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3. 





今日は生憎の天気。

天井から吊るして干している薬草の具合を確かめ終えると、ファスは編み物を再開する。その横では、小さな糸車を器用に操るしらゆきとオネム。真っ白な糸がどんどん積みあがっていく。


 「にぃ、にゃん」


 「にゃむぅ」


 「…わ、早い…。これで全部?ありがとう、ふたりとも」


先日手に入れた綿毛は無事糸束になり、形作られるのを待つばかり。ファスの前には十枚程の包帯。今は布巾に取り掛かっている。まだまだ時間が掛かるだろう。

このまま置いておくと、ファスは徹夜してしまう。これはまた今度、としらゆきとオネムは糸束を紙でくるみ、棚に仕舞った。


 「そろそろ休憩しようか。おやつ用意するね」


それにふたりはピンと尻尾を立てる。喜んでいる証だ。

ファスは微笑むと、お湯を沸かし始める。おやつは今朝作ったケーキ。皆で窯の前を陣取って、それはそれは楽しみにしていた。

外に様子を見に行った見回り組も、そろそろ戻ってくる頃合いだろう。


 「なぅっ!」


はやてが慌てた様子で飛び込んできた。


 「なぁーうっ、にゃっ!」


何か、あったのだ。しらゆきたちに巣を任せ、ファスは先を走るはやてを必死に追った。












***********









……やばいな。

カイは自分が落ちた崖を見上げた。命は拾ったものの、全身が痛い。

雨で視界が悪かったのもあるが、足場も悪けりゃ組んだパーティも悪かった。上から探し呼ぶ声がするが、返す気にもなれない。こうなったのは上の連中のせいでもあるのだから。

カイは痛む身体を引きずり、身を岩陰に隠した。見つかったらとどめを刺されかねない。

声が遠くなる。ここに降りる道を探すか、置き去りか。


 「……どっちでもいいか、」


カイはソロの冒険者。ランクはA。もうすぐSランクに手が届くか…という時にコレである。

彼は自他共に認める美形。当然、モテる。その分反感を貰うが、いちいち気にしていては滅入るというもの。いつも通り受け流していた。

今回組んだパーティは五人。女は二人。彼女らは終始カイに引っ付いていた。

それが原因だろう。日頃の不満が爆発したのか、男らは魔物と戦いながら事故のように崖へと押した。そして、現在この通り、という訳だ。


 「あー、いてぇ」


骨は折れてなさそうだが、動くのが面倒くさい。いつ死んでも構わないと思っていたが、こんなマヌケな死に方になるとは。

ぼんやりと雨に打たれるままのカイには気力がない。

生きるために冒険者をやっていた。才能があったのか、実力者だの勇者に近い奴だのともてはやされたが、正直どうでもよかった。

金があって、飯が食えて、たまに女が居れば、それで。

カイは確固たる目標や夢というものを持ったことがない。だからだろうか、何の感情も湧いてこなかった。

不意にがさりと音がする。視線だけ向けると、


 「………猫…?」


猫が居た。

黒毛の部分が多い黒白に、茶トラ。距離を置いたまま、此方をじぃと窺っている。

こんな所に唯の猫が居る訳がない。魔猫だ。

見た目、猫と変わらず力も弱い。乱獲され数を減らし、人前に出てくることは一切無い珍しい魔物。

乱獲の理由は頭の良さだ。普通の犬猫より飼いやすいという、人間側の勝手な言い分。

しかし、それすらもどうでもいいカイは興味がないと目を閉じた。

…あ、そういや、魔猫って死肉を食うんだったか。

それを最後に、意識を手放す。


 「……あ、居た。どうしたの?はやてが………っ?!!」


人の声がした気がしたが、幻聴だろう。









***************








争うような音に気付いたのはダイチだった。

上の方からだ。と三匹で物陰に隠れ、じっとしていると何か落ちてきた。その後も続いていた音は程なくして止み、今度は人の声。…誰かを探している。

どうしようか。とりあえず調べなきゃ。三匹は頷き合うと、そっと覗く。

人だ。寝そべって動かないが、まだ生きてる。

パクたちは困った。あれは大人の人間。容易には近付けない。でも怪我をしている。

放っておけばいいかもしれないが……。あの子は、助けようとするに違いない。

パクははやてに頼んだ。自分とダイチは見張りだ。

あの子は見捨てたりしない。今までもそうだった。怪我した人間、迷子になって困っていた人間を助けてた。勿論パクたちは隠れていたが。

倒れている人間は上の声には答えなかった。仲間じゃないのだろうか。こっちに気付いても、興味がなさそうだった。







 「はぁ……」


ファスは手当てを終えると座り込んだ。気を失ったままの怪我人は、とにかく重い。

なんとか引きずり引きずり、巣に連れて行った。

パクたちが薬やらお湯やらタオルやらをせっせと準備し、できる手当ても手伝ってくれたので、ずいぶん助かった。


 「ありがとう、向こうで休もう。…この人にはしっかり治してもらわないと」


ベッドは一つしかない。けれどパクたちと眠るので大きめに作ってある。この巣にある一番の贅沢品といってもいい。その分寝心地もいい筈。ゆっくり休めるだろう。

同じく、ぐったりするパクたちを休ませ、もうひと踏ん張りとご飯作りに取り掛かる。起きるか分からないが、準備はしておいた方がいい。


 「ぶにゃっ!にゃ!」


 「ダイチ?休まないと…、あ、」


しきりに棚を見上げ訴えるダイチに、おやつがあったと思い出す。


 「ぶにゃにゃっ」


 「そうだね、疲れてるときは甘いもの。すぐ切るよ」


六つに切り分けお皿にのせていると、パクたちはわらわらと集まり、目を輝かせて待っている。

飲み物は少し温めの薬草茶。クセのある味だが、全員好んで飲んでいる。


 「はい、お待たせ。今日はお疲れ様」


にゃあにゃあと気持ちのいい食べっぷりに思わず微笑み、ちらと寝室を見る。静かだ。

巣に、自分以外の人間を入れたのは初めてだ。本来はあってはならないこと。

素性は全く分からない。もしパクたちに危険が及ぶようなら、何としても逃がさなければ。

パクたちはファスにとって恩ある存在で、家族なのだから。

うん、と決意を改め、ケーキをパクリと頬張った。






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