2.
薬草の名前と効能は、本物からちょいと拝借して創作しております。
「あ、あったよパク」
「にゃあ!」
「…本当だ。あそこもう綿毛になってる。少し貰おうか」
魔猫とファスの生活は、10年経った今でも続いている。
小さかった背は伸び、17歳になった。家事は彼が一手に引き受けている。小屋はあちこち直しつつ、見た目は古くとも中は立派だ。
埃だらけだった床や家財はすっかり綺麗にされ、壊れた部分は丁寧に修繕され今も現役。少ししかなかった本は、棚にズラリと並ぶ。寝床には毛布が敷かれ、いつ行っても快適。
少しずつだが、それをやってのけたのはファスだった。
魔猫たちに助けられたファスは、あれから恩返しの為安心快適な巣作りに奔走していたのだ。
名前もついた。
パク、しらゆき、はやて、ダイチ、オネムの五匹である。
パクは、ごはんを沢山パクパク食べてくれるから。
しらゆきは、真っ白な毛皮が雪みたいにきれいだから。
はやては、びゅんびゅん風みたいに速く走るから。
ダイチは、あったかい大地の色の毛皮だから。
オネムは、お昼寝が大好きだから。
そのまま過ぎるかなぁと思ったが、気に入ってくれているらしい。呼べば返事をしてくれる。
「にゃっ!にゃにゃっ!」
パクは器用に袋を振り、綿毛を採っている。
こういう事は、普通の猫はしない。見た目では判別がつかないほど、魔猫は猫そのものだ。
「にゃー!」
「やった!いっぱいとれたね!」
そよそよと風が吹き始めた頃、一人と一匹は大きく膨らんだ袋を抱えていた。いつもはこの半分だ。
中身が飛ばないように口を閉め、今度は土を掘り始める。
ここは、パクたちが見つけた薬草群生地。
魔物から逃げ隠れする日々は怪我が絶えず、毎日のようにお世話になっている場所である。しかし不思議な事に、ここで人間に会ったことがない。子供の頃から、一度も。
パクたちは、秘密の場所だから、としか教えてくれない。
でもそのほうがいいのかも、とファスは思う。広まってしまえば、あっという間に採りつくされてしまう可能性がある。
パクが丁寧に、そっと根っこを切らないように採る。ポポワタゲという薬草だ。
乾燥させて根の部分を煎じると、熱冷ましになる。綿毛はお湯につけて一纏めにし、糸にして編むと柔らかな布になるのだ。
ただ、綿毛はすぐ風に乗って飛んでいってしまうので、タイミングを逃すと採れない。
「今日はこれまでにしようか。お礼のお供えして、帰ろう」
「にぃ」
ふたりは一際大きな木の前に行く。何時からここに居たのか、佇む姿は神々しくもある。
まるで守り神のように感じたファス、行きと帰りのお祈りは欠かさない。根元にそっと、今日のお供えを置く。昨日のお供えは…空になっていた。ファスは皿を丁寧にくるんで鞄にいれる。
「……今日も、ありがとうございます」
「にゃにゃ、にゃあおう」
「……明日は何にしようかな。そうだ、綿毛でハンカチはどうかなぁ」
「に……、にゃあにゃ、にぃ」
「やっぱり、食べ物のほうがいいの?じゃあ…」
袋を抱えると、悩みながら群生地を後にする。
ファスと五匹の生計は薬草であった。ずっと助けられてきたし、知識もある。自然と薬作りが日課となり。……ファスは知らぬ所だが、『知恵猫』という異名があるほど、知識に貪欲な魔猫なのだ。古本を読み漁り、薬草学をマスターしたパクたち。喜々と薬作りに励んでいる。
それがよく効くと中々の評判で、有難いことに充分に生活できていた。
売りに行くのはファスの役目。量を増やして欲しいと頼まれる時もあるが、パクたちに無理をさせたくないので断っている。けれど、世の中何があるか分からない。有事の際はすぐ出せるよう、少しづつ備蓄はしている。
魔物が居るこの世では、絶対安全はないのだ。危険なのは、魔物だけではないのだけれど。
ぐすぐすと泣く妹に、兄はぎゅうと手を握ってやる。泣きたいのは、自分もだ。
森の中、兄妹は走って行ってしまった冒険者たちを待つ。
小遣いにつられるんじゃなかった。妹をこんな不安にさせるなんて、しかも怪我まで。
「…すわろ。あし、いたいだろ」
「……うん」
兄妹は此処から程近い村に住んでいる。この森はよく来るので、庭みたいなもの。それでも両親や大人がいてこそだ。全くの二人きりなんて、無かった。
魔物が出るから、子供だけで行くなとあれほど言われていたというのに。
守ってくれる大人がいないと、こんなに不安になる場所だったなんて。
じわりと視界が歪んだのに気付き、慌てて腕で拭う。自分まで泣いてしまったら、妹がもっと不安になってしまう。
「だいじょうぶ。あの人たちがもどってくるまでだからな、もうすこしがんばろうな」
黙って頷く妹に、下手くそな笑顔を向け薬草を探す。ともかく、怪我を何とかしてやらねば。
がさ、と奥の繁みが動く。パキリと枝を踏む音。
兄妹は息を止め、何かが居る、奥を凝視する。
音は、此方を窺うように止まり……近付いてきた。
「……!」
慌てて妹を背に隠す。体が上手く動かない。音はどんどん近付いてくる。
兄妹は互いにしがみつき、目を瞑った。
「……、あれ、…君たち、どうしたの?」
人の声。
そろと目を開けると、黒髪の、紅い目の人が立っていた。
「あ、……、」
「…、怪我してる。ちょっと待ってね」
「に、兄ちゃん、だれ?」
「……俺は、薬草探しで此処に来たんだ。薬作りしてるから」
「やくしさん?」
「……はい、出来たよ。痛くない?」
「はやっ!!?」
妹の膝にはもう包帯まで巻かれ、完了していた。泣きべそ顔だった妹も二度見している。
黒髪のお兄さんは、手早く片付け周りを見渡す。
「君たちだけ?」
「……ぼうけんしゃの、人たちをあんないしてきたんだ。ふなれで、やくそうのばしょもわからないって…。でも、採るのにむちゅうになって…おれたちおいてかれて…」
「……そうだったの。お手伝い、えらいね」
なでなで。
お兄さんに頭を撫でられて、ゆっくり、落ち着いてくる。
「その人たちなら、あの…向こうにいたよ。居ないって探してるみたいだったから、きっと君たちだね。………うん、今なら呼んでも大丈夫。魔物は近くに居ないから」
「ほ、ほんと?」
こくりと頷くお兄さんを信用して、すう、と大きく息を吸った。
「おいてくんじゃねーよこのしょきゅうぼうけんしゃどもがぁぁぁぁ!!!!いもーとけがしちまったじゃねーかふざけんなよもどってこいやぁぁぁ!!!!」
「おにーちゃんがおこった!」
「さがしかたもわっかんねーどしろうとがはしりまわんじゃねーーーーよ!!!!やくそうふみあらしてたらただじゃおかねーからなぁぁぁぁぁ??!!!!!」
「おにーちゃんがおこった!」
………兄妹の前にはひたすら頭を下げる初級冒険者たち。
案内を頼んだのに置いていき、更には採り方も雑だった為、大切に扱えと怒られている最中。
薬草は村でも世話になっている。荒らされて困るのは村の者たちだ。
「あれ、おにーちゃん、あのひといない…」
「え…、ホントだ、いっちゃったのかな」
「え?俺ら誰も見なかったけど?」
「え?やだホラー系?やめてよ?」
「あ?またこれてめぇら……」
「この子がこわい」
この後、心配していた親たちにも怒られ、森であった黒髪のお兄さんのことは兄妹の秘密になった。
手当してくれた事は、今でも感謝している。
不甲斐ない自分>>勝手な冒険者たち お兄ちゃんぶち切れました。