閑話 愉快な冒険者たち
ダンジョンは一攫千金を狙える、誰にでもチャンスがある夢の場所。
……とは、誰が言ったのだろう。実際は、夢どころか現実と絶望を突き付けられる場所だ。自分のレベル以上の魔物と鉢合わせるなんて、ザラにある。今が正に、その状況。
男は、笑った。剣は折れ、仲間の一人は重体。回復魔法を頼もうにも、魔力は全員枯渇している。生存は絶望的だ。
それでも、男が魔物と対峙するは、リーダーだからだ。
仲間達は自分を信じて、命を預けてくれた。ならば最後まで守るのが、自分の使命だろう。
まだ動ける仲間に、逃げろと告げる。自分が囮になるからと。
必死に呼び止めてくる仲間達。……いい、仲間を持った。それだけが、己の誇り。
ニタニタと笑う魔物が、ゆっくりと距離を詰めてくる。此方が弱っているのが、分かっているのだ。確かに、残された力は僅か。でも、仲間は殺させやしない。
男は地を蹴る。魔物はニタリと笑ったまま、太い丸太のような腕を振り上げた。
「っっリーダーぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「そいやあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
頭上から妙な掛け声と、巨大な斧が降ってくる。
それは魔物の肩に食い込み、肉を裂いた。一撃で切り離された、魔物の腕がくるくると宙を舞い……、
「ぐふおぁうっっっ??!!!」
「っっリーダーぁぁぁぁぁっっっ???!」
男の脳天に、クリティカルヒットした。
「いやー、悪い悪い。態とじゃないんよ。弟がごめんなぁ」
ははは、と快活な笑い声。
冒険者ギルド内にある医務室にて、男と仲間達は治療を受けていた。全員怪我はしているが、命に別状はない。しかし疲弊しているようで、肩を落としたままだ。
そんな雰囲気を全く気にせず、笑い声の主は続ける。
「自己紹介まだだったなー。俺はエルド、こっちは弟のオーベル。探索特化のBランクだ」
「……本当に助かった。仲間がこうして無事なのも、君たちが通りすがってくれた御陰…」
「いやー、そりゃね。通りすがるよ。俺初めて見たわ、浅い二階層でトロールに出くわした奴等」
「……っホンマそうだわ!!引きが悪いにも程があるぞこのボンクラリーダー!!」
「うわ、びっくりした。お前一番怪我ひでぇんだから大人しくしてろよ」
怒鳴り散らすは、重症を負って倒れていた男である。意識はあったようだ。
「いーやっ!言わせてくれ、コイツはその場で言っとかないと堪えない!!」
「いや無理すんなって。トロールにやられたんだろ?あいつら怪力よ?」
「これはリーダーが当てまくったトラップの怪我だ」
「マジか」
「ほ、本当です…。僕らをかばってくれて……」
「リーダー、見えるボタンも見えないボタンも全部押しちゃう派なんです…」
「なにそれ、初めて聞いたわ。止めてやれよ」
彼等は最近Dランクになり、ダンジョンに挑戦する事にしたらしい。
それ自体はいい。経験は大きな財産となる。しかし、懸念したのは我らがリーダーの運の悪さだった。
とにかく、罠と魔物との遭遇率が高いのだ。依頼はなんとか失敗せずに来たものの、命の危険を感じたのは、両手足の指では足りない程だ。
その度に釘を刺してきたが、当の本人の自覚が薄い。
余りの運の無さに慣れ切ったリーダーは、これも力をつけるいい修行と、ポジティブに変換していたのだ。そして、逃げるという選択肢が頭から消されていた。
「どんどん前へっつーか、前しか行かないアホだ」
「なんか共感できるな」
エルドはちらりと弟を見た。弟は何でも筋肉で片付ける、筋肉バカだ。
当の弟は、親近感でも覚えたのか、ふて寝を続けるリーダーを眺めている。
「だから逃げられる二階層なのに、あんな死闘を演じてたのか。何してんのかなって、つい見物してたけど」
「見てたなら早目に助けろよ?!ぼろぼろだったろ俺ら!二階層なのにぼろぼろだったろ!!?」
「うん」
エルドは素直に頷いた。
「運が悪いってのはマジみたいだなぁ。あのダンジョン、運試しダンジョンなんだよ。そんなに深くはないんだけどな、道が複雑化して、罠と魔物も強弱がある。でも流石に、浅い層でレベル高いのと遭遇した話は聞いたことねぇわ。こりゃ、調べなおしだな」
「なぁ兄貴。コイツ、一階層と二階層のトラップ、全部暴いてやったって言ってるぜ」
「おたくのリーダー、アホなの?」
「アホなんだよぉぉぉぉ…!!!つかテメェ!あれ程触るなって言っただろうが!なんで触んだよ??!」
「そこにボタンがあるんだもん」
「だもんじゃねーよ!イラつきが増すだけなんだよ!!そこに山があるからみたいな言い方すんな!!」
「馬鹿野郎!そこにボタンがあるのなら、押してみたいのが人情だろうが!!」
「よく強気で返せたな??!」
ぎゃいぎゃいと元気な怪我人を置いといて、エルドは残りの二人を窺う。
疲れてはいるが、やり取りを見て笑顔すら浮かべている。
「お前らも災難だね。抜けたいとは思わねーの?」
「……思いません。確かに、大変だけど、それ以上に…楽しいから」
「僕も、」
ふうん、とエルドは彼等を眺める。
頭にあるは、一つの噂。多くの同業が嗤いながら話していた。
「エルドさん…でしたよね、僕らのこと、知ってるんじゃないですか?」
「んー?『掃き溜めパーティ』か?」
やっぱり、と笑うは、まだ幼ささえ残る同業。
「僕、リーダーに拾われなきゃ、もっと最悪な人生歩いてたかも。誰も信じられずに、一人で死んでたかもしれない」
「私も、役立たずだからってパーティから捨てられて…。でも、リーダーは一度もそんな事言わないんです」
「強くなって見返してやれー、とも言わないよね」
二人は笑い合い、あの人もそうなんですよ。と、まだ口喧嘩する二人に目を遣る。
「あの人は口が悪くて、素行も悪かったから、騙し討ちみたいにパーティから追い出されたって言ってました」
「あの人が一番感謝してるんですよ。だから、キツイ事は言いますけど、真っ先にリーダーについていくんです」
「あれがつんでれってやつか」
オーベルは妙な理解をし、一人頷いている。
「一緒に居ると、気負いが抜けるっていうか。なんか、いい感じに楽しめるっていうか。…大変ですけどね」
役立たず共を集めて何してんだか、下剋上でもしてぇんじゃねーの、馬鹿が考えそうなことだよな、云々。最後は必ず嗤い声。
あいつらは何を見てんだか。こいつらは、自分の人生精一杯、生きてるだけだ。
エルドは笑う。
「いいね、お前らいいパーティだわ」
「…そうですかっ?!」
「時間は掛かっても、お前らならいいトコまで行けると思うぜ。だから、」
「っはい、」
「長生きする為にも、ボタン押しそうなリーダーを止めれるようになろうな?」
あ、はい。若い同業二人は、神妙な顔で頷いた。
「行け――!!お前らだけでも先に逃げるんだぁぁぁ!!!」
「リーダーぁぁぁぁぁぁ!!」
「だから何であんたはぁぁぁぁぁあああっっ!!!」
「……」
兄弟は三階層で死闘を繰り広げる、ぽんこつパーティを暫く見物していた。
兄弟冒険者は今後も出るかもしれません。




