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10.





正直な所、見つけた嬉しさで他の事は頭になかった。

ファスにあの目を向けられ、やっと思い出したのである。誤魔化せたとは思う。しかし魔猫たちにとっては巣をばらした裏切り者と言ってもいいだろう。

そりゃ、嚙まれる。

なのでこれに関しては自戒も込めて受け入れている。

思わぬ再会であったが、この機を逃すカイではない。ファスとの仲を深める為、パクたちの信頼を取り返す為、毎日のように通う。

気になるのが仲間二人である。

当然の事ながら、興味を持たれ出会いの経緯なぞ全て話す羽目になった。特にうららは魔猫が気になるようで、仲良くなりたいと付いてくる。トオヤもだ。此方は純粋な興味だろう。珍しいと云われる魔猫と暮らすファスにも興味があるようだが、その辺は二人共弁えており、踏み込む様子はない。

勿論、他に話すような真似はしない。意外に口が固いので、そこは信用している。

最初こそ警戒の塊で、三人が来ると一定の距離を置き、目を光らせながら見張っていたパクたち。どちらかと言うと、ファスに危害を加えないかと見定めていたような気がする。

今は見張る事は無く、また来た、という顔になるくらいだ。しかしまだ距離はある。完全に気を許した訳ではないのだろう。

二人に対してぎこちなかったファスも、だいぶ慣れたらしい。出迎え時に笑顔が出るようになった。

これはよかったと思う反面、複雑な気持ちになる。

自分だけに笑ってくれればいいのに。…という本音に、惚れてんだなと改めて自覚。

ファスは、好意はあると思うが良くて友人だろう。

まぁともかく、今は焦らずゆっくり距離を詰めよう。

そう決めたカイは、ひとり静かに気合を入れた。








ファスたちの冬場の過ごし方は決まっている。

暖かい巣でのんびりゆっくりするのだが、毎日のパトロールは欠かさない。何か起きた時、すぐに対処できるようにしておく為だ。

今日のパトロール隊、はやてとオネム。無事戻ったのを労い、ファスは用意していたお茶を出す。

森に異常はなかったようだ。カイたち以外の人間の気配もない。


 「にゃむ…」


 「おやつ、あるよ。食べようか」


全員の尻尾がピンと立ち、いそいそとテーブルへ。楽しみにしてくれているその姿を嬉しく思いながら、作っておいたクッキーを出す。いつもの薬草茶も忘れずに。

最近はおやつを作る頻度が増えた。お客さんが来るようになったからだ。

元々作るのは好きなので、ファスはいつ来てもいいように準備をしている。喜んだのはパクたちだ。台所で手を動かしていると、期待の眼差しを感じる時がある。

でも見ていると、カイとトオヤは甘いものが余り得意ではないようなのだ。うららは嬉しそうに食べてくれる。大半は彼女と、パクたちの腹に消えているおやつ。

二人でも食べられる、甘さ控えめなものを今試作中だ。周りが食べていて、お茶だけというのも。一緒に楽しめたらとファスは思う。


 「にゃあ、にゃー」


ぴくりと耳を動かし、パクが来訪を告げる。三人が来たようだ。

おやつ中なのでファス一人出迎える。戸をそっと開けると、カイの姿が見えた。トオヤとうららは居ない。


 「ファス、」


 「こんにちは、今日も来てくれたんですね。一人…ですか?」


 「ああ、あいつらはギルドに寄ってから来るってよ」


 「そうですか…。どうぞ」


今が機会かもしれない。彼には聞きたかった事がある。中へ促し、お茶を入れて持って行く。

彼は巣を見渡しながら腰を下ろした。やはり、気付いているのだ。けれど何も言わず、黙っていてくれている。パクたちとそっと目を見交わし、頷いた。


 「ありがとな、ファス」


 「いえ。あの…ごめんなさい」


 「え?何、」


 「……カイ、気付いてますよね、巣が変わってないって。間取りも、物の場所も全部同じ。会った土地が違うのに、全て同じはおかしいって思ってる」


カイはぴた、と止まる。真正面からくるとは考えてなかったのか、目を見張っていた。

その反応に確信したファスは頭を下げる。


 「黙っててくれて、ありがとうございます」


 「……あー、いいのか?別に俺はこのままでもいいんだぞ」


 「パクたちと決めました。カイは優しい人ですから」


 「んな事、ねぇけど…」


棚にぎっちり詰まった本、保管されている薬草。これだけでも随分な量だ。全部運んで移動するのは、ファスとパクたちだけでは不可能である。そうなれば、


 「で、どうやって家ごと移動してるんだ。魔道具か?」


 「いえ…、転移魔法です」


 「ファスが?」


 「俺は使えません、パクたちが。パクたち、魔法学を勉強して基礎を覚えて…。その内に転移魔法も習得したみたいなんです」


あの魔法学の本は全て、ファスが古本屋にて手に入れたもの。パクたちへのお土産だ。

楽しそうに読み漁り、習得していくパクたちが、それはそれはイキイキとしていたのであの量になったらしい。

ファスは大概、こいつらに甘いな。とはカイの感想である。


 「俺が、巣ごと移動できたら面白いね、なんて不用意な事いってしまったから…。研究に研究を重ねて出来るように、でも」


不用意な、と言うが。それはパクたちの知識欲を燃え上がらせるには充分であった。

こんな快適な巣を運べるなんて最高じゃないか!絶対に成功させるのにゃ!!……という意気込みがあったのは、ファスの知らぬ所である。

そうして見事にやってのけ、大満足しているパクたちには不満なぞないのだ。


 「転移は消費する魔力が相当だって、対象が大きければ大きい程。…パクたち、転移した後は疲れて動けないんです。俺、心配で…。他の方法はないかと調べてるんですが、」


 「ここにあるのは基礎だけか。流石に詳しいものとなると、個人で手に入れるのは難しいぞ。近くの街っていっても小さいしな」


 「カイ、何か方法知りませんか?話を聞いたとか…」


 「そう言われてもな…」


ファスの目は真剣だ。余程パクたちが心配なのだろう。

力になってやりたいが、魔法に関しては適当なことは言えない。間違った知識で行使してしまえば、大事故に繋がる。

しかし、こうして頼ってくれたのだ。意地でもなんとかしたい。


 「……、…一人心当たりがある。大魔導候補って期待されてるらしい実力者だ」









 「私でよければいーよ!勿論誰にも言わない、お口チャック!」


 「転移魔法まで理解できるとはな…。ファス、まずは基本属性を教えてくれないか?」


 「む!トオヤ、頼まれたの私だよっ!でも教えて!」


一時間後。遅れてやって来た二人に助言を求めてみると、うららは一緒に居れるとばかりに二つ返事で引き受け、魔猫と薬草に興味津々なトオヤも協力的であった。

パクたちもファスの足元に整列し、じぃと見上げている。カイから二人の素性を聞き、俄然興味が湧いたので大人しい。流石、通称『知恵猫』。


 「しらゆきは火、はやては風、ダイチは土、オネムは水です」


 「パクちゃんは?」


 「パクは、属性が分からなくて。補助魔法…といえばいいんでしょうか、しらゆきたちの力を増強させるんです」


見せた方が分かりやすいと、しらゆきに頼む。


 「にっ」


しらゆきが両手を掲げると、人間の握り拳程の火球が現れる。上手く制御できており、均一の大きさのままだ。


 「これが普段のしらゆきで、パク、」


 「にゃあ」


パクが側に行くと、火球が大きくなる。そして同じように両手を掲げれば、一回り、いや二回りも大きくなった。ふたりはできた!と喉をゴロゴロ。


 「みんなでやっても、これくらい増強できるんです」


 「…分かった。これはプニプニ肉球パワーだね!!」


 「何言ってんだお前」


真剣なうららに冷静なツッコミが入る。

魔法を発動させる時に、確かに肉球が光ってはいたが。どうやらかわいいが過ぎて、そこしか見てなかったらしい。


 「もしかして、発動させなくても近くにいるだけで増強してないか?」


 「これは前々から?」


 「あ、はい、元々です。基礎を身に着けた時にコツを掴んだようで、前より正確に出来るようになりました」


基本の四大属性に、パクの『増強』。魔猫は知られていない事が多くありそうだ。

因みに、パクの能力は人間には効果がないらしい。


 「パクのは、パクの特有能力と考えてよさそうだな。…で、魔力自体は多くないか」


 「転移は半端なレベルでは使いこなせない上、魔力消費も激しい。通常じゃ魔道具頼りになるが……うらら、いい加減戻ってこい」


かわいーねー、とメロメロになっている、多分大魔導候補を呼ぶ。


 「全員分の魔力と増強、これで転移可能か?家ごと」


 「んーと…、できない事はないけど。ファスさん、媒体使ってる?私の杖みたいに、魔力を貯めておくような」


 「魔法陣なら…」


巣の四隅にパクたちが描いていた。そこに魔素を貯め、魔力も偶に込めている。


 「これだね。…うん、これなら。でもやっぱり魔力空っぽになるでしょ?もう一つくらい、媒体あったらいいんじゃないかな」


形はなんでも構わないと、うららは言う。


 「魔道具は高いけど、魔導士専用の武器か装飾品なら値段も手頃だし…」


 「にゃーにゃ、」


 「え?」


それまで大人しくしていたパクたちが声を上げる。にゃあにゃあと、揃ってうららの言葉を否定しているようだ。ファスが首を傾げている。


 「それはダメって言ってます…。それに、媒体はちゃんとあるって…、あるの?俺知らないけど…」


 「ぶーにゃ、ぶにゃにゃ」


 「…大事なモノはちゃんと隠してる、……って、言ってます」


 「え?えぇ?そうなの??」


パクたちは次にうららの足元に集まり、訴え始めた。小柄なオネムはよじよじと登っている。

驚きつつも、とても嬉しいうらら、何々ー?ととろけてしまった。


 「あの、うららに、魔力量を増やす方法を教えて欲しいそうです…」


 「任せて!こうやってね、常に魔力を体の中で練るんだよ、それでー!」


思わぬモフモフ天国に、うららは大盤振る舞いである。今の彼女に尋ねれば、重大機密事項も喋ってしまいそうだ。

その光景を、困惑顔で眺めるファス。知らない事があった。それに少々動揺しているようだ。


 「ファス、」


 「!…な、なんだか、俺余計な事したみたいですね、パクたち、ちゃんと考えてるのに…」


 「いいんじゃねぇの。それぐらい、あいつらが大事ってことなんだから」


 「…そう、でしょうか……」


 「それに家族だから何でも知ってる、ていう訳でもないと思うぞ。隠し事の一つや二つ、あって当然だ」


ファスはパクたちを見つめた。そして、ゆっくりと、カイの言葉に安堵したように微笑んだ。






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