32.
「見たかったなぁ、ソラちゃんの大活躍…」
うららは先日あった顛末を聞き、酷く羨ましくなった。
院の子供らは、ファスたちから貰った薬で、無事治った。心ばかりの寄付と渡された時は驚いたが、正直、薬や日用品の寄付は本当に有難い。
薬が苦手な子供用にと、甘いお茶もくれた。混ぜても効果は変わらないと教えられ、御陰で負担は大分、軽減されたのだ。嫌と泣き叫ぶ子供は、魔物と戦うよりも大変だ。世の中の親達を尊敬してしまう。
「で、でね?その…甘いお茶、まだあったら売って欲しいなぁと思って、来ちゃいました」
「ありますよ。薬を嫌がる子は多いですから、役に立つなら……はい、どうぞ」
「ファスしゃん??!お金払わせて?!お願いだから!!」
ファスは、ででんと一抱えもある茶葉の袋を、笑顔で手渡した。パクたちも、持ってきなよとばかりに、にゃあと応じている。無欲の塊だろうか。
「でも、これは自分達で飲むのに作ったものですし…」
魔力を消耗し、弱ったパクたちにはこの方がいいのではと、新しく作ったのである。味はお墨付きだ。
普段も、飲みたいとせがまれる時があるので、多目に作ってあった。
「でもでも、それにはファスさんとパクちゃんたちの時間と手間が掛かってるワケでしょ?!払うよ!私は何が何でも、払うからね!!」
うららは持参した袋に分けてもらう。流石に全部は多い。そして、お金をぎゅうとファスに握らせた。
そうでもしないと、受け取らない気がしたからだ。
「これは、」
「多くないよ!あのね、薬とお茶の御陰で子供達、悪化せずに済んだの。いつもは長引いたり、シスターさん達にうつったりしてたのに、今回素直に飲んでくれたから…。だから、これはその御礼もあるの、本当にありがとね!!」
「……」
ちょっと強引過ぎたかなと思ったが、好意に甘えまくるのは、うららの矜持が許さなかった。彼らが作る姿を見ていたから、尚更。
「…よかった、」
「え、ふぉっ……、、」
目の前にはとても綺麗な微笑みがあった。うららは、思わず固まる。
ファスがこうして笑う時はいつも、パクたちの頑張りが褒められたと喜んでいる時だ。
「御礼はパクたちに。パクたちが、頑張ってくれたから効果があるんです。…良かったね、みんな。子供達元気になったって。みんなの御陰だよ、ありがとう…!」
「にー、にゃにゃあ!」
パクたちの様子から、ファスが頑張ったからだよ!と言っているのがよく分かる。
「………なんという、いたわりと友愛……!!」
うららはその場をそっと離れ、カイの隣で祈り始める。聖母の微笑みを直視して、目が潰れそうだ。
「……とうといがとうといをとっぱしてさらにとうといよぉぉぅぅぅ………」
「何言ってんだお前」
本日も雪。寒い中を歩いてきたうららには、心も体も暖かくなる癒しの光景だ。
因みに、彼女は何気に初訪問である。その前に、本を持ってきたトオヤも。
パーティを組んでいても、互いの家を行き来する程ではない。淡白な間柄だが、三人にとってはそれが丁度いいのだ。
「寒い中大変でしたよね、今お茶を用意します」
「え、…いいの?」
と、カイを窺う。家主は彼だ。目的の物を手に入れたら、早々にお暇するつもりだったが。
「ファスがああ言ってんだ、飲んでけ」
「あ、うん。じゃあ、エンリョなくー……」
以前はどうか知らないが、家に人を招くような事、余程じゃない限りしない筈だ。
カイ、変わったなぁ。部屋をなんともなしに見渡しながら、うららは大人しく座る。
薬草の匂いが、微かにある。奥の部屋で、大欠伸するオネムが。その隣で、うとうとするしらゆきが見える。かわいい。
パクとダイチは、ファスと台所に。はやてとソラは本を片付け、テーブルを開けている。かわいい。
此処の生活にも慣れ、それぞれ自由に過ごすようになったようだ。けれど六匹共、ファスが見える場所に居る。そんなところがちょうかわいい。
「顔がだらしねーぞ」
「そっくりそのまま返しますぅ。カイだってニヤニヤしてんじゃん」
「このままずっと居てくれればいいのに。一生養う覚悟はできてんのに…」
「否定しないんだ。あ、ありがとー!」
「よかったら、パクたちも一緒におやつ、いいですか?」
「もちろん!」
おやつと聞いて、起き出してきたしらゆきとオネムも迎え、小さなお茶会になった。
うららはクッキーを口に入れた。相変わらず、おいしい。素朴な甘さがクセになる。カイは食べないのか、お茶だけだ。ファスも心得ているようで、おかわりのお茶を用意するだけ。
…すっかり、馴染んでるなぁ。もう一枚、と手に取り、二人を眺める。
カイは愛想はいい方だが、プライベートに勝手に入り込まれるのは嫌っている。同居を聞いて、心配したのはそこだ。ファスが、ずかずかと入るような性格でないのは承知しているが、知らず知らずの内に、なんて可能性が捨てきれない。
こんな人だとは思わなかったと、喧嘩別れになった例もあるのだ。互いの見せていない部分が、同居によって明るみになる。かと言って、気を使い過ぎても落ち着かず、結局は無理、と終わってしまうのだが。
しかし、杞憂だったようだ。
この家には、心地いい空気が流れている。ずっと居たくなるような。ファスとパクたちが、住み心地を良くしようと、努力したに違いないのだ。
「ねぇねぇファスさん、最初に此処見て、どう思った?男の一人暮らしって、散らかってるイメージあるけど」
「いえ、綺麗でしたよ。物もあまりなくて、整理されてましたし…」
「あ、それ騙されちゃダメだよ。冒険者って人達はね、男女限らず家事能力壊滅してる人が大半なんだよ」
「お前それ、ブーメランだからな」
「私は違うもん、ちゃんと片付けできるもん」
しかしうららは、シスター達から台所出禁を言い渡されている。行こうとするだけで、子供達が全力で止めに入る程だ。
「寝るだけに帰ってるって、本当だったんだね」
因みに、トオヤは壊滅していない少数派である。腹が減っては何とやら。カイとうららがトオヤに頭が上がらないのは、年の差だけのせいでは無かった。
「…でも、何かと俺の荷物が多くて、手狭にしてしまって」
「そうなの?私には片付いて見えるけど…」
「ファス自身のは少ないんだよ。パクたちの分と食料に薬草だな、主に」
「それは必要だよね、仕方ないよ。モフモフとご飯は大事だよ!」
うららは力強く頷いた。そしてクッキーに手を伸ばす。
パクたちは満たされたらしく、ごちそうさまを告げている。それぞれきゅ、と手を拭き終えると、本を出し続きを読み始めた。ファスはお皿を流しへ。
「カイは?一人より断然快適なんだろうけど、どうなの?居心地。何もなかった所に物が増えて、邪魔とか思ってる?」
「思うわけねーだろ、感心してるぐらいだぞ。テーブルいっぱいに広がってた道具やら薬草が、あっという間に片付けられて、何もなかったように元通りになる様を見たら」
そして使った物はちゃんと棚に収まっているという。
何を当たり前な事を、と思う事だろう。
しかし、家事能力が壊滅している者からすれば、何故散らからないのかと驚くものなのだ。
それに、とカイは続ける。
「全然、違和感がない」
「違和感?それは自分の家だからでしょ」
そうじゃない、と手を振る。
例え自分の家でも、他人が居れば何処となく落ち着かないもの。ファスには、それが無かったという。すんなり受け入れられた、と。
うららは言う。そりゃウェルカム状態だったからでしょうが、と。
この男が、心底惚れているのはよく分かる。動作一つにしろ気を使っているし、無理強いは無し。偶に押しが強い時があるものの、大事にしている。
「じゃあお前、知り合いが泊めてくれって来て、自分の部屋に好き勝手に荷物置かれたらどう思う」
「なんか条件違う…。……仲の良さにもよるけど、ちょっと、嫌だなぁ。私なりに片付けてるし、触られたくないトコあるし…」
「だろ。俺が言ってんの、それ。…ファスにはそれが全然無かった。最初から居たのかなってぐらい、馴染んでる」
カイはカイなりに、同居について考えていたようだ。これノロケかなぁ?と首を傾げるうらら。
「ま、うまくいってるんなら、いいや。ごちそうさま!おいしかったよファスさん!」
「こちらこそ、たくさん食べてくれてありがとうございます。もう、帰るんですか?」
「うん、あんまり長居すると怒られるし、心配されるしね」
うららはもう一度礼を言うと、玄関へ。気付いたパクたちもやってきて、二人と共に見送りモフモフ。
…もう少し居たい。うららは早々に揺らぎかけたが、今は買い物中なのだと気合を入れて、手を振った。




