85.
今回は少し短いです。
七日後のまだ暗い早朝、ダンジョンが開いた。
不思議な事に、地響きと共にダンジョンが顔を出すと、あれ程荒れ果てていた大地が瞬く間に緑に包まれていく。太陽の光が出てくる頃には、小さな木々があちこちに生えていた。
通常より、各段に成長が早い。地上とダンジョンの魔素が混じり合った影響だろうか、数ヶ月後には元の鬱蒼とした森に戻りそうであった。
「……すごい…」
「にゃあ、にーぃ」
その様子を、離れた崖の上から見ていたファスは、感動で目が輝いている。
昨夜、パクたちに誘われたのだ。もうすぐ開くから見に行こう、と。
幸い、魔物の気配もなく静かなものであった。パクたちときゅ、と団子になって待っていた甲斐があったというもの。ファスは感謝を込めて、大事な家族を優しく撫でた。
「ダンジョンって、怖いモノかと思ってたけど、こんな一面もあるんだね。でも、なんで成長が早くなるんだろう…」
「にゃん、にゃんにゃぁ。にぃに」
ダンジョンには、元々『造る』と『生み出す』力があるから。と、しらゆき。
その魔素の影響を受け、一時的だがこういう現象が起こる。普段何も起こらないのは、魔素は中で消費されているから。
「なぁ、なーうぅ、にゃ」
胎動でもない限り、大量の魔素を放出する事はない。と、はやて。
例外として魔物の大量発生はあるが、その時は魔物を生み出す事に費やされるので、影響は出ないそうだ。
「そうなんだ…。パクたち、もしかして見た事あるの?」
揃って首を横に振る。
確かにファスよりは生きているが、流石に数百年単位でしか起きない胎動は、今回が初めて。知識として知っていただけだ。
「…ふふ、やっぱりパクたちはすごく物知りだね。子供の頃に戻ったみたい」
最初に、生きる術を教えてもらった。次に、食べられる木の実や野草。怪我に効く薬草。
知らない事を知るのは楽しい。ファスはパクたちに微笑む。
「これからも、みんなと一緒に知っていきたいな」
にゃあ!パクたちは嬉しそうに声を上げた。
「へへへ……腕が鳴るぜ…!」
「待ってろよぉダンジョン、未開の地…。俺らが隅々まで暴いてやんよぉぉ…」
「キヒヒヒ……逃げられると思うなよぉ…テメェの宝、根こそぎ獲り尽くしてやるぜぇぇイヒヒヒ」
冒険者ギルドの一角が、盗賊団アジトのようになっている。全員中々の強面揃いなので、そこだけが世紀末だ。
あれ、来る場所間違えたかな。と、うららは外に出て看板を見上げた。冒険者ギルドであると確認し、戻る。
「どうした」
「何かあったか」
カイとトオヤ。いつも通りの美形達だ。
「ううん。あそことのギャップに、ついていけてなかっただけ」
ヒャッハアァァァ!!と、声を上げる冒険者達。余りにもおかしいテンションに、見兼ねたギルマスと副ギルマスがドロップキックで止めている。
男二人は特に気にも留めず、今後の予定を兄弟と相談。うららもそこに加わった。
「で、だ。何が出るか分からないので、そこの三人は絶対参加で」
エルドはカイ達を指す。
「情報ゼロだから、今回は調査を中心に動く。外で待機組と入れ替わりで、朝と昼」
「夜営は?」
「んー、悩んだんだけどなぁ…。何せ初めて尽くしだろー?慎重になった方がいいんかなって」
「…そうだな。結局は報告で戻るし、体を休めるのも大事だ」
「じゃ、夜営は無し。それで人数はー……」
頷きながら予定を頭に叩き込み、一行は目的地へ。
また様変わりしている景色に驚きつつ、Sランクパーティを先頭に、冒険者達は潜っていった。
「カイ達だ…」
一通り見回り、カゴいっぱいの薬草を抱えて崖の上に戻ると、ダンジョンの前に見知った姿が。
パクたちも耳を動かし様子を見ている。考えてみれば、彼らが冒険者として動いている姿を見るのは初めてだ。ファスは見つからないように、パクたちと一緒に眺める。
臆する事無く、仲間と共にダンジョンに入っていく。あの中に、自分は入れない。彼らのような力は持っていないから。
無事に戻ってくるようにと、願うしかない。
「にゃ?」
「…カイ達ならきっと、大丈夫だよね」
「にゃむむぅ」
そう信じて、待つ外ないのだ。
大丈夫だよ、と元気づけるように擦り寄るオネムに、ファスは微笑む。
「んにゃー」
「ぶにゃー」
ダイチとソラが、土まみれで戻ってきた。カゴには、蕾を付けた花が一株。根から丁寧に採取されている。見た事がない種類で、一つだけポツンとあったそうだ。
「んにゃあにゃ、にゃあ」
「うん、じゃあ戻って植え替えてあげなきゃ。行こうか」
それぞれの成果を持って、その場を後にする。ファスはもう一度振り返った。
自分ができる事を、精一杯やろう。心の中でカイ達に声援を送り、パクたちを追いかけた。
「トラノオ、カゴウツボ、ヤマウド、オトギリ…。あ、アワバナ。ガガミに…クズカズラ、それにカタカゴもあったんだ!」
「にゃあにゃ、にー」
全員、今までにない採取量に大満足だ。群生地でしか見ないような、今や貴重な薬草も多々ある。
これで根付き、数を増やすことができれば、この場所も立派な薬草群生地になるだろう。
「なー、なぅぅ」
「ポポワタゲもあったの?時期は終わってるのに……これも、生み出す力なのかな」
はやてがカゴから出したは、蕾のポポワタゲ。一部に密集して生えていたという。これも根から丁寧に、一株だけ。採り過ぎず、自分達が使う量だけ。それは何処でも変わらない約束。
それでも、テーブルいっぱいに広がる量は大したものだ。
下処理をしながら、パクたちは匂いを嗅ぎ、薬効の有無を確認。見た事がないモノは、図鑑で調べる。集中して黙々と続けていると、あっという間に日が暮れてしまった。
ファスは慌ててごはん作りに向かう。パクたちも下処理を終えた薬草を隅に置くと、薬草茶を手に喉を鳴らした。
「んにゃあぁぁ……」
ソラはずっと図鑑とにらめっこしていたせいか、伸びている。ひとつだけ、どうしても分からないのだ。
しらゆきとオネムが、その花を覗き込む。まだ蕾なのでどんな花かは分からない。匂いを嗅いでも、爽やかな香りがするだけ。
図鑑の隅々まで探したが、それらしいものは記載されていなかった。しおしおになったソラに、ダイチが薬草茶を勧めている。
「にゃあ、にゃあにゃ?」
絶滅した植物かも、とパク。てけてけと本棚に向かい、歴史の本を引っ張り出す。トオヤからの借り物で、主に口伝や昔話を集めたもの。これにも書かれていたと思い出したのだ。返すのはいつでもいいと渡されたので、お言葉に甘えている。
パラパラと器用にめくり、パクは見付けた。はやてにも手伝ってもらい、テーブルに持っていく。
「にゃー、にゃにゃにゃあ。に、」
「んにゃ……」
花の想像図の隣には、『妖精』と書かれている。
大昔。まだ妖精が地上に居た頃、森には美しい花畑があったという。
そこは、妖精が育てていた花でいっぱい。この世のものとは思えない美しさで、見る者を魅了した。
『妖精の羽』と呼ばれたその花は、その土地で長く愛されていたが、開発の為人の手が入ってからは姿を消し、妖精も居なくなった……。
「んーにゃ、にゃ」
ソラはパラとめくる。それは夜になるとほのかに光り、澄んだ音色を響かせる不思議な花らしい。
鉢に植わっている花を見る。それがこの、『妖精の羽』だとしたら、とてもステキだ。
ソラの目がきらきらに輝く。
「んにゃ!んにゃーにゃ!」
きっと咲かせて、みんなで見る!ソラが元気になった。パクたちはにゃあにゃあと拍手を送り、そっと見守っていたファスはにこりと笑う。
そこに、トントンと訪いを告げる音。もうすっかり馴染んだ三人の気配と、声。
ファスとパクたちは顔を見合わせ笑い合うと、全員で出迎えに行った。




