87.
夜の森は真っ暗だ。
冒険者であるカイ達は、ある程度夜目が効く。先を行くパクたちを見失う事無く、森を進む。
ファスも難無く歩き、時折見回している辺り、見えているようだ。
「うらら、そこ危ないで、す…」
「ほあぁぁっ」
言われた側から見事に引っ掛かり、隣に居たカイに腕を掴まれ、なんとか転ばずに済んだ。うららはホッと一安心。心配気なファスと、その足元に光る六対の目に手を振り、再び足を動かす。
「灯り、つけましょうか。気配は無いですし…」
「ううん、大丈夫。寄ってきたら大変だし、今日はまだ明るい方だから。行けるよ!」
「分かりました、あと少しですよ」
必要最低限な会話のみ、全員静かに森を進む。パクたちはお手の物で、姿が目視できていなければ、気配すら感じ取れなかっただろう。そのやり方を教わったファスも、存在がかなり希薄だ。あと少しで、パクたちと同じ領域になるのではないだろうか。
魔物が居る外で、生き抜けたのも頷ける。トオヤは感心していた。
「あ、……」
パクたちが止まり、耳を動かす。微かな、澄んだ音色。
ソラが走り出す。気付いたはやてが後を追い、パクたちも続いた。
「もう、咲いてるようです、急ぎましょう」
「お、おう」
「何この音、すごく綺麗」
「花が出している音、なのか?」
パクたちを追い、森を走る。正面がぼんやりと明るくなってきたと思うと、木々は切れ、開けた場所に出た。
――リィ……ン
風が吹き、一際大きな音色が、三人を出迎えた。
ふわりと光を放つ、幻想的な風景が広がる。『妖精の羽』の花畑は、夜空の星をそのまま地上に映したよう。花は揺れるたびに、澄み切った音色を奏でる。これが、妖精の歌声というものではないか。
そう感じる程に、三人の前に現れた景色は、美しかった。
「んにゃーっ」
ソラが嬉しそうに、花畑を歩き回る。はぐれないよう、はやてがその後を追う。足取りが弾んでいるので、はやても楽しんでいるのだろう。ダイチとオネムが一緒に花を覗き込み、喉を鳴らす。パクとしらゆきは高い場所を選び、そこから眺め始めた。しらゆきの目は輝き、焼き付けるようにうっとりと見つめる。
楽しそうに花畑鑑賞をする魔猫たち。時折鳴る音色に合わせ、尻尾を揺らしていた。
そんな家族を、ファスは優しく見つめる。こうして安心して来れたのも、カイ達の御蔭だ。喜んでくれているだろうか、と振り向くと……三人は、固まったままだ。
ファスは首を傾げ、近付いた。
「…どうかしましたか、大丈夫ですか……?」
三人は、同時に頽れた。ファスは驚く。
「……駄目だ…!神秘な中に優しい風景を入れたらもう……最強じゃねぇか…!!俺の嫁天使かな?!」
「え?」
「……これが、………尊いという感情か………!!」
「え?」
「……泣いていい?私もう泣いていい?こんな、こんなの、天国はここにあったんだよおうぅぅぅっ」
「え?あ、こ、これをどうぞ……?」
ファスは、もうすでに泣いているうららに、ポポワタゲのハンカチを渡した。
やわらかいよおぉぉぉうぅぅぅ……と、有難く受け取った彼女は号泣。
三人はしばらくそのままだったので、ファスはそっとしておき、パクたちと共に存分に鑑賞した。
一生に一度。もうこれからは見られないであろう景色。
ファスは、パクとしらゆきと共に座り、飽きることなく眺める。トオヤは、はしゃぐソラとはやての側に。うららはダイチとオネムと一緒に。膝に乗ってくれたので、嬉しそうだ。
「お、よく見える。いいとこ見つけたな」
「カイ、」
「少し、見回ってたんだ。近くに気配は無かった」
音と光。『妖精の羽』は自ら存在を放っているが、不思議と魔物は現れず、静かなものだ。
花畑には、清浄な空気があるような気がしてならない。浄化された土地に入った時の感覚に似ている。
カイは、平気そうにしているパクたちに目を向けた。
「大丈夫ですよ、パクたちには影響はないんです」
「…なら、いいけど。よく考えてる事分かったな?」
「カイは優しいですから。……強力過ぎる結界や浄化だったら駄目ですが、これくらいなら平気なんです。王都裏手の結界と、正面の結界の違いと同じですね」
魔猫は弱い。魔物に分類されているが、そこまで強い魔の気配を持っている訳ではない。弱いからこその強みもあるのだ。普通の魔物なら弱ってしまう、この花畑でもパクたちには影響は出ない。
「こういう景色を見れるのは、パクたちの特権って事か」
「にゃ?」
「お前らなら、荒したりしねぇもんな。珍しいから片っ端から採る、なんてのもしないだろうし」
「にゃーあ」
「にぃ、にゃん」
そんなのしないよ、とパクとしらゆきは顔を見合わせる。カイは褒めてくれてるんだよ、とファスはふたりを撫で、微笑んだ。
「ありがとうございます。カイ達が居てくれたので、安心して此処に来れました」
ファスの視線の先には、楽しそうな魔猫たち。
「いや、御礼言うのはこっちだ。誘ってくれなきゃ、絶対見れなかっただろうし。それに、また助けられたしな」
「え?」
「ダンジョン。何も知らないまま調査してたら、間違いなく俺ら全員、吞み込まれてた。訳が分からずに……ファスに、会えなくなるところだった。だから、ありがとな」
……そうか、とファスは今更ながら気付く。偶然にも此処に拠点を置かなければ、カイ達は今頃。
会えなくなるかもしれない。その可能性は、すぐ側にあった。
けれど彼は無事に、此処に。目の前に居る。
ファスは、存在を確かめるようにカイの手を握った。生きてくれている。
「……パクたちの御蔭です。パクたちが居てくれたから」
「相変わらずだなぁ。ファスだって、人と関わるのが苦手なのに、必死で止めようとしてくれたろ。こうして俺らが生きてんのは、ファスの力もあるんだからな?」
そう笑って、頭を撫でてくれる手は、優しい。……やっぱり、彼が好きだという想いが、自然と浮かぶ。
「カイ、」
「ん?」
「……俺、パクたちが居てくれたら、それでいいって思ってました。他は、何もいらないって」
充分、幸せだと思った。ひとりぼっちで捨てられた自分に、大事と思える家族ができた。それだけで、満足だと。
「此処を見つけた時、思ったんです。……カイと見たいって」
風が吹き、澄んだ優しい音が鳴り響く。
「此処、だけじゃない。他にも、きっとたくさん……まだ見た事ない景色が、あると思う。それを、カイと見たい。これからも、この先も。同じものを……見たいです。一緒に」
パクたちは勿論。そこに、カイも居て欲しい。
「……カイの、隣にいても、いいですか?」
……それは、ファスの精一杯の告白だった。パクたちはそれぞれの場所で、動きを止め見守っている。見守り組もまた、全く聞こえてませんよ。な姿勢を崩さず、目と耳に全神経を使う。
ファスの声は緊張し、震えていた。聞いているこっちがちょっと恥ずかしくなる程、好意が伝わってきた。直接的な言葉ではないが、これは完全なる告白である。さぁ、どう答えるSランク。
「お」
「ふぉ」
こちらが分かったのだ。対面しているカイには充分、ファスの好意は有り余る程、伝わったのだろう。
無言で抱き寄せ、ファスの声が不自然に途切れた。二人の姿はしっかりと重なり……。
「…俺も、ファスの隣は誰にも渡すつもりねぇから。この先もずっと、俺だけでいいよな?」
独占欲丸出しの台詞と、様になる笑みを浮かべるカイ。
酷く真っ赤になって、口元を押さえるファス。
目をこれでもかと丸くしている、魔猫たち。
見守り組は集中を解いた。
「好きだ、ファス」
「――っっ……っ」
カイは、離さないとばかりに抱擁する。ファスは倒れるのではないだろうか。見えない筈の湯気が絶え間なく上がり、夜空に吸い込まれていっているような気がする……。
「……か、かカイ、その、だい、じょうぶ、です」
「ん?」
「お、れは、もう、充分です、なので、気の迷いだったって、言ってくれても、全然、潔く身を引きますので……!」
「どうしてそうなった??!」
「れ、連日の疲れが、今ここで、出たのではないか、と……」
「疲れてないが?!全然元気だが?!」
「じゃ、じゃあ、これは都合のいいゆめまぼろし……?」
ぶんぶん頭を振るファスは混乱している。超絶鈍感はフラれる前提で告白したので、完全にこの流れは想定外であったらしい。
カイは力ずくでファスを止めた。
「これは現実受け止めろ。俺はファス一筋だから。つーか気の迷いと冗談で男にキスなんてしねーから。したのはファスだから。したいと思ったのはファスだけだから。分かった?分かったなら身を引くんじゃなくて、俺に身を預けなさい。分からなくても預けなさい」
「…ご、ごめん、なさい。その、まるで、両想いで、告白されたみたいだったので……!」
「告白で両想いですよ!?俺めっちゃ告白したつもりですが!!そこの二人!告白だったよな??!」
超絶鈍感の底力が愉快過ぎて、気配を敢えて消していたのに。
トオヤとうららは仕方なく頷く。ついでにパクたちも、ゆーっくり頷く。
それが止めとなったのか、ファスは全身赤くなったまま、ついに意識を飛ばした。カイの悲鳴が花畑に木霊する。
……何はともあれ、二人の気持ちが確かに通じ合った、奇跡の夜。
軽快に奏でる『妖精の羽』はまるで、優しく見守っているようだった。




