤いのが気になったのだと言う。三人が目を丸くさせる中、ファスは棚から薬を取ってきた。
「軽い内なら、これで治ります。お願いしてもいいですか?」
「喜んで。…じゃねぇ、そうじゃねぇ。いや、お願いは聞くけども。なんでそこまで……」
「……?こうして、俺達が安心して暮らせてるのは、カイ達…冒険者の人達が、身体を張ってくれている御陰じゃないですか。だから、少しでもお返しできたらと思いまして…」
……兄弟は、宿にて薬を塗っていた。
薬といっても、ピンキリがある。しかし、これはよく効く。大衆浴場にて身体を温めると、痛痒かったので本当に有難い。
弟も今回ばかりは、大人しく塗っている。早く治さねば、支障が出るのは分かるのだろう。エルドは何の変哲もない瓶を眺める。今朝、突然カイ達から渡されたのである。
曰く、近所に住む者が昨日の騒ぎを目撃し、大事に至らなかった事に感謝して、コレを渡してくれと頼まれたという。
『一滴も無駄にすんなよ。本来なら、お前らには手に入らない尊い薬なんだからな』
尊いってなんだ。
『いいか、それには作り手の時間と手間と優しさが詰まってるんだ。何が何でも治せ』
うん。時間と手間は分かる。優しさってなによ。
『聖母だよ』
ちょっと何言ってんのか分かんない。
「おぉー!兄貴、もうこの辺痒くないぞ!!」
良かったな弟よ。
……渡された時の、謎の迫力を思い返しながら、
「コレ、もう一個くれねぇかな」
ボロクソに怒られるであろう呟きを零し、エルドは入念に塗り込むのだった。




