20.
棚の商品を熱心に眺めるファス。雑貨を見ろと言われて、素直に従う姿は律儀とも思える。
目の前のマグカップを、何ともなしに手に取り、カイはちらとファスの後ろ姿を見遣る。
どうにも、期待してしまう。
仕事になったと思い込み、残念そうであったのが、違うと分かるや、嬉しそうに柔らかく笑うのだから。
あれは、友人と思う相手に向ける表情ではない。…と、思いたい。
余り人と接してこなかった分、パクたち…家族に向ける想いと同等かもしれないし、ファス自身まだ分かっていない可能性もある。
焦ってはいけないと、重々承知しているが……。こう、脈アリな部分をちょいちょい出されてしまうと、いけるのでは?と考えてしまう。怖がられていないなら、尚更。
「……」
どういう経緯でパクたちと居るのかは、少しだけ話してくれたので知っている。
捨てられたのだと、本人は笑っていたが、ただ捨てられただけで、ああも人を恐れるようになるとは思えない。
魔物ではなく、人だ。
パクたちが、人は恐ろしいモノだと、幼いファスに教え込んだというのは無いだろう。いつも心配気に寄り添っているから。
傷付いて、死にかけていた幼子を助けたのは、人じゃない。魔物であるパクたちだった。
過去を変えるなぞ、出来やしないが。恐怖を植え付けた人間には、殺意しかない。
「カイ、これどう思いますか?」
「ん?」
ファスが手にしているのは、手のひらサイズの陶器の置物。猫が座って本を読んでいる。毛皮は白黒だ。
「なんだか、似てる」
黒毛の割合は少ないが、確かにパクに似ているように見える。ファスは嬉しそうに眺め、微笑む。
いかん、可愛い。危うく表情が崩れそうになったカイは、棚に視線を移した。
他にも猫は居るらしく、全て擬人化されている。二匹で荷物を運ぶ猫。コック姿の猫に食べる猫、踊る猫に楽器で遊ぶ猫…等々。この一角は猫が占めていた。此処の店主は猫好きなのだろうか。
ファスはずっと読書猫を見つめている。
「気に入った?」
「はい、可愛いです。カイは…それですか?」
マグカップを持ったままだった。何の柄もない、色がついただけのものだが、丁度いいサイズだとは思っていた。家にはまだ揃えていない物もあったのだ。
「こういう所に入ったのは、初めてなんです。本当に色々あるんですね…」
「どうせなら、全部揃える?六匹分」
「いえ、そんな…」
確かに、似ているコは他にも居るが、置き場所がない。けれど、カイの表情は思っていたより真剣だった。視線は棚の猫たちをなぞっている
あ、コイツ棚買いする気だ。…と、仲間二人ならすぐ察しただろう。それには気付かないファスだが、不穏な空気は感じ取ったか、慌ててカイを止めた。
「そうだ、あの、買わせてくれませんか?今日のお礼に」
カイの手からマグカップを受け取る。こうして安心して街中を歩けるのは、彼が居てくれるお陰。
うららには買ってもらえと言われたが、逆でも思い出になるのではと、精一杯考えた結果だ。
でも、とファスは棚のものと見比べ、赤色を選んだ。こっちの方が似合う気がしたからである。そのまま会計に向かうが、がしりと止められる。言わずもがな、カイだった。
「俺が払う」
「え、」
「そっち、猫は俺が出すから、ファス、それ頼む」
有無を言わさず、カイはさっさと猫を奪い先に行ってしまった。慌てたファスだが、店内で騒ぐのはよろしくない。大人しく会計を終え、二人は店を出た。
「本当に、いいんですか?」
「勿論。これ、ありがとな。大事にする」
「……、俺も、大事にします」
「割ったら俺の命で償うから」
「…?!やめて下さい?!」
真顔で重い事を口走るカイに、度肝抜かれた。
形あるものは、いつか壊れる。そして、いつかは必ず来る。
「つ、償うとか、言わないで下さい…、大事にしてくれれば、その気持ちで嬉しいですから」
「冗談だって。それより、色変えたのは何で?」
「あ…、そっちの方が、カイに似合うかなって、思いまして…」
照れたように、はにかむファス。
「…俺も、カイに負けないくらい、大事にしますね」
……後日、うららにこれでもかという程の大量の菓子が贈られた。無論、贈り主はカイである。
ファスへの感情が爆発しそうになったSランクは、必要無いものの爆買いで、なんとか安定を保ったらしい。
うっひょおぉぉぉい!と喜ぶ妹分の姿を眺め、あいつよっぽど嬉しかったんだな、と頷くトオヤが居た。
猫は、赤いマフラーを巻いたまま、ずっと本を読んでいる。
何を読んでいるのか気になって覗き込むが、丁度前足に隠されて見えない。ならばと背後に回してみるが、頭でこれまた見えない。中々絶妙な作りだ。
ファスがくれたお土産は、いつでも見られるようにテーブルの真ん中に置いている。
いつもは本やお皿だったりしたので、この手のモノは珍しい。パクは喉を鳴らしながら眺める。しらゆきも気に入ったらしく、並んで眺めていた。
どんなモノでも、ファスが選んでくれたのだ。それが嬉しい。
向かい側ではソラも興味津々と、猫の足元に咲く花を見て、図鑑をめくる。同じものはないかと探しているのだろう。
「はい、お茶入ったよ。みんな、気に入ってくれたんだね」
笑顔のファスに、昨日は楽しかったのだな、と分かる。
楽しませてくれたカイには、感謝している。こうしてどんどん人と交流して、恐怖心も和らいで、…いずれ、人の街がいいと、ファスは思うようになるかもしれない。
「にぃ」
パクはちょん、とつついた。猫は平気な顔で、読み続けている。
こんな風に、見送れるだろうか。さよならと言われたら、平気な顔でいられるだろうか。
「…よいしょ。……やっぱり、あったかい」
「にゃー?にゃあぁ」
あったかいのは、ファスの方だ。パクは抱っこされ、膝の上に乗る。
「昨日は、留守番ありがとう。カイにお礼が出来たし、色々見れて、楽しかった」
だけど、とみんなを見渡すファスの目は、優しい。
「やっぱり、パクたちと居ると安心する…」
「!」
パクは耳をピンと立てる。みんなもだ。みんなも、同じ事を考えていたのだ。
でもファスは、一緒に居たいと思ってくれている。家族なのだと。
それが、ぽわぽわからも伝わってくる。ファスは、変わらずに居てくれるのだ。
パクたちは、ぎゅぎゅっと集まりすり寄った。
「…いつか、みんなで出掛けられるといいな……」
何にも怯えず、安心してみんなと街へ行けたら、どんなにいいだろう。
そんな事を夢見て、一人と六匹は仲良くベッドに潜り込んだ。
美形よりモフモフ派のファスさん




