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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第六編 門に迷う。
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二話④

「お久しぶりですね、香月様。先の乱での活躍に男爵位だんしゃくい勲章の叙勲じょくん、目覚ましいご活躍には驚かされるばかりです」

 慇懃いんぎんに頭を下げて挨拶をしているのは笹生さそう哲学てつがく彩鱗あやこけ北部に展開する笹かま商会を統べる大旦那だ。

 何かと利益の匂いを欠かさない素楽そら相手、体躯が小さく威厳と呼べるものなど持ち合わせていないが立ち位置と後ろ盾を考えれば、横柄な態度を取り機嫌を損ねる事なんて以ての外。礼を欠くことなく相対する。


「そこまで畏まられてしまうと困ってしまいます、どうぞお気を楽に。ところで件の祭典、笹生家も参加していたようですが、お怪我はありませんでしたか?荒れていましたので」

「いやはや、彼の時には祭事部の方々の誘導がありましてね、妻子と共に切り抜けることができましたよ。彼らとは良き関係を築ければ、なんて思いしきりな日々です」

「それは何よりです。ふふ、そうですね、実は夏至に丹治たんじ祭務司がお越しになられるのでお伝えしておきますよ」

「益々の事、祭事部に足を向けられなくなってしまいますな、ははは」

 色々と工面するので最近勢いのある法元派閥に取り入りたいという簡単な話。彼自身は北部の主流派の一人なのだが、政の風向きよりも金子の匂いが重要、と結べる縁は結ぼうという魂胆なのだ。素楽がいる以上、なにかと話題に欠かないのだから間違いはないのやもしれない。

 そんな二人のやり取りを見て、苦手意識を持つのは奈那子と紫堂、匡弘の三人だ。彼女らはどちらかというとこういったやり取りを得意としない面々、基本的には置物とかしているのが現状だ。


「そうそう、前にご依頼頂いた観光業の情報ですが、良い仕上がりになったのでどうぞお受け取りください。勲章授与の祝い、ということで受け取って貰えれば幸いです」

「いいのですか?」

「是非ともお受け取りいただければ、と」

 国王である寿徳から直々に認可を得た魔石魔法が生み出す利益を考えれば、少しばかりの手間と製本の代金で機嫌を取れるなら安い投資だと哲学は喜び差し出す。利益と繁栄のためであれば、投資は惜しまず常に真摯であるのが彼だ。


「感謝します、哲学様。中身を拝見しても?」

「どうぞ」

 先ずは中央にほど近い歩陽ふよう領の智居湖周辺に位置する別荘地を取り仕切る貴族からの話である。


(へぇ、少し前の収支や年間計画まで入ってる。結構な取引したんじゃないかな、これ。……流行りが廃れてから空き別荘が増えてからは買い取って貸別荘にしたんだ。ふむ、やっぱ行き来、交通の便を整備することの重要度は高そうだなぁ)

 温泉と避暑の地として観光業の計画を以て、陸路の敷設を切り出そう、なんて考えていた素楽だが、手元に返ってくる利益を大まかに弾き出しても割に合わないという感覚。


(他の切り口を考えたほうがいいかもねー)

 白臼山まで拓かれた路はなく一帯は未開といって差し障りのない場所、空路でなければ片道でも一〇日以上の日数を必要とする程。

 続く頁は温泉地、パラパラと捲り見ては斜め読みにしていく。


(白臼山にどれだけの価値があるのでしょうかね)

 素楽が目を動かしている最中、彼女の表情を観察しながら哲学は考える。


(はっきり言ってあの山にはそれほどの価値は感じられませんし、特別に大きな博打を打たなければならないほども茶蔵の財務が苦しいとも考えられない。領政を鑑みるに気張ってあれやこれやと手を伸ばす必要はないでしょう)

 ならばと思考を巡らせるも簡単に思いつく可能性は、態々大金を積んででも果たすべき物とは言い切れず浮かんでは弾けるばかり。


(そもそもこの方には幾重にも布を被せられた不可侵領域存在する、持ち合わせの情報で辿り着くのは難しいでしょう。それに逆鱗さかうろこや祭事部に睨まれては商売が楽しくなくなります)

 彼女の故郷が桧井国ひのいのくに松野領というのはそれなりに周知されているが、実在するか、何処にあるのか、という話は多くの憶測を生んでいる。

 最近ではニーグルランドに滅ぼされた亡国の姫が命辛辛いのちからがらで茶蔵に辿り着いた、迷界の内に国が存在しこちらに迷い込んだ、などという噂が行き交う程。

 パタリと表紙が閉じられ少しばかり考えことをした素楽は、ニコリと微笑み哲学へ改めて感謝を述べた。


 さて、いくらか細かな商談を進める。今回の目当ては加加阿かかお豆や香草蘭ばにらといった類い。産地が角皆つのかい以南の温かな土地であり素楽個人では入手が難しい品々で、ショコラトルを再び味わいたいと大商人たる笹かま商会を呼び寄せたのである。

 これらは珍品という事もあり、値は張ったものの素楽の懐を痛めるほどではなく、哲学もぼったくろうという性格でもないのでお互いが納得の行く線で話は纏まる。

 そもそも話を持ちかけた時点で簡単な見積もりが届いていたので、この二人であれば拗れようがない。

 一しきり話を終えた後、茶で喉を潤しては部屋の隅に置かれた箱の一つを机に運ばせる。


「箱の内を冷却する魔道具です。急拵きゅうごしらえなもので細かな試験等は行えていませんので、どれほどの耐久が魔石にあるのかは不明ですが、魔力さえあれば水を凍らせるほどの冷気を継続的に放出してくれます」

「ほほう、これが…」

 本場の魔道具と比べてしまえばかなりちゃちな代物で、木箱の内側に冷却の魔法を刻み込んだ魔石が嵌め込まれているだけ。


「この魔石に魔力を注ぐと…このように内部を冷やしてくれ、期間は時二つ(よじかん)、細々と魔力を注がなくてはなりませんが温度は保証できます」

 正式に認可を受けた魔石魔法。事前に知っていたこともあり飛びついてきたのは哲学で、氷を生み出す魔石をいくらか卸してほしい、という話が事前にされていた。


 笹かま商会という名前から想像がつくかもしれないが、この商会の一号店は海に面した領地に始まり、魚の練物、蒲鉾を取り扱っていた。とはいえ魚は腐りやすく、加工品の蒲鉾もそれは同じ。売れるのは精々移動に時間を要すことのない隣接領のみ、このままではと一念発起し手広く商売を広げたのが三代前の笹生家当主であった。

 当代の哲学まで含めて笹生の当主らは商才に溢れるものであったため、気がつけば北部一の豪商となっていた。

 そんな中、自在に氷を生み出せる存在が現れて彼が考えたことは、元々取り扱っていた魚の加工品を近隣以外でも売りさばくことができるのではないか、という事。

 内陸に位置する王都では海魚は高級品であり、届く品々も干物や漬物、発酵品精々。新鮮な魚を食べたくば海に面した領地まで足を運ぶ必要がある。

 だが未知のもののために、態々短くない期間を馬車に揺られるのは億劫。客足が良くないのが現状だ。


 そんな話を持ちかけてみれば氷を作り出すよりも箱内を冷やし、冷凍まで出来る物の方が良いのではないかと素楽が提案し、哲学が依頼した形になる。


「これからの関係や試作品であることを考慮して、値段はこのくらいでと考えています」

 紙面に書かれた金額は目を見張るもの、ではなく材料費に多少の手間賃が載せられた程度で、逆に詐欺を疑いたくなるくらいだ。


「条件はあるのですが。先ずは日毎の使用回数、時間を具に纏める報告いただく事。次はこの魔道具を紛失せず、砕けた魔石はこちらに返却いただく事。最後に複製をしない事の三点です」

(なるほど、試験的な運用の為の貸出、といったところでしょうか。使用にあたってはいくらか学と魔力のあるものを起用する必要がありますが、利益を考えれば悪くない)

 この箱一つで運べる量は非常に少ないのだが、王都にいては味わえない魚介の味を貴族らに覚えさせる良い機会になると哲学は脳内で算盤を弄る。

 安価で貸し出す素楽の目論見としては、試験の為の時間と魔力を笹かま商会側にださせ使用した細かな情報を得たいと言った所。


「喜んで支払いましょう。報告は一括か随時のどちらにしましょうか」

「そうですねー、一定の帰還ごとで送っていただければ助かります」

「畏まりました、部下に命じておきましょう。今後とも笹かま商会をご贔屓にしていただければ幸いです」

「ふふ、頼りにしています。そうそう、この保冷箱なんですがあと三つありまして、いくつお使いになりますか?」

「へ?」

 客人の前で素っ頓狂な声を上げた哲学を無視して、使用人に指示をだせば別室から運ばれてくる魔道具。物の運搬に使うのならば沢山必要だと張り切った結果がこれだ。

 気を取り直した彼は、提示された値段を四つ分支払い全て持ち帰ったのであった。

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