30. 時々、同居
寒いのが苦手、といっても動けなくなる訳ではない。ただ、苦手なのだ。
しんしんと降り積もる雪の中を歩いた時は、肉球がかじかんで感覚が無くなってしまうかと思った。でも動かないと、凍えてしまう。眠る時は小さく丸くなって、団子のように五匹で寄り集まった。
冷たくて寒くて、死んでしまうと何度思ったか。
けれど、今は違う。
パクはちらちらと降ってくる雪を見上げていた。
今年は一段と寒い。此処は雪が少ないというが、もしかしたら大降りになるかもしれない。
「…パク、どう思う?」
ファスの吐く息は白く、頬も少し赤い。
「にゃあ、にぃ…」
「……やっぱり、そうかぁ…」
うん、と決意したように頷くと、ファスは抱っこして毛布にくるんでくれた。
全身に雪を浴びても、凍えても、すぐにファスが温めてくれる。
幸せだ。パクは喉を鳴らしながら、擦り寄った。
カイは珍しく早起きし、部屋を片付けていた。
一人暮らしで、寝る為だけに帰っていたようなものなので、余り物は無い。無いが、掃除はしておかなくては。
「風呂付きアパート選んだあの時の俺、よくやった……!」
ただ単に、大衆浴場まで足を運ぶのが面倒だっただけなのだが、それは今はいい。大家にも許可は貰った。カイは今、途轍もなく上機嫌だ。何故なら。
「…そろそろ迎えに行かなきゃな」
慣れないながらも掃除を終え、戸締りを確認し、最後にドアに鍵を掛けると、足早にアパートを後にした。
空は薄曇り。今にも雪が降りそうな程に、本日も寒い。
相談があるんです、と改まったファスに頼られたのは、ひと月程前。山暮らしという事もあり、彼らは気候の変化に敏感だ。今年はいつもより寒いという。
雪が普段降らない地にも、降るかもしれない。それは王都も例外ではない。もしかしたら、荒れて積もってしまうかも。パクたちが、そう予言したという。
あらゆる手は尽くすが、巣もだいぶ古い。雪に耐えられるか分からない。もし壊れたりしたら、それでパクたちが怪我をしてしまったら。考え始めるとファスは落ち着かず、話し合い、悩み抜いた末に……移住を決意した。勿論冬の間だけだ。
巣の近くにあるのは王都だけ。なので、ファスはカイを頼ったのだ。自分でも借りられる家はないか、と。その流れに乗らないカイではない。チャンスは何が何でも掴み取る男である。
ごく、自然に、同居を提案した。
一人なので部屋は余っているし、風呂もあるし、パクたちも充分に動ける広さもある。家賃代わりに家事をやってくれたらいいし、訪ねてくる者はまず居ないので、好きな事をやってのんびりしてくれて構わない。……と、遠慮するであろうファスの逃げ道を完全封鎖するかの如く、好条件を出した。
余りの好待遇に、パクたちには胡乱な目を向けられ、ファスは困り果てていたものの、結局は決まった。何故なら、ファス自身で借りるには少々元手が足りなかったからである。あったとしても、治安がいいとはお世辞にも言えない場所で。そんな危険をカイが許す筈もない。王都は物価も家賃もお高いのだ。
何はともあれ、期間限定だが同居決定である。
「……今日から、よろしくお願いします」
待ちに待ったひと月。門前には大きいリュックを背負ったファスと、カゴの中で大人しく収まるパクたちが。さぞ重かっただろう、両手には三匹ずつ乗せたカゴもあったのだから。門番に心配されてしまったらしい。
理由を告げれば納得され、六匹で一人分にしてくれたとファスは言う。
パクたちの猫のフリは上手いもので、今も隙なくフリを続けている。子供が触りたそうに見ているが、猫らしく素っ気ない。
「重いだろ、絶対」
「い、いえ…。これくらいは、平気です。パクたちを一気に運べなくては、守れません…!」
「その根性は認めるけど、腕、震えてるからな?だから、迎えに行くって言ったのに…」
カイはリュックを奪い取り、カゴを片方だけ、共に持つ。ファスも持っていた方がいいだろうと考えてだ。そしてそれは、正解だった。オネムが飛び出しそうな素振りを見せたからだ。
「オネム、大丈夫だよ。もうすぐだからね」
「……にゃむう」
「早く休ませた方が良さそうだな。こっちだ」
冬でも王都の人の多さは変わらない。このままでは、疲れてしまうだろう。人通りの少ない道を選び、アパートへ向かう。住宅街なので、基本静かな場所だが、隠れていなければならないパクたちには、負担かもしれない。山とは全く違う環境なのだから。
着いたぞ、と鍵を開け、中に入ると、六匹は一斉にカゴから出て、思い思いに伸びる。そして部屋を見渡し、あちこちと探りながら匂いを嗅いで、安全を確かめ始めた。
「広い、ですね…」
「何もないだろ。どこでも好きに使っていいからな。風呂とトイレはあっち、台所はこっちで……、で、悪いけど、ベッドはひとつ」
「床で充分です」
「よくねぇよ?狭くなるけど、一緒でいいよな?」
「はい、カイがいいのなら……、寒い?待ってね」
確認を終えたパクたち、ファスの元に集まり、丸くなっている。
巣に比べたら、此処は少々寒いだろう。ファスは荷物から毛布を出し、包んでやる。暖炉に火を入れるべく、カイは準備を始めた。
「にぃ、にゃあう」
「え?……あの、パクたち、奥の部屋がいいそうです」
気に入られたのは、暖炉がある隣の部屋。寝室であった。来客があっても隠れやすいし、寝室まで覗く者は居ない。暖かさも問題ない筈。
カイは頷いた。ファスなら綺麗に使ってくれるだろう。
「じゃあ、お世話になります…。あの、台所見てもいいですか?」
「勿論。自炊しねぇから、分からなくてさ。足りなかったら買ってくるし……」
……雪が降った。
パクたちが予言した通りの、大降りである。昨日は風もあり、荒れに荒れたが、今日は落ち着いたようだ。巣が心配だが、今は出られない。移動した際、何度か往復して荷物を運んだので、必要なものは揃っている。倉庫には、日持ちがいいのだけ置いているので大丈夫だろう。
それに、これで終わりではない。今後、何度か荒れる天気が来る。
カイたちは冬の準備を早目に済ませておいたので、慌てることはなかったようだが、周囲は違った。急の変化に、急いで薪集めや食料の買い込みで大わらわだ。慣れていないせいで転倒したり、雪かきで腰を痛めたり、屋根から落ちたりと怪我人も増えているらしい。
王都は普段、降る事が少ない。各ギルドは対応に追われていた。
そんな中、ファスたちはアパートにて、薬作りに励んでいた。
雪かきは早朝に、パクたちと共に動き、窓、出入り口、換気口と確保し、終わらせている。住まわせてもらっているのだ、これくらいやらなくては。
王都に来てから一ヵ月。最初は慣れないせいで、四苦八苦したものの、どうにかペースを掴み、パクたちも落ち着いて過ごせるようになった。
それまではずっとファスから離れず、眠りも浅かったようだ。こうして薬作りが出来るようになったのも、一週間前からである。
「…できた、」
「にゃあ!」
家主であるカイは、冬とはいえ仕事があるのか、毎日のようにギルドに呼ばれていて、今は居ない。
けれど日が落ちる前には帰ってくるので、準備はしておかなくては。
そろそろご飯を作ろう、と皆で片付けを始める。なるべく巣と同じように過ごす事が、安心に繋がると気付いて、ファスは続けている。パクたちも、薬草をカゴに片付けたりと手伝う。小さなゴミも見逃さず、ささっとほうきで床を掃く。魔猫はキレイ好きだ。
道具を洗い終え、ファスはご飯作り。パクたちはその間に一休み。
「…」
パクはきょろ、とみんなを見渡す。最初の緊張感はなく、落ち着いている。
人の街へ、初めての移住。警戒していたが、今の所、周りの人間は猫だと思っているらしい。元々そこまで魔の気配を漂わせてはいないし、他の地に住む同族も、猫として街に溶け込んでいるくらいだ。
ただ、少々キュウクツではある。けれどこうして、部屋の中では自由にできるのだから、ゼイタクは言ってはいけないのだ。パクは頷いた。
マイペースなオネムが、少しばかり慣れるのに時間が掛かったが、今ではあの通り。
「にぁ……むぅ…」
お気に入りの毛布にくるまり、ウトウトと船を漕いでいる。そして、必ずファスが見える位置に居る。
いい匂い。ぽわぽわも感じる。
此処は、安心していい場所だ。
少し寝よう。パクは毛布を引っ張り丸くなった。
カチャ、と鍵が開く音に、帰ってきたと分かり、玄関へ続く廊下に出る。同時に、戸が開いた。
「ただいま、ファス」
「お帰りなさい、寒かったでしょう」
「………」
何故か天を仰ぐカイに、あと少しでご飯ができると告げる。身体は冷えている筈だ。
「先に、お風呂に入りますか?」
「………」
しかし、カイは返事をせず、両手で顔を覆ってしまった。
同居を始めてから、彼はずっとこうだ。最初こそ、何かやってしまったのかと動揺したファスだが、本人から大丈夫と言われたので、今は見守りに徹している。
カイがひたすら毎日、幸せを噛み締めているだけとは気付いていない。
「…うん、風呂入ろうかな。ファスも入る?」
「いえ、作ってる途中ですし、パクたちもまだ寝てるので…」
「そういや…。やっぱり、無理させてたか?」
流れるように誘ってきたカイをあっさり躱し、ファスは奥を見た。いつもなら一緒に出迎えているが、今日は気付かない程、寝入っているようだ。
「少し、慣れるまで掛かりましたけど…。こうして寝られたのなら、大丈夫です」
すよすよと眠る姿に、ファスは微笑んだ。
「…ゆっくり、温まってください。ご飯ができたら、パクたちも起きると思います」
「ん、分かった」
ファスに釣られ、だらしなく笑い返したカイはタオルを手に風呂場へ。
家に帰れば出迎えられ、労われ…。暖かい部屋、風呂、食事が用意されている…。
「最高か、俺の嫁………!!」
今日もじっくりと幸せに感謝しながら、湯舟に浸かる。
その間に、よく寝たとパクたちは起き出し、にゃあにゃあとお手伝い。テーブルに料理を並べ、一人と六匹が待つ姿を目にし、カイはこの日も膝から頽れたのだった。




