21. 時々、おでかけ
ソラはうきうきと準備をしていた。
今日は話に聞いていた、薬草群生地に行くのだ。たくさんの、まだ見た事のない草花に会える。
それは楽しみで、前の晩は眠れなかった程。図鑑を開いたまま思いを馳せていたら、ファスにベッドへと連行されてしまった。
「んにぃ…!」
図鑑も持って行きたいソラは、用意されていた鞄にぎゅうと詰める。すっかり愛読書となっていた。
「ソラ、此処に居たの…、」
「!!」
「図鑑、持って行きたいんだね。でも、いいの?薬草摘むお手伝いを頼みたいんだけど…」
「んにゃあっ!にゃあ!」
ソラは慌てて何度も頷く。勿論だ。見て、探して、自分で採取したい。
ファスはにこりと微笑んだ。
「じゃあ、図鑑はお留守番。無くしちゃうかもしれないからね。休憩の時に見れるから、大丈夫だよ」
準備できてるよ、と抱っこされ、ファスと共にみんなの元へ。
図鑑も、鞄も、置いたままだ。ソラは首を傾げ傾げ、ファスを見上げた。
うららは裏山へ向かって走っていた。
個人依頼で戻ってきたばかりだが、疲れたなどと言ってる場合ではないのだ。
今日、久々に師匠の元へ顔を出した帰り、うららは聞いてしまった。
“王都裏山の結界が、少し弱くなっているようだ”
普段は立ち入らないとはいえ、結界を戻すのなら数人、山に様子見にくるだろう。
ファス達は結界からは離れているが、すぐ見つかってしまう場所に居る。相手は目眩ましも効かない、高位魔導士達だ。
魔導士なら、魔猫の存在を知れば、すぐ保護に動き出すかもしれない。だが中には、魔物を絶対悪と嫌悪する者も居る。もしそんな輩と鉢合わせしてしまったら…!
そんな訳で、うららは必死に走っているのである。
頼りになる筈のカイとトオヤは、それぞれ依頼に出ており戻ってきていない。この危機を伝えるのは、彼女しか居ないのだ。
毎日のように通っているので、道はすっかり覚えている。此処を抜ければ、と木々を揺らし、盛大な音を立て、うららは目的地に到着した。
「……っ、…………え?」
目の前は、更地が広がるばかりだった。
影も形もない。少々混乱し、グルグル歩き回り、思い出した。転移だ。
彼等は山を散策し、状況を早く知れる位置に居る。結界が弱っていると気付き、移動したのかもしれない。安全を考えて、一時的に他の土地に。
転移は、一度行った土地なら、いつでも戻る事が可能な魔法だ。
そう考えても、何故だか不安が拭えない。うららはギリギリまで探し続けたが、やはり見付けられず、肩を落として戻ったのである。
転移は、パクたちにとって重労働だ。
無事に群生地に着いたと確認し、六匹はぐったりと倒れてしまった。ファスは慌てて、柔らかい毛布へと運ぶ。用意しておいた薬湯を飲ませ、おやつも出す。
以前何を食べたいかと訊いたら、甘いモノと返ってきたので、転移後は必ず出せるよう、多めに作っている。
「んにぃ……」
ソラは初めての挑戦だったので、より弱っていた。最初は見てるにゃ、とパクに言われたが、もう自分も巣の一員だと退かなかったのだ。けれど食欲はあるようで、おやつに手を伸ばしているが、自分で食べられない。
ファスはソラを膝に乗せ、薬湯を飲ませてから、口元にクッキーを運んでやる。ドライフルーツを練り込んだ、柔らかいものだ。ゆっくりだが、一枚完食。
よかった、と安堵していると、ソラばかりズルイと言いたげに、パクが空いている膝に頭を乗っける。
続いてしらゆきとはやて、ダイチにオネムとわらわら集まり、ファスは身動きが取れなくなってしまった。しかし、やりたいようにさせ、順番にお世話をしていく。
「ゆっくり、休んで。元気になったらみんなで薬草探し、しようね。おやすみ…」
優しく撫でていると、眠気が勝ったようで。
すよすよと寝息を立てるパクたちを起こさぬよう、そっと移動させる。全員苦しそうな様子は無く、穏やかだ。ひと眠りしたら、動けるようになるだろう。転移を使った日のご飯は決まっていて、お腹に優しいおかゆだ。
今日は干し肉も煮込んで、濃いめの味付けでいこう、と台所に立つ。
窓から、大木が見える。ソラの為にも、いつもより長くお世話になる。お供え物も、沢山作るつもりだ。
お米は準備できている。干し肉とお芋は同じ大きさに切り、お鍋で煮込む。程よく出汁が出たら、お米を入れ一緒に煮込んでいく。その間に薬草を細かく刻んでおいて……、
「うむ、うまい」
「……?」
「まえのとは、あじがちがうのぅ。ほぉ、きのみがはいっておるのか、やわらかくてしっとりしておる」
「……??」
巣には、パクたちと自分しか居ない筈だ。ファスは辺りを見回した。小さな可愛らしい声は、不思議と怖いとは思わなかった。
ここじゃここじゃ、という声にテーブルをよくよく見れば、おやつの前に小さな女の子が座っている。変わった服を身に纏って、あれは確か、キモノというものだった筈。と、ファスは歴史の本で学んだ記憶を掘り起こす。パクたちより小さい。此処での初めてのお客さんだ。
「ほぅ、おぬしか。まびょうどもも、よくなついておる。……たしかに、しょうしょうかわったニンゲンなようだの。おぬし、ほかにあまいモノはないのか?」
「……、あ、あの…あなたは…」
「む、そうであった。わらわはこのちの、」
「…もしかして、守り神様ですか?」
「ぬ?まもりがみ?……うぅむ、まぁ、わらわのナワバリであるから、まもっておるのはまちがっておらんな。おぬしらのことは、けんぞくよりきいておる。たべものをくれると、よろこんでおったぞ」
姿とは裏腹に、言葉遣いが大人のそれだ。きっと、普通では会うことすらできない、神様なのだ。
ファスは頭を下げた。
「そうかしこまらずともよい。それよりおぬし、なにをつくっておるのだ?」
「…こ、これは…おかゆです。パクたちが起きたら、食べれるようにと…」
「きいたことがあるぞ。コメをにたものであろう?どれ…、おぉゆげが、よいにおいだの。コメいがいもはいっておるのか?」
ひょいひょいと身軽にファスを飛び越え、グラグラ煮立つ鍋に近寄る守り神様。危ない、と慌てて両手で掴んで止める。
守り神は不満を露わに、ギロリと睨んだ。
「なにを、」
「ダメですっ!火の側は危ないし、今、お鍋は凄く熱いんです!!火傷したら大変です!!」
「…ぬ?」
「…ここで、少し待っていて下さい。お茶を用意します。まだ出来てないんです。守り神様に、半端なものを出すわけにはいきません」
「……。う、うむ。そういうことなら、まつとしよう。…コレをもういちまい、もらってもよいか?」
「はい、それでよければ…」
騒いでしまったが、パクたちが起きる様子はない。スヤスヤと規則正しい寝息が聞こえるばかりだ。眠りが深いのだろう。ファスは安心して、おかゆ作りに専念した。
そのお陰か、三十分後にはトロトロのいい塩梅になり、味を調え、器によそった。
「おぉ!これはなんとも、うまそうな!」
「熱いですから、気を付けて下さいね」
守り神は頷き、嬉々と木さじを手にひと掬い。ふうふう冷まし、そっと口へ運ぶ。
まだ熱かったが、食べられない程ではない。はふはふとゆっくりかみしめた。
「…っうむぅっ!にくのうまみがしっかりとでておる。イモはほくほく、コメもやわらかでたべやすい。すこしこいめのあじつけじゃが、それがもうひとくち、とたべたくなるうまさ…。なにより、あたたかいのぅ…」
「…よかったぁ……」
「あたたかいごはんというのは、こんなにもびみなのだな。うむ、もういっぱい」
「え、少なかったですか?」
こんなに小さい身なのに。驚きつつも、おかわりを手渡す。その後も三杯程続き、ようやく満足したようで、守り神の手元は薬湯に変わっていた。その表情は満ち足りている。
作り直さなきゃ。空になってしまった鍋を眺め、パクたちがまだ起きませんようにと、ファスは願った。
「まさか、しょくじでわらわをまんぞくさせるとは。……おぬし、なはなんという?」
「ファス、といいます」
「ファス、わらわのことは、おかたサマとよぶのじゃ。みな、そうよんでおる」
「オカタサマ…。それが、守り神様のお名前なんですね」
「なまえとはまたちがうの。“けいしょう”というヤツじゃ。わらわはファスがきにいったぞ。いつでもこのちにくるといい。なんなら、すみついてもかまわん。なにがあっても、このちはおぬしと、まびょうどもをまもろうぞ」
「…!あ、ありがとうございます!パクたちも喜びます!」
前々からお世話になっていたが、こうして守り神様直々に許可をもらえると、やはり違う。
「だが、たちいってはならぬばしょもあるのじゃ。それはまびょうどもがわかるはず。いままでどおり、ダメといわれたらいってはならぬぞ。ニンゲンにはいのちにかかわる、キケンなばしょじゃ」
「はい、」
「あと、そなえものはわすれるな。りょうがおおくても、かまわんぞ」
勿論だ。お供えは、ここにいる間は続けるつもりである。
「あの、おかた様、は…いつも此処にいるのですか?」
「いつもではない。ほんらいはべつのナワバリにおるのだ。このすがたは、かりのモノでの。むこうではほんらいのすがたをしておる。ここはけんぞくにまかせてあるぞ」
「では、お供えはいつも通りでも大丈夫ですか?」
「うむ。あやつがもってくる、もんだいない。きょうはたまたまぬけだせてのぅ。いつもは、こうるさいそっきんが……、……」
「…どうしたんですか?」
「バレてしもうた。しかたない、もどるとしよう。ファス、いまいったこと、かならずまもるように。あと、うまかったぞ、れいをいう」
「食べてくれて、ありがとうございます。これからもお世話になります」
「ほほ、りちぎだの」
御方サマは、ひょいひょいと窓から出て行ってしまった。
残されたファスは、パクたちを起こさないよう、外に出る。そよと揺れる草木が見えるだけで、気配もない。大木に向かって頭を下げると、よしと気合いを入れ直し、巣に戻って行った。
おかたサマ、は御方サマと書きます。




