15.時々、倉庫荒らし
パクたちが、じぃと倉庫を見ている。
小さな倉庫には、薬草や日持ちのする食糧を置いている。けれども時折、ネズミが入ってきたりするので気が抜けない。それらの撃退はパクたちの仕事だ。皆で頑張って集めたモノを、横から掠め取るなど許し難い。
見た目は猫でも立派な魔物、獣なぞに遅れは取らない。逃がすものかと全員臨戦態勢だ。
鋭く、目が光る。
「なおぉぉう!!」
パクの一鳴きを合図に、倉庫に突撃した。
「…あの、本当にいいんですか?もらい過ぎじゃ……」
「査定では問題無しですよ。どの薬も見事な出来栄えです!薬師じゃないのが勿体無い…。ファスさん、薬師になる気はありませんか?」
にこやかな受付嬢から勧誘を受けるが、自分一人で作ったものではない。ファスは丁寧に断った。
此処は薬草や薬を専門に扱うギルド、薬師ギルドだ。
今までは商人ギルドへ売りに行っていたので、耳にしたのも来たのも初めて。ファスは棚に並んだ様々な薬を見回した。薬草だけでなく薬の出来も良ければ、薬師でなくとも買い取ってくれるのだが、物が物なので査定は他のギルドより厳しく徹底されているという。
間違って毒でも入り込もうものなら、責任重大だからだ。
「以前は、この半分の値段だったんですけど、」
「なっっ?!…こんないいモノを半値で?!全く見る目がない!!」
「す、すみません…」
「あ、あなたに言ったワケじゃありませんよ?!……薬師ギルドはまだ認知度が低くて、腕のいい人達はいるんですが数が少なくてですね…此処、王都みたいな大きい所にしかないんです」
知識の無い者には任せられない。なので、ギルドも少ない。
多くが存在に気付かず、商人ギルドの方に行ってしまうという。
「…俺も、此処で初めて知りました」
「是非に、広めてください。ところで、ファスさんは近くにお住まいですか?今後も持ってきてくれるなら大歓迎ですよ」
「あ、はい。あまり沢山は作れませんが、こちらこそお願いします。こんなに褒めてくれたのは此処が初めてで…、ありがとうございます」
パクたちの頑張りが認められたのだ、こんなに嬉しい事はない。ファスは自然と微笑んだ。
「にゃっっ!」
倉庫はいつも綺麗にされている。種類ごとに分け、カゴに入れて並べて、どこに何があるかすぐ分かるようにしているのだ。それを荒らすなぞ、とんでもない。
しらゆきやはやては器用に避けるものの、相手は気に掛ける余裕すらない。どん、とぶつかり、棚から落とす。ダイチとオネムが慌てて動いた。
ずささ、と背を床にして、ダイチがお腹でカゴをキャッチ。飛び出た薬草を、オネムが素早く回収、二匹は取りこぼす事なく死守した。
しらゆきが目を吊り上げ、相手をばしんと猫パンチ。浅かったが、怯ませるには充分であったらしい。動きが鈍ったのを見逃さず、パクとはやてで押さえつけた。苦しそうな声が上がる。
しかししかし、倉庫を荒らした罪は重いのだ。
パクたちのお陰で懐が温かい。お土産を、とファスは古本屋を探す。
王都は広く、今までと比べ物にならない程、人が多い。慣れていないせいか早々に疲れた為、道の端に寄り一息つく。見回しても人波ばかりで、見付けられる自信がない。
これは誰かに訊いた方が早いかも、そう思うが皆足早に歩き、隅に居るファスに気付かないようで、何度かぶつかられる。
慌てて壁と同化してしまったファスの視界に、鮮やかな色が過る。
「……あ、」
カイだ。
人波を挟んだ向こう側。思わず目を凝らす。
トオヤとうららはおらず、知り合いであろう女性達と話していた。格好からして、同業者だろう。
仕事なのかもしれない、邪魔をしてはダメだ。
ファスはその場をそっと離れた。道沿いには多くの店が並んでいるのだ、歩いていけばきっと見つかる筈。周りにつられ、少し早足に進んでいると、腕を引っ張られた。
こんな所で転んだら踏まれてしまう、と思わず目をつむったファスだが……、一向に身体は倒れない。何かに支えられている気がする、と目を開ければ、
「…え、…?」
「悪い、痛くなかったか?」
カイだった。
いつの間に追い付かれたのだろう、割と離れていたのに。
「来てたのか、言ってくれれば迎えに行ったのに」
「あ、はい…薬を売りに…。カイは…仕事なのでは」
「今は依頼はないんだ。だからファスんとこ行こうと思ってたけど、会えて良かった。すれ違いになるとこだったな。もう帰る?」
笑顔のカイにつられて答えていたが、身を預けたままだとようやく気付き、礼を言い離れる。
彼の後ろを見るが、話していた女性達はいない。親しげだったが、よかったのだろうか。見上げたカイは、何だか機嫌がいい。
「ファス?」
「いえ、…お土産を、古本屋を探してたんです」
「あぁ、それならこっち。向こうの通りだ」
流石、カイは慣れているようで、人波もなんのそのと歩いていく。
しっかり手を握ってくれていなくては、すぐにはぐれてしまっていただろう。ファスは離されないよう、握り返した。
今回の相手は油断できないぞ。
捕獲した倉庫荒らしを見張る。時折もぞもぞと動くが、逃げ出す素振りはない。いや、必要がないのかもしれない。
「なぉう」
「ぶにゃ」
周囲を探っていた、はやてとダイチが無事戻ってきた。今の所異常は無く、いつもと変わりはないらしい。
ファスの留守中にこんな事になるなんて、とパクはじろりと睨む。倉庫荒らしはびくりと跳ね、縮込まった。嘘、口から出任せを言っているなら、必ずどこかでボロを出す筈だ。
五匹は目を光らせ、震える倉庫荒らしに詰め寄った。
「ありがとうございます、きっとパクたちも喜びます」
ファスは無事手に入れた植物図鑑を抱え直した。
案内された古本屋は広く、図書館と言っても差し支えない程の品揃え。楽しくなり、ついつい全ての棚を見て回り、カイを随分待たせてしまった。
「ごめんなさい、つまらなくなかったですか…?」
「全然。よかったな、いいもの見つかって。次は俺のに付き合ってくれる?」
それは勿論。ファスはすぐ頷いたが、再び手を取られ首を傾げる。
今は人も落ち着き、歩きやすくなっている。平気だと告げても、道が複雑だからと離さない。そのまま移動となり、二人は小さな道具屋に。様々なものがあり、見ているだけでも充分楽しめる。主に装飾品だが、薬草や傷薬も取り扱っているらしい。カイの用事はまだあるようで、次はこっち次はあっちと慣れたものだ。店によっては、値段も質も変わるのだとか。冒険者は準備が肝心、ここを怠れば命に関わるやもしれないのだ。
「疲れただろ?慣れてないのに、悪い」
「……いえ、色々見れて楽しかったです。こういう所に入ったのも、初めて…」
ファスは一人なら決して入らない、喫茶店を見回した。メニューを見ても、どんなものか分からないので任せる事にする。
「俺も滅多に…ファス、甘いの平気だったよな?」
頷くと、カイは店員に何やら告げメニューも渡す。対応する女性の頬が赤いのに気付き、今日は本当に機嫌がいい、柔らかい笑顔の彼を眺めた。
「…何か、いい事あったんですか?」
「ん?まぁね。意外なトコでファスと会えたし」
「お陰で、助かりました。これから出入りするなら、慣れないと…。でも人がこんなに多いなんて、驚きました」
薬師ギルドでの事を話すと、カイも喜んでくれた。優しい人だな、とファスも笑う。
「…相変わらず量は少ないですけど、でもパクたちが頑張ったのを褒めてくれたのが嬉しくて、それに…」
気付けばいつも以上に喋っていた。頼んだものがやってくるまで。
自分が思っていたよりも、喜んでいたようだ。急に気恥ずかしくなり下を向いた。正面に座るカイは笑っている。
「……ご、ごめんなさい、俺ばかり喋って…」
「すげー嬉しかったんだなって、それがよーく分かった。珍しいトコ見れたから俺も嬉しい」
「…た、食べてもいいですかっ」
「あぁ、ここのケーキウマいって、前にうららが言ってたんだ。ファスも気に入るといいけどな」
優しく見られると更に恥ずかしい。ファスは落ち着く為、ケーキを口に入れる。
長方形の皿には、小ぶりのケーキがちょこんと並んでいる。色んな味を楽しめるようだ。食べている内に夢中になる。
これだけ作れたら、パクたち喜ぶだろうな、と考えながら。
倉庫荒らしは本当の事を言っているようだ。
何度訊いても答えが変わらない。パクたちは、さてどうしようと話し合う。結論を出すのは、ファスと相談してからだ。ならば戻ってくるまでやる事は…、
「にぃに、」
「にゃぁう、にゃ」
大捕り物をしたせいで散らかしてしまった巣を、片付けなくては。
そしてそれは、コイツにもやらせるのだ。散らかした本人が片付ける、それがこの巣のルールである。妙な考えは起こすなよ、とキツク言い含め、拘束を解いてやる。
ホッとした様子の倉庫荒らしは起き上がり、頭を下げた。逃げる素振りもない。反省はしたようだが、まだ信用するわけにはいかないのだ。五匹の目は若干光っている。
半ば脅しながら、片付けを促し、それぞれ手本を見せながら動く。
倉庫荒らしは必死に見て、同じように動き始めた。
すっかり遅くなってしまった。
早足で急ぐファスに合わせ、カイも歩く。夕方になってしまったので、護衛も兼ねてだ。
魔物は少なく、出たとしても大した事はない王都周辺だが、だからと言ってそのままサヨナラする訳がない。警戒するに越した事はないのだ。
…という建前は置いといて。カイはニヤけそうになる口元を隠す。
まさか会えるとは思ってもみなかった。ファスが王都に出て来る事はないだろうと、思い込んでいたからだ。薬を売りに来たと聞き、それもそうかと気付いた。必要な物を買いに来る事もあるに決まっている。そして当然、一人だ。
人の多さに圧倒され、隅に立ち竦んでいたファスを見付けた時は、正直驚いたが逃がす訳にはいかない。不安気だった表情が安堵に変わったのを目にし、信用されていると分かり嬉しくなる。つい、あちこち連れ回してしまったが、楽しんでくれたようだ。機会があれば、二人で王都を見て回りたい。
「なぁファス、これから来る時は俺に言ってくれよ。案内するからさ」
「え、でも…」
「一人でウロウロすんのも味気ないし、ファスさえよければ。気分転換にもなると思うんだ」
澄んだ紅い目が丸くなる。
初めて見た時も思ったが、綺麗な目だ。ずっと見ていたいと思ってしまう。
柔く笑って、お願いしますと頭を下げるファスも喜んでいるようだ。脈アリか、と勘違いしそうになる自分に内心でセルフツッコミ。
ファスは…、鈍感なのだ。いや、これは極めている。鈍感の中の鈍感、超絶鈍感だ。付き合って下さい。何処へですか?…は、基本中の基本。どんな育て方しやがった魔猫共め、最早ラスボスじゃねーか。
いや、パクたちにはどうしようも出来なかったのかもしれない、とカイは首を振る。…ともかく、此方が焦っては信用を失いかねない。慎重に、けれど確実に距離を詰めるのだ。側で控えている魔猫たちも、一筋縄ではいかないのだから。
決意を新たに頷くカイを、ファスは不思議そうに眺めていた。




