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魔猫と人の子 時々、  作者: 原田 和


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88. 




ファスはどうして、あそこまで好意に鈍感なのか。

三人で飲んでいる時、そんな話題になった事がある。控え目で穏やかで、優しい。やると決めれば努力を惜しまず、決して手を抜かない。何より、彼が作るごはんはおいしくて、心も体もあたたかくなる。

ファスと関わり知っていけば、好感を持つ人間の方が多いのではないか。三人はそう思うのだ。少なくとも、薬師ギルド、冒険者ギルド一部での評判は上々なのだから。

けれどファスは、それらから一線を引いて、微笑んで、するりと受け流している。

まるで、自分が受け取るモノではないと言っているようで。

実際、そう思ってるんだろうな。ポツリと口にしたのはカイだ。


 「自分には無縁だ。誰よりも劣っている自分が、人に好かれる訳がない。ファスは、そう思い込んでるんだよ」


暴力を振るわれ、罵倒され、貶され。

誰かに褒められるなど、ただの一度も無かった。

心まで壊される前に、ファスは全てを諦め、殻を作った。


 「最初から諦めてるから、期待もしない。人を羨ましいとも思わない。ファスの鈍さは、ある意味自分を守る鎧なんだろうな」


カイは酒を呷り、何処か寂しそうに笑っていた。









王都。

夜の酒場は騒々しく、あちこちから大声や笑い声が上がる。話したくとも、この中では聞き取り辛い。

どうせなら、ゆっくり飲みたい。という希望で、三人は個室がある店に来ていた。

此処の店主は見ざる言わざる聞かざる精神らしく、従業員にもそれが徹底されており、信頼されている数少ない場所だとか。

ダンジョン調査を終え、戻ってきたのは四ヶ月振りか。王都はすっかり夏模様となり、今年も暑い。外の空気は夜とはいえ、生温かった。


 「向こうの方が涼しかったなぁ。あ、私これ食べたい。コロコロおいものチーズ焼きときのこのソテー、追加で頼んでいい?」


 「暑さの質が違うな。うらら、取り皿こっちにも頼む」


 「お前らよく食べるな?珍しい。酒も追加で」


 「だってカイのおごりでしょ?すみませーん、コレとコレと、あとそれとあれもお願いします!」


 「誰が言ったよ。んな事」


カイは正面に座る二人を軽く睨んだ。今更その程度で怯んだりはしない、それぞれの皿に食べたいものを取り分け続ける。


 「お祝いだよお祝い。やーっと、恋人になれたんだからさ」


 「長く見守ってきたんだ、これぐらいはいいと思うが」


 「俺の祝いに、俺が金出すのかよ。……まぁいいけど」


口も手も出さず、本当に見守っているだけであったが、ここぞという時は、二人はちゃんと動いていた。主にカイの暴走を止め、釘を刺す。鈍すぎるファスにも、少しばかり助言をしたり。

変に拗れず、喧嘩……は恐らく無かっただろうが、すれ違いも起こらなかったのは二人の御蔭だろう。

口には出さないが、カイは一応、感謝していた。


 「よかったねぇ、まさかのファスさんからの告白。なんか聞いてた私もドキドキしたよ」


 「よかったな。お前の思惑通りに、自覚してくれて」


 「俺から言っても、ファスはどっかで否定しそうだったからな」


 「そうかもな。何故かフラれると思い込んでたようだし。あの寒気を感じる程の独占欲と執着心に気付かないとは、超絶鈍感は凄まじい」


 「だねー。カイのドロドロな好意には恐怖しかない……あれ、ファスさん何処を好きになったんだろう」


言いたい放題の二人は揃って止まり、カイを眺め……揃って首を傾げた。


 「考え直した方が……」


 「殴るぞ」


カイの目は据わっている。おふざけはここまでがよさそうだ。

こうして軽口を叩く程、二人も喜んではいるのだ。三人はしばし食事に専念する。

晴れて想いを通じ合わせ、これからだというのに。……ファスは通常通り、パクたちと薬草群生地へ行ってしまった。場所は、例え恋人に昇格しても、教えられないと言われ。それは仕方なく了承したカイだが、早々に別行動とは…。肩を落とすなという方が無理である。思わず溜息吐いていると、野菜炒めが目の前に置かれる。トオヤだ。


 「パクたちを放って、お前一筋になる。それは、ファスに限って無いだろう」


パクたちは大事な家族。ファスは常々そう言っているし、行動からも分かる。


 「時には今のように、別行動になる。共に暮らすようになったとしても、変わらない部分もあれば、言えない事だってあるだろう」


 「それは、分かってる」


 「不満は出るだろうが、溜め込むより話し合え。折り合いをつけていくしかない。お前はそれでも、ファスと生きたいんだろう?」


どん、と次に置かれたは、真っ赤なスープ。うららだ。


 「その覚悟は、もうあるんでしょ。あれだけ好きだって言っといて、無いなんて言わせないからね」


 「うらら、てめぇ……辛いのが苦手なくせに何で頼みやがった」


トマトスープだと勘違いしていたうららは目を逸らした。


 「と、ともかく!これからはカイ、頑張って繋ぎ止めなよ。胡坐かいてたら、愛想尽かされるかもよ」


 「尽かされても、俺は尽きない離さない。だから、そこは大丈夫だ」


 「大丈夫じゃないよ怖いよ!お祝いなのに怖いのブッコんでこないでよ!」


 「どこが怖いんだ、普通だろ。俺はファスに、心から幸せだと思って欲しい。一緒になって良かったと毎日の抱擁とおはようからおやすみキスができるよう、俺は努力を惜しまない」


 「待って待って、気が早いもう結婚してるっ!してる事になってるっ!」


 「プロポーズは俺からするつもりだったのに……まぁ改めてするけども。ファスが可愛過ぎる。あんな必死になって赤くなって俺の事好き過ぎる。全力で網膜に焼き付けたわ。脳内再生楽勝だわ。耐えたなー……よく耐えた俺ー…」


うららは震えながら、何処吹く風と食べ続けるトオヤに助けを求めた。お茶を勧められ、カタカタしながら飲む。


 「喜びの余り、頭が愉快になってるんだろう。残念が更に残念になっているだけだ。何を言っても無駄だろうから、とりあえず食べろ」


トオヤはいつの間にか、受け流しスキルを上げたようだ。平然としている。うららは頷き、ごはんを優先した。その間も残念美形は浮かれ続ける。

長い間、この男も耐え、よくやったとは思う。近くで見守ってきたからこそ、幸せであって欲しいと思うのも本心だ。しかし、これで見守りは解散…とはならない。不安しかないからだ。

パクたちも頑張るだろうが、耐え続けたカイの大暴走が何処かで起こる気がしてならない。それに、


 「…まだ、すぐには無理だろうな」


 「?」


ファスはまだ、殻の中に居る。深く傷付けられた心は、そう簡単に治るものじゃない。

けれど、パクたちがゆっくり穴を開け、出られるようにしてくれている。あと、少し。

人に期待していいのだと、受け取っていいのだと、その手を取るのは、カイの役目だ。


 「浸るのは結構だが、カイ。焦るなよ」


ぴくりと耳を動かし、カイの目がトオヤに向く。あ、帰ってきた。とはうららだ。


 「ファスはお前に守られたいんじゃなくて、お前の隣に居たいんだからな」


同じ景色を見たい。ファスはそう、確かに言っていた。

カイは不機嫌顔になり、トオヤを睨んだ。


 「言われなくても分かってるっての。俺はファスの、そこに惚れたんだからな」


欲しい言葉を、何の気負いもなくくれる。為人を見て、外見や肩書きで判断しない。

芯が強いファスの側は、何よりも心地いい。

そう感じられたのは、後にも先にも一人だけ。他に渡す気は更々ない。


 「……カイってさ、」


 「何だよ」


 「本当の、本気で、ファスさん好きなんだね。うん、知ってたけどさ、改めてっていうか」


 「……」


うららのしみじみとした呟きに、カイは二人から思い切り顔を逸らした。……金髪の隙間から赤い耳が見えたので、照れているとよくよく分かったが。

今更だなぁ。見守り組は顔を見合わせ、笑う。


 「今日は飲んじゃおうかなー、おかわり!」


 「俺も。カイ、お前はどうするんだ?やめるか?」


 「……飲む!」


若干まだ赤いが、カイは思い切り飲み干し、空のジョッキを差し出した。




……久しぶりの飲み会は盛り上がり、夜中まで続いた。

なんやかんやで、三人共喜びで、浮かれていたらしい。






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