12. 時々、ファスの思う事
友人ができるなんて、思いもしなかった。
寂しくはない。パクたちが居てくれて、毎日が楽しい。そして幸せだ。
だからこれ以上願う事はない。ずっとこうして、みんなと暮らせたらいい。
けれど、カイと会って。カイの仲間のトオヤとうららと知り合えて、みんないい人で。こんな出来損ないで、ダメな人間なのに仲良くしてくれる。
こんないい事だらけでいいのかと、不安になる。
親の顔は知らない。物心ついた時から孤児院にいた。
先生は優しかったけれど、そこは家じゃない。引き取られた先では、奴隷のような扱いだった。
朝早くから夜遅くまで働いて、言いつけられた仕事が少しでも遅れたら、眠る事すら許されず終わるまで働かされた。
人より物覚えが悪くて、要領も悪かったせいでよく怒られた。できないと殴られて。
そして、まっくろな髪と、真っ赤な瞳が気持ち悪いと怒鳴られ続けて、また殴られて蹴られて。
ここまで嫌悪されるのだから、自分は本当に気味が悪い顔なのだ。見られたら怒られる。そう思って、いつも下を向いて過ごしていた。代わりに耳を使って、周りを窺って。
自分なりに懸命に働いていたけれど、やっぱりどこかで失敗していたのだろう。毎日毎日、怒鳴られて、時には投げられて、叩きつけられた。ずっと体中が痛かった。
役立たず。出来損ない。気持ち悪い。お前が悪い。お前が余計な事をした。全部お前が、
何度も何度も、同じことを言われた。
がんばっても、がんばっても、こうして誰かを怒らせてしまう。本当に、出来損ないだ。でも、こんな自分を引き取ってくれたのだから、働かないと。そう思ってたけれど、ある日動けなくなった。
役立たずはいらない。その一言であっけなく捨てられた。
…今思うと、限界だったのだろう。
あそこでは誰も助けてくれなかった。都合よく、寄り添ってくれる人なんて居なかった。だから一人、小さくなって耐えるしかなかった。それしか思いつかなかった。
心の中はずっと悲鳴を上げていた。だれかたすけて、いたいのはもういやだ、たすけて、と。
助けてくれたのは、パクたちだった。
ほんの気紛れだったのかもしれない。
でも、巣に連れていってくれて、隠してくれた。あったかくなるように、ずっと側で丸まっていてくれた。薬草を取ってきて、手当てもしてくれた。パクたちは魔物なのに、あそこに居た人達よりも優しかった。気遣ってくれているのが、よく分かった。
もう、二度とあそこには戻らない。パクたちと居るんだ。
初めて、自分の意思で決めた。
パクたちにも、役立たずだと思われてはいけない。やれる事はやらなくては。
そう思って頑張ったけれど、やっぱり失敗も多かった。でもパクたちは怒らずに、一緒に手伝ってくれた。
どうして手伝ってくれるんだろう。言葉が分かるようになってきた時にそう訊いてみたら、パクたちは不思議そうに目をまんまるにさせた。
大事な巣だから、みんなで守るのは当然だ。パクたちはそう、教えてくれた。
パクたちは沢山の事を知っている。身の隠し方、気配の消し方、魔物からの逃げ方、全部教えてくれた。薬草や毒草、食べられる木の実も。
知らない事を知るのは、楽しいのだとパクたちが教えてくれた。
それは今でも変わらない。
「なんか、嬉しそうだな」
「…え、」
おやつを食べて満足したパクたちは、それぞれ本を広げている。それを眺めていたのだが、カイに見られていたらしい。気恥ずかしくなり、お茶に目を落とした。
「あいつらを見るファスの目、優しいからさ。大事なんだなってよく分かる」
「それは、勿論です。大事です」
「だな。此処が居心地いいのは、ファスが普段から頑張ってるからだろうな」
「そう…ですか?」
まさか、そう思われていたとは。パクたちの為にとやってきたが、褒められた気がして何だか嬉しい。
カイは冒険者だというが、今まで見てきた人達とは違う。トオヤとうららもだ。
ああいう稼業の人は、みんな乱暴者だと思っていた。けれど、それぞれ事情を抱える色んな人達がいる。彼に会ってから、自分の思い込みを反省したものだ。
「カイが、休めてるならよかったです」
カイは、何かと助けてくれる。優しくて頼もしい、自分には勿体ない程の友人だ。彼等がこうして来てくれるのを、心待ちにしているのがパクたちにも分かったのだろう。あの三人ならいいよ、と巣に入る事を許してくれている。
彼等の話は楽しい。色んな土地に行ってるだけあって、沢山の物や文化に触れて視野が広いのだ。ついつい耳を傾けてしまう。今日も聞き入っていると…、ざぁ、と別の音を拾った。
「あ、」
「降ってきたか。長居しちまったな」
戸を開けてカイと共に外を見る。雨音に包まれ、結構な降りだ。
時間も時間なので、このまま街へ戻るのだろう。でも、肌寒い季節、風邪を引いてしまうかもしれない。
「あの…、泊まっていきませんか?」
自然と口から零れていた。目を丸くするカイに、やってしまったと慌てて手を振る。
「あ、その、もう、止みそうにないですし、濡れてしまったら風邪を引くかも、ですし」
よく考えれば、相手は身体が資本の冒険者。この程度で風邪になどなったりしないのかもしれない。余計な気遣いをしてしまった。
「…いいのか?確かベッド一つだろ」
「え…、……あ、大きいので、大丈夫ですよ。カイが嫌でなければ…」
ベッドはカイに、自分はパクたちと眠ればいい。毛布にパクたちが居れば、充分暖かいのだ。
「……なら泊まろうかな、うん。そうだな、二人で寝れば暖かいしな」
見上げていると、カイの頬が少し赤いのに気付いた。
まさか、熱があるのでは。
「助かる。この雨じゃ少しマズイなって思ってたんだ」
「…!」
やはり。体調が悪いのだ。それなのに全く気付かず、のほほんと自分だけ楽しんで。
慌ててカイを中へ押し込み、パクたちに泊める許可を貰う。
そしてお湯に薬を溶かし入れ、飲ませる。しらゆきとオネムにも手伝ってもらい、タライにお湯を張ると体を拭くようにカイを促した。
とにかく、暖かくしなければ。ベッドに追加の毛布を運ぶ。
「あー、ファス?ありがとな、終わった…、」
「…!先に寝てて下さい、片付けますので」
手伝うと言ってくれたがとんでもない。
ぐいぐいと寝室に押し込み、次にパクたちを丁寧に拭いていく。その後も色々と片付けていると、すっかり夜も遅くになってしまった。
流石に冷える。部屋を覗くとみんな起きて待っていてくれた。
「寝てていいのに…、大丈夫ですか?寒くは…」
「いや、そこまで薄情じゃないから。ファスのが冷えてんじゃねぇか。早く入れって」
「え、でもそれじゃカイ休めないですよ。俺は床で寝ます」
「それ聞いたら益々休めねーよ?!いーからほら。……で、こいつらは?」
周りにはパクたちがくつろいでいる。囲まれたカイは複雑そうだ。きっと、共に寝た事がないからだろう。
「パクたちと寝るとすごく暖かいですよ。冬場はいつもこうしてるんです。狭いならやっぱり…」
「いやいいから。狭くねぇから。平気平気」
カイは疲れた顔をしていた。大人しくベッドに入ると、パクたちも定位置を求めてモゾモゾ入ってくる。
…やっぱり、一緒だと暖かい。これでカイの体調も良くなるといいなぁ。そう思いながら、目を閉じた。
…後日。
パクたちに、二人の間を隔てるように入り込まれたカイは、思てたんと違う。と、少々落ち込み。うららには酷く羨ましがられたという。
勿論、彼はすこぶる体調良好でした。
なんも心配するこたぁありません




