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89. 





 「そうかそうか。やっとか」


 「にゃあ、にゃおう」


いつもならもう来ている頃なのに、中々姿を現さない魔猫と人の子。

何かあったのではと少し気を揉んでいたが、事の顛末を聞いた御方サマは、顔を赤くしているファスに頷く。


 「あっぱれではないか、ようやったぞファス!みごといとめるとは、たいしたものよ!」


 「……え、あ、ありがとうございます…」


 「どうしたのじゃ、コイビトになれたのであろう?あぁ、もうあいたくなったか?」


カイの側に居たかった?と心配気に見上げるパクたちに、ファスは慌てて首を横に振った。

毎年お世話になっている薬草群生地。やはり、此処は涼しい。

時折吹く風はひんやりしており、木陰に入れば充分休める。昨日に来たばかりなので、パクたちの回復の為、今日はのんびり過ごす予定になっている。ファスの傍らには、軽食を詰めたカゴ。お供えもそこに入っているので、寝床から窺う守り神はじりじりと待っていた。


 「まだ、実感が沸かないんです。カイは、優しい人だから……俺で、いいのかなって、つい」


 「いいもなにも、おぬしからつげたのであろうが。どうどうとしておれ」


 「は、はいっ」


 「ファス、そこがおぬしのわるいところぞ。ここは、おもいきりよろこぶのじゃ。すいたあいてと、いっしょになれるのだから、これほどうれしいものはあるまい?」


わらわならそうするぞ、と御方サマはぴょんと跳ねてみせる。


 「たがいに、たりないぶぶんがあるのはあたりまえじゃ。それをおぎないあうのが、よいかんけいというもの。わらわはそうおもうておる」


 「補い合う…」


 「おぬしはもうできているぞ、まびょうどもと。それを、カイとやらとやればよいのじゃ。ほれ、なにもむずかしくはないであろう?」


にゃあ、とパクたちも頷き、元気づけるようにスリスリとファスの周りを回る。

じりじりと、守り神がカゴに糸を伸ばす。それを早業でぶち切った御方サマは、ファスに笑みを向けた。


 「かたひじはらずとも、せのびせずともよい。すいたあいてを、だいじにするのじゃ。わかったな、ファス」


 「……はい」


ファスはようやく、笑顔を見せた。パクたちを優しく撫で、御方サマにも頭を下げる。

そうしてやっと、軽食と共にお供えも出された。


 「今年も、お世話になります…」


 「にゃあ、にゃあおう」


ファスが祈る横で、パクたちもちょこんとお辞儀。それを見届け、守り神は素早くお供えを回収した。御方サマが呆れ顔で眺めている。


 「ところで、なにをつくってきたのじゃ?」


 「今日はサンドイッチです。あと、こっちは……卵を焼いて、乗せてみました」


そっとカゴから出てきたのは、目玉焼きが乗ったオープンサンド。パンにバターを塗って具を乗せる、簡単なものだ。他にも、とファスは豆サラダやお肉、チーズにトマトにハーブも取り出し、最後に切っておいたパンを出す。


 「目玉焼きはひとり一つずつです。他は作りますので、食べたいものを言ってください」


 「おぉ!えらべるのか!どれにしようかのー…」


パクたちも目を輝かせ、一緒に覗き込んでいる。ファスは手早く、一つずつ作る。守り神様へだ。


 「わらわも、まずはひとつずつたべたいのぅ」


 「はい、作っておきますね。お茶もどうぞ」


 「にゃあ!にゃにゃ?」


 「うん、そっちは果物とジャム。甘いのだよ」


甘いサンドイッチも、数が決まっている。パクたちは喧嘩にならないよう、均等に分けた。勿論、御方サマもだ。そこは譲らないパクたちである。

作ってくれている間に、目玉焼きをパクリと一口。焦げた白身部分が香ばしい。手作りのハーブ入りソースが少しピリッとして、卵とよく合う。黄身の部分は固めだ。半熟だと垂れて毛皮についてしまうので、食べやすいよう配慮されている。はむはむと食べる、パクたちの目は輝きっぱなしだ。


 「うむ…うまい!なんともゼイタクなサンドイッチよの」


御方サマには大きく、少し食べ辛いかもと心配したが、難無く食べている様子にファスは安堵した。その後ろでは、供えられたオープンサンドが素早く回収されている。


 「それにしても、はむっ……『ようせいのはね』か。わらわもめにしたことがあるが、ずいぶんむかしのはなし。いまはもう、このよからきえてしまった。ファス、トマトをのせたものがほしいぞ」


 「んにゃ…、」


あの花畑も翌日には枯れており、ただの原っぱに変わっていた。みんなで懸命に育てたものは、三日程保ってくれていたのだが。一口一口食べながら、ソラの耳がぺしょりと下がる。


 「おぉ、うまそうじゃ。あれはながくていちにち、はんにちほどしかさかぬのだ。うつくしいが、もともとたんめいでの。そだつにもさくにしても、まそのしょうひがはげしいときいたことがある。む、そのソースはなんじゃ?」


 「にぃ、にゃん」


しらゆきのトマトには、別のソースがかかっている。刻んですり潰したハーブに、塩と植物油を混ぜただけだが、とても合うのでお気に入りなのだ。パンにしみると、これまたおいしい。

それを聞いた御方サマの熱い視線に、ファスはおかわりを作って手渡す。


 「にゃあ、にゃにゃあにゃ」


 「あ、前に作ったのだね。……うーん、パンが足りないから、今度でもいい?」


 「にゃむ!にゃぁむ」


余ったパンに、それを塗って焼いたのもおいしかった。と、パクが思い出したが、ファスは申し訳なさそうに、軽くなったカゴを見せた。オネムは明日に期待して、カリカリ!と目を輝かせる。


 「んにゃ、にゃー…んにゃあ?」


 「わらわもたべてみたいのぅ。む?あぁ、はなか。そういえばとったのか?あれは、つぼみのときにとれば、いいくすりのざいりょうになるのだぞ」


 「んに、」


 「あれほどまそをためるモノは、めずらしい。それこそ、エリクサーにひってきするモノがつくれる」


 「んにゃ、……」


ソラは驚き、落ち込んだ。知らなかったとはいえ、新しい薬を作れる機会を潰してしまっていた。

気付いたパクたちは大丈夫だよ、と一鳴き。あの景色を見れたのは、ソラの御蔭なのだから。


 「…綺麗な花畑だったね。みんなと見れて、嬉しかった。ソラが見つけて、咲かせてくれたから見れたんだよ。薬にするより、ずっと良かった。カイ達も喜んでくれて、いい思い出になったって言ってたでしょ。俺も、そう思う。勿論みんなも。だからありがとう、ソラ」


 「にゃあにゃ」


抱っこされ、尻尾をピンと立てたソラはぎゅうとしがみつく。パクたちも、安心させるようにきゅ、と集まった。

その仲良しな様を、食べつつ頷きながら、御方サマは眺める。おかわりを求めるように、皿がするすると降りてきていた。






……満たされたパクたちは、木陰に転がってすやすやと寝息を立てている。空のお皿だけになったカゴの中を見て、ファスは微笑んだ。

涼しい風に空を見上げると、雲がゆったりと流れていた。それを眺めながら、深呼吸。

こんなにゆっくり過ごすのは久しぶりだ。


 「こうもきもちがいいと、ねむくなるのぅ」


 「御方サマも、お昼寝しますか?」


目を細め、風を受ける御方サマも満足気だ。食べ過ぎてしもうた、とお腹をさする。


 「ファスがつくるモノはウマイし、ちからがでるのぅ。まびょうどもがげんきなのは、ファスのごはんがあってこそじゃな」


 「そう言ってもらえると、嬉しいです。でも、最初は全然だったんですよ。焦がしたり、しょっぱすぎたり……下処理をちゃんとやらなかったから、苦みやえぐみが酷かったり…」


 「ほぉ、そうであったのか。それでも、いまはここまでウマイのは、ファスがどりょくしたからであろう」


 「パクたちの御蔭なんです。失敗したって分かってるのに、いつも全部残さず食べてくれたから。だから、美味しく作れるようになろうって、頑張れたんです」


パクたちも、手伝ってくれた。こうしてみよう、ああしてみよう、とみんなで考えながら作ったごはんは、すぐにはうまくいかなかったけれど……不思議と美味しく感じ、心が満たされたのを覚えている。


 「つくづく、おぬしをひろったのが、まびょうどもでよかったとおもうぞ」


楽しそうに話すファスを見上げ、御方サマは笑う。


 「ファス、おぬしはじぶんのちからを、どうつかいたい?」


 「力、ですか?」


 「そうじゃ。おぬしがつくるモノは、まびょうどものちからとなる。しかし、おぬしのこころひとつで、どくともなってしまう」


首を傾げるファスに、嫌いな相手にうまいものを食べさせてやりたいとは思わんだろう、と御方サマは続けた。

例えば、パクたちを傷付ける存在。

例えば、大切な人や友達を傷付ける存在。

どうやっても好きにはなれないし、許せないだろう。


 「にくくおもうのはとうぜんぞ。ファスがそのこころのまま、なにかをつくればどくとなり、にくいあいてはむしばまれる。おぬしはそういうちからをもっておるのだ」


例えば、パクたちを人質に、薬を要求されたとしよう。必死に作り全部渡すが、そんな相手を癒す薬など、到底作れない。態と調合を間違え、治りを遅くさせてしまうかもしれない。

ファスは頷いた。

例えば、パクたちを人質に、ごはんを要求されたとしよう。倉庫を空にしてでも作って渡すが、態と不味くして、味覚麻痺にさせてしまうかもしれない。

ファスはもう一度頷いた。


 「…分かりました。そうなった時は、落ち着いてから作ります」


 「うーむ、わらわがいっているのは、そうではないのだが。まぁよいか…して、おぬしはどうつかう?どくをつくりたいか?よいものをつくりたいか?」


 「それは、勿論、パクたちが喜んでくれるものを作りたいです。これからも」


迷いなく答えるファスに、御方サマは満足気に笑う。


 「みんなが喜んでくれるのが、一番嬉しいんです。だから、薬もごはんも、これからも手を抜かずに作るつもりです」


 「そうだの。おぬしがつくるモノは、うまいモノがよい。あまくてもよいぞ。わらわはそれがたのしみなのだからの」


賛同するように、大木がわさわさ揺れる。

はい、と頷くファスの顔は、いつもより明るい。この表情を引き出したのは、間違いなくカイというニンゲンだろう。友人として、どんなニンゲンか見極めておきたい所だ。

近い内に、連れてくるよう言うか。御方サマは見えないよう、ニヤと笑った。






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