28.
今回の依頼はAランク。魔物の巣を壊滅させる事であった。
近隣に人里があり、被害も出ている。早急且つ迅速に、そして確実に。そんな理由で選ばれたカイ達は、依頼は完遂した。しかし、予期せぬトラブルが起こったのである。
「それまでも、魔物が出た時は自分達で対処していたらしい。依頼を出すのもタダじゃないからな。まぁつまり、村の連中には心得があった」
「でも巣を作られたのは初めてだったんだよね」
話に耳を傾けながら、ファスは戸棚から薬を取り出し、包帯や当て布が入った箱も出す。
しらゆきが、ホワンソウのクリームを指す。頷き、それも手渡した。
「依頼を出したのは向こうだってのに、勝手に動いてやがった。それで上手くいったならいい。でも結果は、魔物共を怒らせただけだった」
到着を待たず、若者達が血気盛んにも乗り込んだらしい。
カイ達は、青い顔で慌てふためく村長の出迎えで、早々に目的地へ向かう事に。運が良かったのかどうなのか、若者達は重傷を負っていたが生きていた。
そんな姿を目にしたら、治癒を使える者はすぐ動くだろう。トオヤもそうであった。しかし、それがいけなかった。
全て治し、大人しくしていろと言ったのに、若者達はまた乗り込んできたのである。
こいつら死にたいのか。三人の思いは同調した。
いくら心得があるといったとて、カイ達に言わせれば素人だ。はっきり言うならば、
「邪魔だった…」
「邪魔でしかなかったな…」
「邪魔だよぉ…」
三人の呟きは、重い。相当だったのだろう。
コトコトと音がする。お湯が沸いたようだ、ダイチが呼びに来た。ファスは台所に行くと、深い器に移す。残りはお茶だ。準備を終えると、近くに居たうららに座るよう促す。
「簡単に手当てしただけだから、まだちょっと痛いんだ」
「…火傷もありますね。しらゆき、クリーム温めておいてくれる?」
「にゃん」
しらゆきは頷き、一さじ分を小皿に乗せお湯の入った器の上に置く。
「じゃあ、薬が無いのは…」
「一応あいつ等も無事だが、魔法の余波喰らってまた怪我してたし、全部置いてきたんだ」
「治癒を使えば簡単だが、自分達がやった愚かな行為まで忘れられちゃ困る。しっかりその身に刻み込んでもらわないとな」
ともすれば死んでいたかもしれない、危険な行為だ。若者らは村長に激怒され、家族からも容赦ない拳骨を喰らい、その時はとても小さくなっていたらしい。
手間を増やした上、薬まで渡された村の者達は平謝りだったという。
「あ、でもこれだけは渡さなかったんだぁ」
と、うららが指すは、ポポワタゲで作られた包帯。
「ファスさんとパクちゃんたちが心を込めて作ったのに、あいつらに渡すの癪だったから」
「それを言うなら、全部渡したくなかったけどな」
三人とも、中々お怒りのようだ。今までこうした愚痴は聞いた事が無い。
ファスとパクは顔を見合わせ、話題を変える事にした。
「にゃあにゃ、にゃう」
「丁度、新しく作ったんですよ。良かったら、また買ってくれると嬉しいです」
人肌程に温めたクリームを受け取り、手当てを始める。
「こうして温めてから塗ると、よく浸透するんです。痛みが酷い時は、こっちの方がいいと思います」
「ほぇー…、やっぱいい匂い…」
「傷は…、良かった、浅いものだし、ちゃんと処置できてるので化膿する心配はなさそう…」
テキパキと動くファスの横で、パクが包帯を取っている。時折、ぷにと肉球が触れるので、今のうららは幸せしかないらしい。怒りは何処かへ行ったようだ。
使用済みの包帯はタライの中へ。しっかり洗って煮沸消毒だ。ポポワタゲは繰り返し使うと、より柔らかく肌当たりが優しくなる。余程の場合でなければ、魔法で綺麗にして再利用の形になる。
「ありがとー!何だかラクになった気がするー!」
いつもの元気が戻ってきたうらら。今にも飛び跳ねそうだ。頬には当て布をしているが、痛みは引いたようである。
「これ、どうぞ。朝晩に塗って、跡が薄くなったら一回に減らしてくださいね」
「えっ?!いいのっ?!!」
ホワンソウのクリームを別容器に移し、うららに手渡す。気に入っていた彼女は大喜びだ。
次は、トオヤだ。軽傷に見えるが、念には念を入れ、ファスとパクで包帯を取り、傷を見て薬を塗っていく。
「にっ…にゅいぃ……」
「すまん、自分でやったからな…」
パクは固く、団子結びになっていた包帯に苦戦している。器用とはいえ無理にやると、トオヤの腕に爪を立ててしまいそうだ。
仕方ない、と隙間にちょいと爪を入れ、切り取った。
次に、減っている傷薬を補充する。
「ありがとう。…ここ、まだ血が止まってないです。無理に動かしました?」
「まぁ…、利き腕だからな。ゔ、」
「パク、当て布もう一枚くれる?少しきつめに巻いておきます。痛みが引くまでは、余り動かさないでくださいね」
ファスは血を拭き取り、新たな当て布をすると、手早く巻いていく。程良い力加減で、不思議と腕が軽くなったようだ。トオヤは思わず腕を回したくなったが、やめておく。注意されたばかりである。
「んにゃ、」
ソラは包帯や布が切れないように、棚とテーブルを行ったり来たりと補充してくれている。
煮沸消毒でしらゆき、はやて、オネムが取られているので、大変そうだ。あれ足りない、と見回せば、ダイチは外で包帯を干していた。働き者の魔猫たちである。
てけてけと薬を運んできたソラに、トオヤは微笑んだ。
「ありがとう。本当によく働くな、お前たちは」
「んに?にゃにゃ!」
耳をぴんと立て返事をするソラは、当然だと言っているようだ。トオヤは一撫ですると立ち上がった。あとはカイだけである。
「お待たせしました。痛い所はありますか?」
「いや、見ての通り動けるし、大した事ねえよ」
「にゃーあ」
「悪い、これでいいか?」
パクが取りやすいように身体を動かすと、カイは何ともないように笑う。しかし、念には念をと手当てはきちんとされる。
「……みんな、火傷してますね。これは魔法でですか?」
「あぁ、うららの」
ぐっと詰まる音。
「さっき言った魔法の余波は、あいつのなんだよ。魔法放つ時に、一人が射程圏内に入ってな」
「直撃していたら、下手したら死んでただろう。うららの判断は間違っていない」
うららは咄嗟に、地面に向けて放った。それでも威力は落ちず、地面を走り、魔物と仲間と若者らを巻き込んで爆発。当然、本人も巻き込まれた。…よく軽傷で済んだものである。
「そこはトオヤの結界だな。あの一瞬で全員に張ったから、こうして生きてる訳だ」
「……」
右に火傷と切り傷。左の腕と肩口にも。彼は普段、ここまでの傷は負わない。
恐らく、若者達を庇った時のだろう。トオヤも、利き腕でない方にも怪我をしていたので、同じ理由。
「ありがと、ソラちゃん!」
器用にお茶を入れたソラに、笑顔のうらら。彼女の頬には、跡が残りそうな傷。それだって、己の身より、当てないよう軌道をずらす事に集中したからだ。
パクと目が合う。パクも気付いているのだ。
若者達の行動には感心しないが、それでも見捨てず守った行動は、誰もが出来る事じゃない。
なんて強くて、優しい人達なんだろう。
「にゃあ、にゃにゃ」
「……うん、そうだね」
「ファス?」
「…カイ達は、すごくカッコいいです。それが今日改めて、よく分かりました」
同意するように頷くパクたちに、びし、と固まるカイ達。
「みんなが本調子で動けるように、しっかり手当てしますね」
頼りにしている人は、大勢いるのだから。気合いを入れ直し、ファスはパクたちの手も借りテキパキ動く。多少動いてもズレないように、包帯を巻いていった。
その間、カイは赤い顔でずっと静かであった。彼だけでなく、トオヤとうららも。
妙な静けさに気付いたファスは心配していたが、理由に気付いているパクたちは、三人に生温い視線を送っていた。




