25.
外は雨。こんな日は、みんなで薬作りに励む。
天井に吊るして干している薬草が、湿気にやられないよう、少し間隔を開けておく。
糸車の音、すり鉢で擂る音、パクたちは真剣だ。ファスもその中に混じり、慣れた手つきで薬草を刻むと、すり鉢に入れておく。
「……」
しとしとと、雨の音が入ってくる程、巣の中は静かである。
ごりごりと鳴っていたすり鉢が、あらかた形が無くなったらしく、しゅり、と音を変えた。それを合図に、ファスはお湯を取りに行く。はやてが深いガラスの器を出し、しらゆきが大きい蕾のようなものを入れる。そこにお湯を注ぎ入れると、中で丸まっていた蕾がふわりと開く。と、同時に、ほんのり甘い香りが辺りを漂う。
しらゆきとソラが、その様子をキラキラと眺めている。白い花弁の花に見えるが、全て葉。お湯でしゃきりと葉を広げる、珍しい薬草だ。お湯の温度も重要で、熱過ぎても温過ぎても、薬効が充分に出ない。扱いが難しい、ホワンソウ…別名、温泉草ともいわれる。火傷や切り傷、古い傷跡も消してくれる薬草だ。
温度は丁度。オネムが頷き、薬効を充分に抽出。それからすり鉢に少しずつ入れ、しっかりと混ぜ合わせると、薄黄色のクリームが出来上がった。
「…初めてだけど、うまくいったね。あとは……、ちょっと指切ってみるね」
「にゃ―――っっ?!!」
効果の程を試す為、包丁を手にしたファスを、パクたちは慌てて止める。
同時に、がしりとファスを止める大きな手が。振り返ると、カイが少しばかり青褪めていた。
「どうしたんですか?」
「いや、どうしたはコッチの台詞だから。とりあえず、危ないから刃物は離そうな?」
カイの後ろには、何度も頷くトオヤとうららも居る。
実は最初から居た三人は、ずっと一人と六匹の薬作りを見守っていた。本人達は真剣だが、傍から見れば、優しい世界が視界いっぱいに広がっているのだ。三ヵ月分不足していた癒しを、これでもかと頂いたうららは、感動の余り泣きそうだ。
「ぶにゃ、にゃーあ」
「にゃうにゃ、にゃにゃ」
薬草学の本をめくり、確認しあうパクとダイチ。その向かい側には、しらゆきとオネムとソラ。鼻を寄せ合って、匂いを嗅ぎ喉を鳴らす。はやてはせっせとすり鉢をこそいで、取りこぼしなく器に移していた。
この情景を、癒しと言わずして何と言うのか。うららは、喜びと感動を抑えるのに必死だ。そして、カイも。
「あ、あの…、」
後ろから抱き締められ、困惑しているファス。しかしカイは、今此処に、確かに存在するファスの確認で忙しい。腕に力が込められる一方で、全く離れる気配がない。包丁はトオヤの手によって、まな板に移動している。
「…それにしても、ホワンソウか。これは中々見付からない、貴重な薬草だ。この匂いを好む者も居るから…王都じゃ随分高値で売っていた」
「ソラが見付けたんですよ。探すのがとても上手くて」
呼びかけても反応が薄いので、諦めたらしい。背にカイをくっつけたまま、ファスはソラに微笑む。
ソラはぴんと尻尾を立て、ででんと胸を張る。群生地には密集して生えていたが、一種類に一つを守って、此処にはガラスの中にあるものしかない。また採らせてもらおうと考えていたが、トオヤの話を聞く限り、余り表に出さない方がよさそうである。これは自分達で使おう、とファスは頷き、カイの腕を見た。稼業柄、怪我もあるのだろう。傷跡があちこちある。
「あの…カイ、薬を試してもいいですか?傷跡にも、効き目があるので…」
「ファスが傷作らないなら。手当て、ファスがやってくれな」
「はい」
彼等の作る薬は、他より効き目があると身を以て知るカイは、ためらいなく頷く。
しかし、カイの密着具合は傍から見れば、友人の域を超えているのだが。ファスには動揺した様子はない。ファスの許容範囲が分からないなと、トオヤは眺める。
「ほわぁ…、いい匂い。甘いけどそこまで主張しないし、私、好きかも。言われなきゃ薬って気付かないよ」
うららは香りが気に入ったようで、うっとりとしている。カイも抵抗はないらしい。手当てされ、距離が近いので御満悦だ。
「ねぇねぇ、私も使ってみたい!ココ、火傷なんだけど消えるかなぁ」
「だいぶ前のですね…。やってみます、ちょっと待っててください」
わちゃわちゃと騒ぐ二人は、すっかりいつもの調子を取り戻している。
トオヤは今回収穫された薬草を見せてもらいながら、大変だったと息を吐く。
三ヵ月。たった三ヵ月姿を消しただけで、カイは狂人、うららは廃人になりかけていた。見かねたトオヤは、ギルマスに直談判。休みを取る事に成功した。あの状態で、依頼なぞこなせる訳がない。
此方は半年、依頼続きで足止めを喰らい、顔を出せなかった過去があるというのに。
…それを言えば、状況が違うだろボケェ。と狂人に喧嘩を売られたが、買わなかった。とてつもなく不毛に思えたからだ。
抑えて押さえて三ヵ月。今日も居なかったら、探索の旅に出ようと心に決めた狂人と廃人。
朝日を浴びながら、何事も無かったかのように建つ小屋を目にした二人は、分かりやすく正気を取り戻していった。そして、トオヤも胃痛から解放された。
何かやらかすのではと、常に気を張って監視していたせいである。
「山の芋はうまかったな、また食べたい」
「なぅ」
朝の急過ぎる来訪に驚きつつも、ファスは変わらずにもてなしてくれたのだ。沢山あるからと、山の芋料理フルコースであった。独り言ちていると、思わぬ相槌。
見下ろせば、はやてとダイチがカゴを片付けている所であった。働き者の魔猫たちだ。
「お前達も気に入っているのか?ファスの作る料理はどれもうまいな」
「ぶに!」
「なぉう!」
賛同しているというより、そうだろうそうだろう!と自慢しているようだ。ふたり共胸を張り、誇らしげにしている。ファスは本当に慕われている。
目映いくらいの良好さ。微笑ましさ。…圧倒的癒しである。
うんうんと頷き、トオヤはふたりを撫でさせてもらった。
……実は、はやてとダイチが、六匹の中で撫でるのが難しい気性なのだが、トオヤは知らない。
そして、パクたちが、三人の中で一番信用できるのはトオヤだと思っている事も。
「この薬草は誰が…、ソラなのか。じゃあ図鑑を見せてもらうか」
すたすたと皆の元へ行く背を、はやてとダイチは見送る。
「なぁおう」
「ぶにゃー」
好かれる為、見てもらう為に努力するのは大事だ。けれど、何事も程々に。
全く意図せず、魔猫達の好感度を得ていたトオヤ。それに気付いたカイとうららに、しばし嫉妬の念を送られ、また胃痛を覚えるハメになる。




