13.時々、引っ越し
ぱちん。
小気味良い音が、小さな台所で鳴る。固い殻から出てきたのは、薄皮を付けたままの実。それはコロリと木皿に転がり落ちた。
「これで、最後…」
ファスは真剣な顔で、ぱちん、と割った。力加減を間違えると中身も潰れてしまうので、気を遣う作業だ。今年も無事に出し終えて、次は温めておいた小ぶりの鉄板を出す。そこに実を入れ、コロコロと転がす。熱で薄皮が剥がれ、色鮮やかなヒスイ色が姿を現した。
コロコロ役は魔猫たち。火傷しないよう、五匹はしっかり手袋をして転がしていた。
「にゃあぁぁ…!」
一つ転がすたびにパラパラ剥がれ、むっちりとした実が顔を出す。このまま口に入れて、もちもちの食感とほんのりとした甘味を堪能したいが、しらゆきの目が光っているような気がして、パクは大人しく転がし続ける。
次に傷があるもの、ないものと選り分ける。その役はしらゆきだ。
キレイなものが大好きな白猫は、秋に取れるヒスイ色の実を大層気に入っている。なので気合いも他の四匹とは違うのだ。しらゆきは厳しい目でチェックを入れていく。
「にゃん!」
「ありがとう。今年も綺麗だねぇ」
「にー!」
しらゆきの御眼鏡にかなったヒスイの実は、ファスに手渡される。
用意しておいた鍋に入れ、転がしながら軽く火を通すとそれぞれのお皿へ。
「はい、どうぞ」
全員二粒ずつ。待ってましたと飛びつく四匹はすぐ口に入れていたが、しらゆきはじっくり色味を堪能してから。
ゴロゴロ大合唱。良い味のようだ。残りは今日の夕飯に、と台所へ持って行く。
秋に収穫した食料は、冬越えの為の保存食になる。
この森を選んだのは、恵みが多いからだ。有難い事に、今まで困った事はない。
保存食も薬草も、充分にある。
「……」
でも、とファスはヒスイの実を眺めた。
パクたちはいつも喜んで食べてくれるが、毎回同じというのも。おいしく食べられる他の方法も探してみなくては。
「ぶにゃ?」
どうしようかと悩んでいると、気付いたダイチがやって来る。
「ぶにゃにゃ」
「ありがとう、大丈夫だよ」
手伝う、と尻尾を立ててくれたが、今日はもう充分だ。御礼も兼ねて優しく撫でた。
相変わらず外は寒いが、みんなとのんびり過ごすこの時期が、ファスは好きだ。暖かくて楽しい時間。
…ご飯に混ぜてみようかな。ファスはじぃ、とヒスイの実を見つめた。
俄かに騒がしくなり、歓声が上がる。
世が世なら勇者だったのではないかといわれる程の、凄腕冒険者の帰還である。その三人組の姿を一目見ようと、通りには人垣が。普段は静かで長閑な町だが、こんなに人が居たのかと驚く盛り上がり具合だ。
黄色い歓声が多いのは気のせいではないだろう。運良く目にした者らは、頬を赤く染めている。
その原因である三人組は、愛想振りまく事もせずさっさと通り抜け、ギルドへ入って行った。
「…はぁぁー…、疲れた」
うららは盛大に溜息を吐く。あれは明らかに、しなくていい気疲れだ。Sランクと組んだのだから、多少注目はされるだろうとは思っていたが、まさかここまでとは。
それもこれも、カイの容姿が整いすぎているせいだこの外見詐欺め。と、内心で文句を並べるうららだが、トオヤも彼女自身も決して見劣りはしていないのだ。それが人気に拍車を掛けているとは気付いていない。
「ゔー…、パクちゃんたちに会いたい。モフモフに癒されたい…」
「安易に動くなよ、うらら」
「分かってるよぉ」
通う内に少しずつ、本当に少しずつ仲良くなり。やっと、撫でるのを許してくれたのにこの仕打ち。
今日こそ立ち寄るつもりであったのに、数組の同業が何故かついてくる。大人数で挑む難しい依頼ではない。三人で事足りるというのに、見るのも経験になるからとギルマスが捻じ込んできたのだ。ここ最近そればかりで、真っ直ぐ行って帰るしかない。此処のギルマスは何を考えているのか。
隣に目を遣れば、トオヤも考え込んでいる。その向こうから、報告を終えたカイが戻ってくるのを見付け立ち上がった。ぐずぐずしていたらまた捕まってしまう。男達も分かっており、止まる事なくギルドを出た。
「拠点を変えた方がいい。このままだと、大所帯にされるぞ」
「えっ?!」
宿でのトオヤの開口一番に、カイはげんなり、うららは目を剝いた。
「ギルマスはSランクをこの町に捕まえておきたいんだろう。箔が付くしな。何故か、俺達がパーティ希望者を募ってるらしいと噂が流れてる」
「えっ、」
「此処が一番通いやすかったんだけどな…。クソ、余計な事しやがって」
此処を拠点にしているのは言わずもがな。カイはファスを大層慕っている。
時折泊まって、距離はゆっくりだが順調に詰めているらしい。けれどファスは魔猫と暮らしている。
ただ近いからという理由だけであったが、良くも悪くも目立つ彼が足繫く通えばバレる危険が。
しかも覚えのない噂のせいで、冒険者が集まりつつある。
「あ、あのさ、思ったんだけど、危なくないかなファスさん達。分かりにくい所にあるし目眩ましもしてるけど、見つかっちゃったら……!」
「…ありえるな。あの森にはあまり魔物は居ないが、暇を持て余した奴が行かないとも限らない」
偶に道迷い等で訪ねてくる事、ゼロではないそうな。頼まれれば薬を売りもする。流石にその時はファス一人で対応しているらしいが、勘が良い者が居れば気付かれるだろう。相手が下心ある者だったらどうなるか…。
「コロス」
「想像でそこまで怒れる人間が居るとはな。…だが、楽観視できないのは確かだ。どうする?俺は早い方がいいと思うが」
「今すぐ、即行で出るぞ」
戻ってきたばかりで、荷物はまだ片付けられてはいない。うららはもう背負っている。
「とりあえず一旦出て、日が落ちてから森に行こう!!」
パクたちは悩んでいた。
最近人間の数が増えているのだ。毎日パトロールしているのだから、すぐ分かる。
幸い巣はまだ知られていないが、時間の問題だ。
この森は恵みも多く気に入っていたのに、何故人の出入りが増えたのだろう。
「にゅう……」
「にー……」
特に萎れて居るのはしらゆきだ。此処にはヒスイの実が沢山あるが、他の土地に必ずあるとは限らない。もしかすると、今年限りかもしれないのだ。
そんなしらゆきを抱っこしながら、ファスも考える。
パクたちの安全が最優先なのは勿論だ。もしもの時の避難場所も決めている。
「にゃあむ?」
「ううん。魔法はダメだよ、逆に目立つと思うんだ。誰か来たら、俺が対応するから。パクたちは隠れて、何があっても出てきちゃダメ」
「なうぅ…」
「いつも通りにしてよう。その方が怪しまれずに済むと思う」
心配気なパクたちを、落ち着かせるように撫でていく。ファスとて不安はあるが、弱気を見せてしまったらいけない。
「もし、他の土地に行くことになっても、ヒスイの実はきっとあるよ、しらゆき」
「にゃう…?」
ほらこれ、とファスが取り出したは、鮮やかな扇形の葉。黄色いそれはヒスイの実の葉だ。これも綺麗なのでしらゆきは気に入っている。受け取ると、汚れ一つない葉にゴロゴロと喉を鳴らす。
「その葉っぱも木も、水分を多く含んでるから…火除けになるんだって。それと、あの匂い。魔物も嫌がって近付かないから、魔物除けにもなってるって聞いたことあるんだ」
「にぃぃ?」
確かに、ヒスイの実を取るのは苦労する。実を守る固い殻を、更に守るように外皮がついているのだが。それが恐ろしい匂いを放つのだ。あの激臭は、鼻がいいモノには耐えられないだろう。パクたちは酷く納得した。
今では慣れたものだが、ファスから食べれるよと教えられなければ、絶対に近付かなかった。人間の鼻ではそこまで感じ取れないのだろう、ファスは平気そうであった。しらゆきも、あのキレイな実の正体がアレだと知って酷い衝撃を受けたが、立ち直っている。
探せばまた、沢山ある場所に巣ごもり出来るかもしれない。元気になったしらゆきを撫で、ファスはご飯の準備だと立ち上がる。パクたちがいつでも万全であるように、できる事をするのだ。
「なーぅ」
はやての声に振り向けば、全員扉を見ている。誰か近付いて来ているのだ。夜も遅い。こんな時間に訪ねて来る者は今まで無かった。
ファスはパクたちを奥へと促し、控えめに叩かれる扉に近付く。
『…ファス、居るか?』
「…どなた、ですか」
『俺、俺だよ、カイ』
『私も居るよーっ、うらら、うららだよぉー』
ファスは首を傾げる。カイ達がこんな時間に来るだろうか。すぐに開けるのは憚られた。
『やはり疑われてるな。だから朝の方がいいと言ったんだ』
『ファス?!俺の声忘れた?!』
『だ、大丈夫だよファスさんっ!ホンモノだよサギじゃないよっ』
騒がしい。ファスはパクたちへ振り返った。ひょこりと顔を出し、全員呆れ顔で頷いている。それを確認し、そっと開けた。冷たい夜風と共に三人が入ってくる。
深く外套を被り、何だか物々しい。寒かったあぁ、とうららが最初に顔を出した。
「ありがと信じてくれて!危うく野宿だったよ…」
「…どうしたんですか?街に居る筈じゃ……」
「色々あってな。あのままだと厄介な事になると踏んで、出てきた」
「……、人が、増えた事と関係ありますか?」
気付いてたのか、とトオヤは頷く。ファスは外套を受け取り暖炉の近くに掛け、パクたちを呼んだ。
ぞろぞろと出てきた五匹にうららは手を振るが、警戒の目を向けられただけであった。
「ううぅ……!また一からやり直しだぁぁ…」
「悪い、ファス。こんな時間に驚いたよな」
申し訳なさそうなカイに、素直に頷く。
「…疑ってる?」
「いえ、大丈夫…」
「いやっ、ファス達がバレたとかそーいうんじゃねぇから安心してくれっ!」
「まぁそれも絶対とは言えないんだが」
「黙れやトオヤ」
「……あ、あの、どうぞ、座ってください。あったかいの、用意します」
とにもかくにも、三人は疲れている筈だ。話より先に、ファスはお茶の用意を始めた。




