14.
「此方としては助かるから、いいんだけどね」
王都のギルマス、アレクは確認の印を押す。これで依頼は完了だ。
報酬は三日後になるよと言いながら顔を上げると、一人足りない。残されたAランク二人は、呆れ顔で閉まりかけの扉を見ていた。Sランクはさっさと出て行ったようである。
勇者に最も近いとされる男はいつもこうだ。此処、王都を拠点としてくれたのは有難いが、話を最後まで聞かない。行きは聞く。帰りは聞かないのだ。
日頃から、クセの強い冒険者共を相手にしているアレク。これぐらいなら優しいもんだと特に気にせず、大事な内容は残った二人に伝言している。
「カイ君はいつもああだね。何かあるの?もしかしていい人が居るとか」
「うぅーん……、居るような居ないような…」
歯切れの悪いうららに、肩を竦めるだけのトオヤ。
彼等はプライベートの話は余りしない。組んでいるのだから、多少なりともお互いを知っているだろうが、それを勝手に他人に喋ることはまず無い。口の堅さは信用できるからこそ、Sランクも組むことにしたのだろう。アレクとて、根掘り葉掘り訊く気はないので、話を変える。
「ところで、何で此処を拠点に?あぁいや、高ランク依頼が片付くから、勿論有難いよ。でもてっきり、あちこち旅を続けるもんだと思ってたからねぇ」
「…依頼に困る事は無い、と言ってましたね。俺も特にこだわりがある訳ではなかったので」
「私は助かったよ、離れられないもん。このまま組めずに外されたらどうしようって思ってたし」
うららには王都を離れられない理由がある。成程、彼女の為かな?とアレクは頷いた。人は素直に理由を言わない時があるものだ。
「改めて、お疲れ様。今の所急ぎの依頼はないから、しばらくは身体を休めてね。報酬はさっき言った通り三日後、忘れず取りに来るようにね」
二人は安堵の息を吐いた。何件か続いたので、彼等が戻ってきたのは五ヶ月振りだ。まだ続くなら苦情を申し立てる所であった。
ギルドを出たうららは、思い切り伸びをする。
「カイの気持ちも分からなくはないよね、私もパクちゃん達に会いたいし、おいしいご飯も食べたい!」
「確かに…。こう疲れているとおかゆが食べたくなるな」
元より行く気であった二人は、カイの後を追うように外へと向かった。
季節は再び、秋を迎えた時である。
はやては木登りが得意だ。五匹の中で一番早く登れる。
なので、柿の木から実を落とすのは、はやての役目なのだ。見守るファスを安心させる為にも、枝をくぐり慎重に歩く。目の前には、朱い実。
前に見付けた時より、少し黒ずんでいる。つん、と突いてみるが、硬さはそこまで変わりはない。
下を見ると、パクたちが布を広げて待っている。すぱ、と枝を少し残す形で切り落とす。歓声が上がった。はやては近くにある実を、すぱすぱ調子よく切っていく。
下に目を遣れば、布の上は朱でいっぱいだ。
「はやて、もういいよ、ありがとう」
「にゃっ」
降りる時も慎重に、けれど素早く。
無事に着地したはやては、笑顔で出迎えられた。温かい手で撫でられると、心もぽわぽわだ。
それにしても少し前まで綺麗だった皮が、今は点々と黒くなっていて見た目は余り良くない。しかしファスが言うには、これが甘い印なのだ。
「中には渋いままなのもあるけどね…、ちょっと待って……」
携帯用のナイフで皮を取り、小さく切ると口に入れる。甘い、とにこりと笑ったファスは、一口分をはやての前に。ファスがくれるものは大丈夫。はやてはぱくりと食いついた。丁度いい硬さと甘さが広がり、思わずゴロゴロ。
それを見ていたパクたちもねだる。ゴロゴロ大合唱だ。
渋い実がこんなに甘く変化するなんて、感動モノである。
「これは…熟れてるね、これも。ジャムにしたら、大丈夫かな…」
ジャム。あれは甘くておいしい、冬の間の楽しみだ。もっと獲ろうかと五匹は見上げるが、欲張ってはダメだ。自然の恵みは、自分たちだけのものではないのだから。それに、ファスが持つカゴはもういっぱい。
「にゃあ」
「そうだね、戻ろうか。沢山獲れたから、今年の冬も大丈夫だよ」
毎年この時期は、薬草も採れなくなるので冬ごもりの準備に充てている。本格的な冬になれば、一人と五匹で巣でゆっくり過ごすのだが。
去年から少し変化し、お客が来るようになった。客…と呼べるかは疑問視しているパクたちだ。
「なぅ」
人間が居る。
はやては耳を動かし、気配を探る。しばらく忙しなく動かしていたが……、だらん、と尻尾を下げた。それは脱力したようにも見える。誰が来たか、すぐに分かった。
パクたちは、あいつが来たよ、とファスを見上げた。
「……その反応、もしかしてカイ?」
パクたちは頷いた。
「みんな、カイの事苦手?いつもそんな感じだけど…」
パクたちは首を横に振った。
苦手ではないし、嫌いという訳でもない。悪い人間じゃないとも分かっている。
ただ、
「待たせると悪いし、急ごう」
首を傾げつつも立ち上がるファスに、パクたちも続く。
……ファスは全然気付いていないが、カイはパクたちが気付く程、あからさまに好意をアピールしている。パクたちはファスが大好きで、離れる気はないし、ファスもそう思ってくれている。なので優先度が高いのだ。そんな時だ、あの男から嫉妬の目を向けられるのは。
今後、どう動くかは分からない。何はともあれ、ファスの気持ち次第。パクたちは余計な事はせず、只の猫のフリをするのみだ。
でも、
「ファースぅぅぅぅぅぅ!!」
遠目からでも分かるだらしない顔に、げんなりするのは許してくれてもいいだろう。
カイと会うのは五ヶ月振りだろうか。
依頼が立て続けに舞い込んで、中々戻れなかったらしい。Sランク冒険者というのは、何かと頼られるのだろう。会いたかったと手を握ってくるカイを労いつつ、それも彼の人望あってこそなのだろうとファスは思う。自分にできるのは、疲れているであろう友人達を少しでも癒す事だ。
小さな台所にて、トオヤ希望のおかゆを作る。
まずは薬草を刻んで、ヒスイの実は半分に、芋と栗は気持ち大きめに切り、米と一緒に煮込む。生米からだと時間が掛かるので、今日は炊いておいたものを使う。くつくつといい感じに煮えたら、味を見て塩を足す。
なんでお前らまでいいじゃんカイばっかズルいよ疲れている時は旨いものを食べたいだろう自分で作れや私もおいしいの食べて癒されたいもん俺も癒されたいんだよ二人きりであの味は俺には出せない云々……。と、後ろでは小声の争いが起こっているが、集中しているファスには届いていない。代わりにパクたちが、何やってんだと眺めている。
「…どうかな?」
「ぶにぃ」
味見役のダイチ、満足気に小皿をなめている。
他のおかずを作る間に食べててもらおう、と深皿によそい三人の元へ。
「先にこれをどうぞ、熱いので気を付けて下さいね」
「わー!いい匂い!」
「ありがとう。旅先じゃ、やたら濃くてこってりしたものが続いてな…」
トオヤの胃はお疲れのようだ。
ダイチからはいい評価を貰えたが、どうだろうか。ハラハラ見るファスを他所に、三人は喜々と口に運ぶ。
「うまぁ…」
「ホクホクでおいしー!これお芋、あ、栗!」
「…やっぱりお前達も疲れてたんじゃないか」
あれくらいで?大した事なかったじゃん、と、からかわれていたトオヤはジト目だ。文句を言いつつ手は止めない。
三人の様子に安堵すると、ファスは戻っておかず作り。おかゆに合うものがいいだろうと、根菜の煮物やスープをてきぱきと作っていく。パクたちは味見係だ。
「豆と…、」
その姿を見られているとは気付かず、ファスは手を動かしている。
「ねぇ、トオヤのごはんもおいしいけど、ファスさんのも味付けが違っておいしいよね」
「そうだな。薬草を使っているようだから、身体にもいい」
「私ね、ファスさんのごはん食べるようになってから、何だか調子がいいんだ!元気でる!」
うららは肌の調子もいいと、自分の頬を撫でた。
カイもそうだが、彼女も少々偏食気味だ。ファスが作るものはパクたちの体調を思っての事なのだろう。味付けも凝った事はせず、素材の旨味を使っていた。だから、優しさすら感じる。
旨いか不味いかは、二人が残さず食べている様子でよく分かるだろう。
出来上がった料理が運ばれてくる。三人は暫し、食べる事に集中した。
「俺が言うのもなんだけど、少し休めよファス」
「はい、お茶入れてから…」
デザートのジャムを幸せそうに頬張るうららと、にゃあにゃあ歓声を上げるパクたち。柿のジャムは口に合ったようだ。
ファスは忙しく立ち働いていたが、終始笑顔で嬉しそうだ。おいしいと言ってもらえる事が、何よりの原動力なのだろう。
「ありがとな、すげーうまかった」
「こちらこそ、沢山食べてくれて嬉しいです」
微笑むファスを眺め、カイも笑う。随分と気の抜けた笑顔だ。
この場所が彼にとって唯一、年相応に居られるのだろう。今はSランク冒険者ではなく、好きな人の前で照れる、一人の男だ。
トオヤは邪魔しないよう、静かにお茶を飲み、薬草学の本を読む。
大分肌寒くなってきた今日この頃、冬が来るのも間近だろう。
本来ならばファスとパクたちは、雪の少ない土地へ移動するが、今年は一年中同じ場所。
王都の裏手にある山。そこには結界があるので、魔物はほとんど出ない。人の出入りも余り無く、手が付けられていない荒れた山であった。
けれどファスやパクたちにとっては恵みの山だった。
結界に近付き過ぎては危ないので、離れた場所に巣を転移。それから毎日少しずつ歩き回り、位置や場所を覚えた。冬は多少雪が降るものの、動けなくなる程ではない。最適な場所であった。
引っ越しを考えたパクたちは、春から早速動いていたのだ。
それを聞いた三人…主にカイとうららだが、条件をファスから聞き出し、なんとか近くに居てもらう為、地図を引っ張り出し長時間にらめっこ。そうして候補に挙がったのが王都裏山。
最初は人が多過ぎると難色を示していたパクたちだったが、恵みだらけであり、手を付けられていないなら、珍しい薬草があるかもしれないと考えを改め引っ越し決定。
カイとうららが見えないようにガッツポーズを決めていたのは、トオヤだけが知っている。
「二人はもう、王都には慣れましたか?」
カイが王都を拠点としたのは、当然の流れだ。と同時に、この二人がいれば十分だと釘を刺しておいたので、以前のような騒ぎは起きていない。
アレクはギルマスとしての仕事で手一杯らしく、元より箔が付くなどと考えるまでに至っていないようだ。やっと高ランク依頼を片付けられると泣いただけである。
「まだロクに見回ってなくてな。しばらく休みだから、その間に散策するつもりだ」
教会暮らしのうららはともかく、男二人はアパート暮らし。
住んでいるとは言い難い、今の状況では果たして家と呼べるのか、微妙な所だ。けれど三人は満足している。此処に戻れば、おいしいご飯とモフモフな癒しがあると分かっているのだから。
「ファスさんて…すごいよね。ご飯作って、薬も作って、こんなにキレイに保ってるのって、普段から頑張ってるって事だもん、私尊敬しちゃう」
いつ来ても整然と片付いている巣を見回すうららに、ファスは一瞬目を丸くしたが、パクたちが手伝ってくれるお陰なのだと微笑んだ。
自分たちの巣なのだから、と全て任せたりせず積極的に動いてくれるという。
「あの小さいほうきとちり取りは、パクたちのなんです」
三人は、遊びに使っているとばかり考えていた。思わず五匹を無言で眺める。
いくら賢いとはいえ、家事までやる魔猫はこの五匹以外居ないだろう。恐らくファスの姿を見ていたから、動いたに違いない。子は親の背中を見て育つ、というが……。
「子育てもできるって…。ファス、嫁に来て下さい」
「俺は…男ですよ?」
「いや関係ない。ファスに限っては。ファスはファス、もう性別が“ファス”でいいと思う」
「よくねぇよ」
おかしな事を言い始めたカイを、とりあえず殴るトオヤ。ファスは意味がよく分からないようで、首を傾げている。
うららはパクたちが呆れた目で見ているのに気付き、声を潜めた。
「…ねぇ、もしかして気付いてる?」
耳をぴくりと動かし、五匹は揃って頷く。あのあからさま具合だ、気付かないのは相当の鈍感であろう。例えば、
「ファスさんは気付いてないねぇ……」
そう。ファスは全くなのだ。今の所、カイの猛攻を全てするりと躱している。周囲が騒ぐ程の美形が急接近しようとも、動じていない。
「パクちゃん、協力なんかは……、うん、しないよね」
間髪入れずの首フリフリに、うららは苦笑い。
パクたちでは、恋だの愛だのを教えるのは無理だろう。それにファスは、人を恐がっている所がある。
子供の頃に、そうなる何かがあった。孤児院に来る子らにもそういう子が居るので、うららはすぐ分かった。
根掘り葉掘りと訊く無神経な真似はしない。唯、人を好きになるには時間が掛かるし難しいだろう。
幸いカイには悪い印象はなく、信頼を勝ち取れているようだが。
パクたちがじぃと見上げてきているのに気付き、うららは笑った。
「私はね、ゆっくり、ファスさんのペースでいいと思うんだ。カイの方は偶に焦ってるけど。どーんと構えてた方がいいのにねぇ」
カイとて気付いているだろうに。急がば回れ、なんて言葉もあるくらいなのだから。
無茶振りしそうな時は邪魔するから任せて!と胸を張るうららを見上げ、顔を見合わせ、
「にゃあぁ」
パクたちは感謝を込めて、すりすりモフモフ。
初めてのそれにうららは感動し、嬉し泣きのままモフモフ天国に旅立った。
…何度呼び掛けても、召されたままのうららを心配したファスからお泊りを提案され。カイはよくやったと親指を立て。トオヤは無言でその光景を眺めていた。




