26. 時々、挑戦
薬師ギルドは知名度は低いが、堅実で信頼できるギルドだと評判だ。
此処で買う方が値段も適正な上、やはり効き目も違う。ただ薬師の数が少なく、各地にギルドを置けないのが残念だという声もある。
王都の薬師ギルド。取り扱う薬草の種類もさることながら、薬の品揃えもいい。
そこで、ちょっと噂になっている人物が居る。
不定期にやってきて、少ないながらも自身で作った薬を売りに来る青年。
年の頃は十七、八。目立つ容姿ではないが、艶のある黒髪と紅い目が印象的な、大人しい青年だ。
彼は独学で作っているという。しかし、その腕はいい。そのまま店に出せる程の、完璧な仕上がり。
是非、雇い入れたい。
意見が一致した薬師ギルド、総出で捜したかったが、如何せん人手不足。時折やって来る本人を掴まえるしか手はなかった。しかしとある日。
例の青年が、有名なSランク冒険者と仲良く歩いている姿を、ギルドの者が目撃。その時は声を掛けられなかったが、様々な憶測が飛び交うように。
実はやんごとなき身分の者で、護衛をしているのでは。
あんなに効き目があるのは、あの冒険者に特別な薬草を取ってくるよう頼んでいるのでは。
量が少ないのは、貴重な薬草を使っているからなのでは。
なんにせよ、手掛かりは見付かった。
どんな事情があるにせよ、彼の腕がいいのは確かなのだ。それは薬を調べた薬師達が、太鼓判を押している。そういう訳で、薬師ギルドはすぐ、冒険者ギルドへ連絡を入れた。
パクは棚を見上げた。
作った薬がいっぱいになってきている。そろそろ売りに出掛けるかもしれない。
そう思ったものの、今日になってもファスは準備をしない。いつもなら、動いているのに。
薬師ギルド、なる所を知ってから、嬉しそうに運ぶようになった。『パクたちの頑張りが評価された』と喜んでいた。
パクも、みんなも、作りたいから作っているだけ。元々の理由は、よく怪我をするからだったが、薬草学の知識を得てからは、作ってみたいに変わっている。
けれどファスは、他の誰かに褒めてもらったのが、殊更嬉しかったようだ。いつも帰ってくると、笑顔で報告してくれる。ファスが喜んでくれるなら、みんなも嬉しい。
パクは思い出しながら喉を鳴らす。
でも、とゴロゴロを止め、パクはファスの元へ。
最近、悩んでいるようなのだ。王都にも余り行かなくなり、ぼんやりしている事が増えて。
「!にゃあ!!」
「っ?!わっ…!」
おやつを作っている最中なのに、ファスは上の空。お湯が吹き零れているのに気付いていなかった。慌てて鍋を上げて、みんなにかかっていないか確認。溜息を吐いた。
「にぃー?にゃん…」
「なぁう…」
「ごめんね、大丈夫…、」
「ぶにゃ!」
ダイチは、全然大丈夫ではないファスを、頭でぐいぐいと押す。はやてとオネムも続く。
ぐいぐいと行く先は椅子。休めと言いたいのだろう。
ためらいながら腰を下ろしたファスに、動かないようソラが膝に乗る。パクとしらゆきはひょいとテーブルに乗り、揃ってじぃと見つめた。悩んでいるなら、話して欲しい。
話すまでこのままだぞと、六対の目が言っている。
「…おやつが、」
「にゃっっ!!」
おやつより、今はファスだ。ぴしりと尻尾でテーブルを叩くと、観念したのか下を向いた。
「……。…この前、言われたんだ。ギルドの人に、…薬師にならないかって…」
「にぃ」
「薬が、いい出来だから…。才能があるって、ギルドで働いて欲しいって、……そう言われた」
パクたちは顔を見合わせた。
「…何度も、断ったんだけど、向こうも人手不足で困ってて。諦めてくれなくて……それで、なんだか行くのが少し…怖くなって……」
「…みぃ」
「一人で作ったんじゃない。パクたちが頑張ったからなのに、それで俺が才能あるって言われるのはおかしいと思う。……なのに、情けないね。うまく、言えなくて」
ファスは、きちんと断る事すらできない自分を責めて、落ち込んでいたのだ。
いい話じゃないか。普通はそう思うだろう。
けれど、ファスは望んでいない。薬を売り始めたのは、稼ぐ為というより、使って欲しいからだ。無償だと怪しまれると学習したので、売る形を選んだ。
みんなで頑張って作って、喜んだモノを、怪しいの一言で捨てられるのは悲しいし、嫌だった。
「今のままでいいって思うのは、わがままなのかな」
「にゃーあぁ?」
「……大きな変化なんて、俺は望んでない。それで、大切な家族に何かあったら、別れる事になったら、絶対後悔する。…先の事なんて分からないけど、それだけは、分かる……」
働きたくない、など思ってない。しかし、今のままでいいというファスに、ギルド職員が言ったのだ。
それは現状維持という怠慢だ。
世界は進歩している。その場で足踏みだけして満足していたら、取り残されるぞ。と。
「……俺、……怠け者なのかな……」
無理をしてでも、人と関わった方がいいのだろうか。
その方が、パクたちにとってもいいのだろうか。
今までずっと、優しさに甘えてきただけで、何もない自分から目を逸らしていただけなのだろうか。
だとしたら、本当に、ずるずると無駄に、長い時間を、
「にゃあぁっ!!」
は、と顔を上げれば、パクが、しらゆきが、目を光らせて怒っていた。
ぺし、と膝を叩かれる。オネムとソラが、ぺしぺしと叩き続けていた。
はやてとダイチは足元で、眉間に皺を寄せ、見上げてくる。
何故自分を責めるのだと、パクたちは怒っているのだ。
一番長く、側に居て見てきたのだから知っている。ファスは誰よりも働き者だ。
家事をこなし、共に薬を作り、巣を快適にしようと常に頑張っていた。その頑張りが、今の生活だ。
それを否定するような考えは、例え本人でも許せない。
「ぶにぃ…」
「なぅ、なぉう」
怠慢と口にした人間が、どんな風に歩んできたかは知ったこっちゃないが、それぞれペースというものがある。全ての人間が、同じ速さで歩けるワケがない。ファスにはファスのペースがあるのだ。
足踏みだと?と、はやてとダイチの目が光る。
本当に足踏みだけなら、今の巣は無い。ボロボロのまま、崩れていただろう。
何処で満足するかは、他人ではなく自分が決める事だ。
「にゃむぅ、にゃ…」
「んにぃ…」
とはいえ、その人間は何も、ファスが怠けていると言った訳ではないのだろう。あくまで考え方だ。
確かに、人の世の技術は進化を続けている。
のんびり、それぞれのペースで生きては駄目なのだろうか。周りに必ず合わせなくてはいけないのか。
ファスは止まっていない。ファスのペースで、少しずつ変わっている。それを急かすのは違うと、パクたちは思うのだ。今もこうして、悩んでいるのだから。
「……」
考えて、考えて。でも答えが出ない。正解がない問いは、何よりも難しい。
パクたちは知っている。
ファスは手伝いだけというが、ちゃんと作れるのだ。魔法が使えない分、丁寧に時間を掛けて、いい薬を。効き目はパクたち自身で証明済みだ。
「…にぃ」
友達ができたとはいえ、ファスはまだ、人が怖いままだ。簡単に払拭できるものでもないし、無理をし過ぎたら薬を作るどころじゃない。何がファスにとって正解なのか、パクたちも分かりかねていた。
「にいぃ…」
考えている内に、段々と腹が立ってくる。薬師ギルドの人間達にだ。
大体。人手不足だか何だか知らないが、嫌がる者に無理をゴリ押すというのは、どうなのだ。
結局、意見は聞かず、自分の思い通りに決めているだけではないか。
もし、もしもだ。
ファスが薬師になりたいと決めて、送り出したとしよう。激務だ。
けれどファスは努力するだろう。中にはそれに付け込んで、仕事を押し付ける輩も出てくるかもしれない…。
全て憶測だが、あり得ない事ではないのだ。
ファスは大丈夫と言い続け、ボロボロになって倒れてしまいそうな気がする。
そうなってしまったら、パクはみんなは………、
「にゅああぁぁぁっっっ!!!」
ボロボロになってしまったファスを想像してしまい、パクは思わず怒りの雄叫び。
みんなも似たような事を考えたのだろう、穏やかでない顔になっている。
「パ、パク……?」
「にゃ、」
しかし。
相手は何度断っても諦めない。もう一度やんわりと言ったとて効果はないだろう。過労死させる可能性のある場所に、行かせる訳にはいかない。
…これは少し話し合う必要があるな。パクは据わった目でみんなを見渡した。それで分かったのだろう、ぎっちり揃っている本棚へ集合する。
置いてけぼりのファスだけが、困惑顔で首を傾げていた。




