86. 時々、花畑で
淡いクリーム色の、筒状鐘形の花。今は微かに光を放ち、花柱が透けて見える程だ。
それは『妖精の羽』という名に相応しい、美しい凛とした姿だった。
そっと風を送ると、微かな澄んだ音色。ファスもパクたちもすっかり聞き惚れ、じっと耳を澄ます。
ソラが愛情込めて育てた花は、応えるようにその姿で存分に魅せてくれたのだった。
今夜、時間ありますか?
そうファスに誘われ、カイはすぐに了承した。想い人からの誘い、断る理由などあろうか。
「いや、ない」
カイは目の前の魔物を両断した。
例えダンジョン調査で毎日毎回駆り出されていようとも、帰れば可愛い嫁が居る。それだけでカイは気力体力全回復だ。今日も元気に、調査という名の狩りを続けていた。
そんなSランクに続くトオヤとうららも、普段よりも元気に動いている。強化された体術で吹き飛ばされた複数の魔物が、四方にどんどん叩きつけられる。雷鳴が轟き、広範囲が焼き尽くされる。
先陣がこうなので、後を行くエルド達は横からひょっこり来る魔物に注意を払えばいい。いつもより楽であった。
「にしても、あいつらに限界はあるのかよ。未開の地よ?気を張るだろうに」
「兄貴、ここで百十二階」
「お、まだ下がありそうだな。よーし、ここまで!今日はここまでにすんぞー!!」
エルドの呼び掛けに、周りを調べていた冒険者達が集まってくる。楽とはいえ、無理は禁物だ。飛び出してきた魔物にナイフを投げ、静かにさせたエルドは情報を聞き取る。
これを基に地図が作られ、全ての冒険者ギルドに共有される為、エルドの顔は真剣だった。情報が多ければ多い程、報酬も答えてくれるからだ。素早く書き留めている間に、カイ達も戻ってくる。
奥にはまだ下への階段があり、魔物のレベルも上がっているようだ。
「ここまでで大体、BからCランクってとこかな」
「次からはAランク、か?ざっと二、三百階ぐらいはある…?増えすぎじゃない?」
「そう言われてもな。どのくらいの規模が普通なのかは、流石に分からない上、資料にも無かった」
トオヤに頷きながら、エルドは周りを見た。Sランクパーティはともかく、他の同業達は疲れが出始めている。このまま続けるのは、無謀だろう。
「いつもより早ぇけど、充分集まったし戻るか。後の予定はギルマスと相談だぁ」
ぐいーっ、と伸びるエルドの背後に現れた魔物は、巨大な斧で潰された。
ソラが明らかに萎れている。耳も尻尾もペタンと下がり、悲しげに土だけの鉢を見つめる。
パクたちが代わる代わる、慰めるようスリスリ。ファスも、そっと背中を撫でた。ソラは萎れた顔のまま、ぎゅうとしがみついてくる。
「んにゃー……」
「そうだね、すごく綺麗だった。もう少し、みんなと見てたかったね…」
「んに…。んにゃにゃ、にゃーにゃ」
「うん。でも、夜は危ないから、カイ達が来てからだよ?約束」
「んにゃ!」
ソラは大きく頷く。けれど、まだ元気にはなれないようで、ファスから離れない。
一つだけ、名前が分からなかった花。それは正しく、『妖精の羽』であった。しかし短命だったのか、三日で枯れてしまった。みんなで頑張ったのだが、妖精の育て方は流石に分からず…。育て上手なソラでも、保たせる事はできなかった。それで今、この通りな訳なのだが……ソラ曰く、花畑があると教えてもらったという。ポツンとあったのは、花畑への道しるべ。
次の日から全員で森を捜索。歩き回り、奥まった場所でようやく見付けた。もうすぐ咲きそうな兆しがあり、間に合ったとみんなで喜び合う。夜にまた来たい!とせがんだソラだが、流石に夜は危ない。話し合いの末、カイ達の力を借りよう…となり、夜のお誘いとなったのだ。
忙しそうなので、断られる事を覚悟していたファスだが、半ば食い気味に了承したカイ。トオヤとうららも良い返事で、一安心である。
「きっと、カイ達も気に入ってくれるよ」
にゃあにゃあとパクたちも頷く。それを見ていたソラはようやく、ゴロゴロと喉を鳴らした。
ダンジョン調査で踏破してしまっては、正直に言おう。夢が無い。
このままカイ達に任せていると、本当に踏破してしまいそうなのだ。安全ではあるけど、それはどうなの?……という話し合いが為された末、彼等はここまでとなった。
百七十六階層から先は、冒険者達のこれからの勇気に掛かっている。
「前は八十八階層までだったのに、倍以上になってるなんて思わなかったねぇ」
「それが分かっただけでも良かった。今回の経験は貴重だな」
「あれ、どっか行くん?飲みに誘おうと思ったけど」
トオヤ、うららの二人は、ギルド前で兄弟と鉢合わせた。ひと段落ついたので酒場に行くという。外にと返せば、察したらしく兄弟は頷いた。
「俺らも行きたいけどなぁ。ファスのつまみ、うまいだろうし」
「酒無くてもうまい」
「無理を言うな。二人は入れないんだから」
実は調査の間も、兄弟は何とか心を開いてもらおうと巣にお邪魔していたのだが、パクたちの本気のシャーを拝めただけであった。ファスが申し訳ない顔で、お弁当を渡すまでが通常になっている。
魔猫には嫌われてしまったが、うまいごはんが手に入るので良しとしている兄弟だ。
そういえば、一人足りないなとエルドは二人を見る。カイはどうしても目立つので、先に行ったらしい。気配を本気で消す、念の入れようで。
「ふぅん……。なんかあれだな、あいつがそこまでして守ってるって意外だな」
モテはするが、特定の相手は居ない。他人には基本、淡泊な印象だったのだが。
「命の恩人らしいから、そうなるだろう」
「それだけかねー?」
「兄貴、それ以上は野暮だぞ。俺は分かる、あの二人は」
え、まさか?とうららは思わず、オーベルを見た。
「こころのともと書いて、しんゆうなんだぜ……!」
あ、大丈夫だった。とうららは先に行く。
白い歯を輝かせ、親指を立てる弟を、しょっぱい顔で眺める兄。そんな兄の肩を叩き、トオヤもその場を後にするのだった。
「へぇ、そんなに綺麗な花なのか。それも、胎動の影響で?」
「にゃあ、にゃー」
「そうだって言ってます。特別な魔素で、一時的に出てきた花だそうです。ほとんど御伽噺になっていまして、育て方は全然…」
ファスは心配そうに、ソラに目を向けた。少し前まで、しおしおに落ち込んでいたらしい。今はパクたちと、夜の準備をしている。
短命ならば、花畑もすぐに無くなってしまう。ソラはどう思うだろうか。
「…みんなと見て、楽しめたら。ソラにとって、いい思い出になって欲しいです」
「そうだな。一回限りになるかもしれねーけど、その一回に会う自体が奇跡みたいなもんだし。思い切り楽しんだらいいと思う。俺が居るし、何も起こらないようにするからさ」
カイの頼もしい言葉に、ファスは御礼を言って、微笑んだ。
「忙しそうだったので、断られるかもって思ってたんですけど…。本当に、凄く神秘的な花なんですよ。カイ達にも、是非見てほしいです」
花畑を見つけた時、一緒に見たいとすぐに浮かんだのは、カイだった。
自分には、トオヤやうららのような力はない。一緒に、各地を飛び回る事もできない。二人が羨ましいなと思った時もある。けれど、パクたちと離れて、彼等に付いていけるかと問われたら、…できないと首を振るだろう。みんな大事な家族だ。
パクたちと。そこに、カイも居てくれたら、嬉しい。
「……欲張りかな」
「ん?どした、ファス」
「いえ、もうすぐだから、楽しみだなって」
そうだな、と優しく笑うカイ。
……自覚してから、悩むばかりだ。迷惑なのではないかと考えてしまい、気持ちを伝えるのが怖い。
パクたちにはバレているので、時々は相談に乗ってもらっているが…。性別の壁というものが、パクたちには何故か伝わらず、言っちゃいなよ言っていいよもうそんなの壊れてるよにゃあにゃあ……で、終わってしまう。悩みは尽きない。
けれどいつか、彼らも拠点を変える日が来るかもしれないのだ。冒険者は、あちこち旅する自由な人達。もし、会えなくなったらきっと、伝えなかった事を後悔するだろう。
御方サマにも言われた。伝えられなくなる日は、突然来るものだと。
――よいか、ファス。おもいをぶつける……それはおのこもおなごもかわらぬ。こくはくは、どきょうぞ!!あたってくだけっっ……はせんだろう、おぬしのばあいは。……ん?わらわがそんなきがするだけぞ。
花畑を見終わったら、このまま薬草群生地にお邪魔する予定だ。しばらくまた、秋まで会えない。
丁度いいんじゃないか。フラれても、いや、きっとフラれるから、気持ちの整理もできる筈。カイも、その間に移動できる。
潔く告げて、この想いを断ち切るのだ…。
「……」
じっと思いに耽るファスを、カイは眺める。
何か、とんでもない思い違いをしているような気がする。超絶鈍感の底力を知るカイは、どんな角度からでも対応できるよう肝に銘じた。
兄弟が嫌われた理由 ↓
弟 「とーととととととととととととっっ」(ねこじゃらしフリフリ)
兄 「るーるるるるるるるるるるるるっっ」(ねこじゃらしフリフリ)
パクたち 「ぎしゃあああぁぁぁぁぁ」




