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29.





 「あれは反則だわ…」


 「……」


 「聖母かな……」


次の日、三人はギルドにて、まだ昨日を引きずっていた。

手当ての後は、恒例となっている食事会。薬も忘れず買い足し、癒しも貰って、充実した気分で帰ってきたのだが。


 「なんかさぁ…なんか、ファスさんの聖母感増してない??」


 「それな。…おいトオヤ、ずっとダンマリだが、まさか惚れたんじゃねーだろうな」


 「この世には、何としてでも守らなければならないものがあると痛感していただけだ」


 「分かる」


ファスのあの笑顔は、主にパクたちが褒められた時に出るものであったが、まさか自分達に向けられようとは。

慈愛に満ちていて、眼差しも酷く優しい。聖母という例えもあながち間違いではなかった。

昨日は不意打ちで喰らい、顔に出してしまったカイ。しかし、二人も似たような様子だったので、何か言われる事はないだろう。

あの笑顔を、パクたちはともかく、自分だけに向けて欲しかったと、心の片隅で思う。


 「そういや…、怪我の具合、どうなんだ?」


今日は随分、すっきりとした目覚めだった。あちこちと訴えていた痛みも消えている。比較的浅い傷は、跡が薄く残る程度まで治っていた。

うららもそうらしい。ホラと頬の湿布を剥がす。そこにあった火傷は、もう薄くなっている。痛みは夜の内に引いていたという。


 「朝、見たらこうなってたの。すごい効き目。一応、クリームは塗ったけど」


 「俺はもう、傷口が塞がっていたな。以前より、確かに効きが良い」


 「…そういや、新しく作ったって言ってたな。調合でも変えたか?」


傷薬を取り出す。見た目は他と何ら変わらない。けれど普段から使っている三人だ、効果の違いはすぐに分かった。

のんびり暮らしているように見えるが、ファスもパクたちも成長を続けているのだ。


 「他の人が気付いちゃったら、すぐ売れちゃうかも」


 「元々数は少ないからな。…数に重きを置くなら、効果は下がるんじゃないか?」


 「え、じゃあ…、本来はもっと高い…?」


かもしれないな、と頷くトオヤ。うららは肩を落とす。

頼まれれば、善意であっさり渡してしまうファスとモフモフ。山暮らしの薬草生活、特に食うに困る事はなかったようで、物も大事に使って持ちが良い。お金への執着が無いと言ってもいいくらいだ。

自分達が作り出すものが、貴重であるとは考えてもいないのだろう。


 「うん、やっぱり聖母だ。ファスさんは聖母でモフモフは天より授けられし癒しなんだよ」


 「ここは頷いておく所か?」


 「間違ってはないんじゃないか?」


男二人が祈るうららを眺めていると、ギルマスからお呼びが掛かる。

今日は報酬を受け取る為に来ていたのだ。執務室に通され、机には三等分された金袋が準備されていた。ランクは関係なく均等に、と頼んである。その方が争いがなくていい。命を懸けているのはお互い様なのだから。


 「今回は色々あったようだね、報告は聞いたよ」


アレクは三人をねぎらいながら、もう一つずつ袋を追加する。


 「村の人達のお詫びだそうだよ。謝罪の手紙と一緒に、向こうから届いた」


 「……、いらねぇって言ったのに」


 「そうはいかないんだってさ。カイ君達が置いて行ってくれた薬の御陰で、悪化せずに済んだらしいし。…『下らない見栄で命を落とす所だった馬鹿共に、けじめをつけさせます』…だそうだよ」


懇々と諭しても、また同じような事をやりかねない。若者らには、目に見える仕置きが必要と考えたらしい。あの袋には、彼等の全財産に村長が更に追加したお金が入っているという。


 「……」


そうは言われても、此方はさっさと忘れたいのだ。薄情と思われようが、それが正直な気持ちだ。


 「…仕方ねぇ、どっかに寄付しといてくれ」


 「俺も」


 「私も」


 「はいはい、社会に還元した方がいいみたいね」


アレクは三人の渋い顔を確認し、さっさと回収。どんな若者達かは書いてはいなかったが、報告のような無茶をやるのだとしたら、中々なヤンチャ坊主だったかもしれない。

若い時は、怖いもの知らずな時期があるものだ。負け知らずで来た者は、特に。


 「高ランク依頼はまだあるけど…、これは君らが出る程ではなさそうだ。他に回しておくよ……、あぁそうだ、カイ君聞いた?」


 「何をだよ」


聞いてないの?と続いたアレクの情報に、三人は慌てて昨日の今日で裏山へ向かったが、留守であった。

ファスたちは、何か計画を立てているらしい。昨日何も言わなかったという事は、ただ単に心配を掛けたくなかったか、自分達で解決したいのか。

定かではないが、結局この日は会えず終いだった。







 「……」


かちゃかちゃと音を立てながら、ファスは薬草を作り変えていく。

時折感じる視線に、萎縮してしまいそうになるが、パクたちを思い出し落ち着いて作業を進める。

一つの工程を間違えれば、全て駄目になる。それは折角の薬草達が勿体ない。

与えられた薬草束を選別、乾きが甘いものは取り除き、分けていく。毒草がいくつか混じっていたので、それらは全て取り除き、纏めて台の隅へ。

それから何束かに分け、細かく刻み、すり鉢へ。お湯が沸いたので火を止め、薬草を入れた布袋を浮かべておく。

全て手作業なのは、ファスだけ。他の者は、魔法と手作業を上手く使い分けているようだ。どんどん作り終えていく。

焦ってはダメだ。ファスは時計に目を遣る。まだ、時間はある。

いつも通りを心掛け、丁寧に作る。使ってくれる人が早く治るように、元気になるようにと願いながら。薬草の匂いは変わらない。御陰で落ち着けた。

鍋の中を確認、充分に抽出できている。別の容器に濾しながら入れ、ゆっくりとすり鉢のものと混ぜ、クリーム状に。全部で六つ、これで冷ませば完成だ。


 「…あとは、」


後片付けを始めるファス。手慣れた様子で片付けていく。

周りの者はそれを見て、戸惑いながらも片付けを始める。そこへ、試験官が待ったをかけた。


 「か、片付けは此方でやりますので、そのままで結構ですっ」


え?とファスが顔を上げると、何度も頷く試験官が。片付けまでが薬作りだと思っていた。

そっと器具を置き、手を拭いて台から離れた。全員出来ていたようで、試験官が薬に封を施していく。

結果が出るのは二時間後。それまでは自由にしてもいいというので、折角の機会、薬草園を見学させてもらう事に。

他にも幾人か居たが、みんな真剣な顔で観察中。思いの外、のんびりと見て回る事ができ、時間はあっという間に過ぎていった。そして……、









 「ファスー、」


 「…あ、カイ。トオヤもうららも、お疲れ様です。今から仕事ですか?」


顔見知りになった門番の人と挨拶を交わし、帰途に着く。

外に出てすぐ、カイ達が目に入った。依頼ではなく、休みなので会いに行く所だったらしい。


 「丁度良かった。ファスは買い物か?」


 「…いえ、別の用事で。薬師ギルドに行ってました」


三人はピクリと耳を動かす。

こうして会うのは、二週間振りだ。それまでは訪ねても、留守が続いていた。まるで、雲隠れされたようで落ち着かなかったが、ようやく理由が分かると、揃ってファスへと視線を送る。


 「…以前から、薬師にならないかと誘われてたんです。それで、今日試験を受けてきたんです」


彼等が作るものは質がいい。どうやっても合格だろう。


 「落ちました」


 「……は?」


 「ん?」


 「え?」


 「不合格です」


ファスは微笑みながら繰り返した。


 「俺は、魔法を使えません。ギルドで働くなら、速さと正確さが必要だそうです。それに、数。…どうしても、手作業では時間が掛かるから…足手纏いになると判断されたんだと思います」


ファスは落ち込んではいない。随分清々しい顔をしている。


 「やれるだけの事をやってきました。結果はどうあれ、俺は満足です。それに、変わらずに、薬は買い取ってくれるそうなので、そっちの方が嬉しくて」


という事は、出来は良かったのだろう。

魔法が使えていたら即採用だったのに……!!と、そんな薬師達の声が聞こえてきそうである。


 「じゃあ、最近居なかったのは試験勉強だったのか」


 「来てくれてたんですね、ごめんなさい。…パクたちも、ずっと俺に付き合ってくれてたんです」


普段から作っているが、それはパクたちと協力しての事。時間内に作れるよう、ずっと練習していたという。出来る努力はした。そして、ファスは魔法は使えなくとも、出来ると証明した。


 「…頑張ったな。お疲れ、ファス」


カイの労いに、一瞬目を丸くしたが、ファスは頬を染めて微笑んだ。






にゃあぁ!と元気な声が上がる。

パクたちの目の前には沢山のおやつ。


 「手伝ってくれて、ありがとう。たくさん食べてね」


 「にゃあ、にゃあぁぁ…!」


 「にぃ!にゃにゃん!」


パクたちは目を輝かせて、せっせとおやつを確保する。おいしいと声を上げれば、ファスは笑顔を返してくれる。

ファスはもう、悩んでいない。いつものファスだ。

人間は効率を優先する。魔法が使えないと分かれば、しつこくする事もなくなると踏んだが、やはりであった。けれど、それだけではパクたちの気が済まない。

ファスは魔法に頼らなくとも、こんなにできるのだと見せつけてやりたかったのだ。

結果は御覧の通り。パクたちは、こっそり胸を張った。


 「はい、お茶。まだあるから、ゆっくりね」


 「にゃあ!」


やっぱり、ファスが笑ってくれるのがいい。

パクたちは喉を鳴らし、幸せな時間を堪能した。



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