24.
…ファスは、守り神だと思っているが、違う。
目の前にいる小さな女の子は、此処を守っている魔物の、一番えらい魔物。つまり、一族の長だ。
こんな大物が出てくるとは夢にも思わず、パクたちはすっかり固まってしまった。が、これではファスに気付かれてしまうと…長自身に怒られたのだ。
「らくにせよ。ここは、おぬしらのすであろう。わらわは、ファスのごはんがきにいったのじゃ。おぬしらがだいじにしておる、ひとのこにはてはださぬよ」
そう言ってご飯を待っている長は、本当に楽しみにしているようだ。
「あやつめ。このそなえものは、あたたかいうちにといわれたので、などとのたまい、ひとりでくうてしもうたのじゃ。ひどいとおもわんか。かんそうだけほうこくしおって、しれっとしておるのだから、まったく……」
守り神は、中々の胆の太さであるようだ。長に自慢するとは。
食材はなんじゃ、と聞かれたので、昨日の出来事をかいつまんで伝えた。山の芋は、昨日見付けたひとつしかない。今日も見付けられるだろうかと思いを馳せる。パクたちだって、食べたいのだ。
「ながい、ぼうのようなイモか…。ちちゅうにうまっておるのだな?」
「にゃあ、」
「ふむ、あいわかった。あやつにさがせよう。なに、じかんはたっぷりある」
にやと笑う長は、悪い顔をしていた。
できましたよ、とファスがやってきた時には、もう隠していたが。長の前に、小さな器が置かれ、パクたちの前にも。
あるとは思ってなかったので、つい見上げる。ファスは首を傾げた。
「朝ごはん、まだでしょ?今日は、もう一杯ずつ、おかわりあるからね」
「にゃあ!」
「おぉ…!たべてもよいか?!」
「はい、どうぞ。パクたちも、あったかい内に」
長とご飯を共にする日が来ようとは。それでも、おいしい。
んにゃあ、と幸せそうな声を上げるソラは、もう怖がっていない。長の来訪に一番怯えていたのだが、ファスの落ち着いた様子を見ながら、パクたちとずっとくっついていたので、取り乱す事はなかった。ご飯もあって、余裕が出てくれたようだ。
「うむ…!たしかにもちもち、それにふわりとしてなんともやわらかい。おしるともよくあっておる。これが、やまのいもか…」
「できました、どうぞ」
次は揚げ芋。長は器を置き、一つ手にしてかじりつく。
パリパリもあれば、ほくほくもある。止まらない様子に、気に入ったのだと分かった。
「…おぬしたちは、…はむっ。いつも、こんなにうまいごはんをたべているのか……。いいのぅ」
「にゃあ、にゃー」
「たしかに、やさしいあじじゃ。つくりてのこころがでているのであろう」
分かっていらっしゃる。パクはゴロゴロと喉を鳴らした。
種族も力の差も全く違うが、おいしいと感じるものは同じなのだ。それが何だか嬉しい。
長は満足したようで、薬湯を手にまったりしている。
空になった皿を見て、ファスは嬉しそうだ。
「ところで、おぬしらはまた、いどうするのか?」
「はい、此処はいい所ですけど、あんまり居ると…さぼってしまいそうなので」
「いつでもとれるから…とな。ニンゲンはなんぎじゃな。だが、おのれをりっしているのはよいことじゃ。よくは、かぎりがないゆえ」
しかし、と長は此方を見た。
「まびょうどもにとっては、ここがあんぜんだとはおもわんか」
人間が魔猫だけでなく、他の種族も捕らえ、苦痛を与えている事は、魔物達には周知の事実。だから、ファスとパクたちの関係性は珍しい。
勿論、パクたちはファス以外の人間には警戒するし、容易には近付かない。けれど、ファスが受け入れた人間は許している。
でももし、その人間が欲に目が眩んでしまったら?
元々、下心を持っていたら?
人間は外見では分からない。本心を隠し、平気で嘘をつく。優しいフリをして、騙すのだ。
「……」
「すまぬな。わらわたちは、ニンゲンのそういうめんを、みせつけられてきた。…ファス、おぬしもそうなのではないか?ニンゲンでありながら、ニンゲンがおそろしい」
「……はい。パクたちと居る方が、ずっと安心できるんです。でも……」
「でも?」
「そんな人ばかりじゃないって、……友達に、なってくれた人が教えてくれたんです。まだ……、怖い、ですけど…」
「とも。……そやつは、おぬしらをひどいめにあわせたりせんか?」
「に、にゃあにゃ、にゃうぅ」
カイ達は悪い人間ではない。ファスが初めて信じた人間達だ。パクたちも目を光らせていたが、これだけは断言できる。彼等は悪党ではない。
パクたちはファスに代わり、抗議の声を上げる。
にゃあにゃあと鳴き声に囲まれ、長は分かったというように、手を振った。
「おぬしのめと、まびょうどもをしんじよう。しかし、きをつけよ。なにかおこったときは、ここへくるのじゃ。おぬしとわらわは、もうゆうじん。おぬしをきずつけるやからなぞ、わらわみずからけちらしてやるわ」
「友人……、…俺と、ですか……?」
「なんじゃ、ふまんか?」
「いえっ…!う、嬉しいです、でも…俺で、いいのかなって……」
「わらわが、いいというておるのじゃ。いいにきまっておろう」
ふんすと胸を張る長に、ファスはとても嬉しそうに微笑んだ。
友と呼べる相手が、また増えたのだ。人ではなく魔物だが、それは些末な事。パクたちは驚きが過ぎて、固まった。
彼女は、長だ。
魔物の世界は弱肉強食。強いモノが上に立てるのだ。一族を統べる長……。おっっっっそろしく、強大な力を持っているに違いない。蹴散らしてやると、今の可愛らしい姿で口にしても迫力は無いが、実際にやれば、国一つ消し去ってしまうのではなかろうか。
人の世では、その存在を災害級と認定し、いかな腕に覚えがある者が居ても、手出しは禁じられている筈。
「………にゅ、」
ファスは、とんでもない後ろ盾を手に入れてしまった。
本人は全く気付いていないが。
長は、迫力のある笑顔を向けてきた。口の前に指を立てる。余計な事は言うなよ、……だ。
「…………」
パクたちは震え上がり、きゅ、とひと塊になると、何度も頷いたのだった。
…それから数日と少し。群生地に留まり、薬草採取に精を出した。
パクたちは少しばかり怯えていたが、動いている内に気を取り直したようだ。無事終える頃に、山の芋が山となって、巣の前に置かれていたのには驚いたが。守り神様が、頑張ってくれたのだろう。有難い事だが、多い。更に数日、保存に四苦八苦。その間もちょくちょく御方サマがやってきて、ご飯を共にする。
今回はとても充実した、薬草採りであった。ソラも沢山手に入れ、実に嬉しそう。
薬草の下処理を終え、お供え物を渡し、お礼を言って戻ってこれたのは、王都を離れた三ヶ月後の事であった。




