二話③
バサリバサリと羽ばたき音を響かせる翼人は、朱色に瞳を染め角を生やしては目下の里山の魔力を浚う。
日が翳り始め幾ばくか、視界こそ良好とは言えない状況下でも障害を意に介すことのない魔力視は非常に役に立つ。魔眼を無しにしても飛行と偵察、索敵能力は脅威的であり、黒表に記され狙われるだけの理由足り得るだろう。
さて、間伐の行き届いた山林から奥へと視線を動かしていき、見つかったのは大きな魔力の形が五つほど動いている箇所。 見つけられた地点を中心に旋回しつつ索敵の範囲を広げていけば、更に奥まった地点に地中から魔力の湧き出る箇所があるではないか。
(何あれ、魔力の噴出孔?渦巻いて、畝っている?魔法の発動前みたいだけども)
地中より湧き出ているようにも見える魔力は波のように上下しつつ、ゆったりと渦巻いては周囲に霧散していっている。
詠唱魔法の発動前にもよく似ているため、高度を上げて観察するもしばらくの間変化はない。
(中から魔力の反応が一つ、他の五つと同じくらいの大きさで…移動を始めた。これって迷界かな)
素楽が茶蔵に来て間もなく言葉も知らない頃、翔吾率いる茶蔵軍と対峙し襲いかかっていた魔物がおり、加勢することで拾われるきっかけを作ったのだが、その際に魔物らが発生していた源こそ迷界。
当時は首魁たる大狼を倒した後には、蛻の殻である迷界進み核である魔石を破壊、持ち帰り終わってしまった。故に詳細はいくらかの読み物で知り得た知識のみで、しっかりと観測するのは初めてである。
(確証を得たい。限界まで高度を下げてみれば、肉眼でも門を観測できるかな)
魔力で作られた翼と尾羽、そして魔力から発せられる推進力を指を動かすが如く緻密に操作し、木々に追突しない限界高度で旋回する。
前に見たのは地中へと繋がる螺旋階段、その先は青空付きの平原が広がっており心底驚かされた。迷界の門は異界に繋がっているのだと皆は言う。
これに目をつけているのは異界から迷い込み帰路を閉ざされた翼人。茶蔵は疎か各領地でも数年に一度発現する程度の珍しい現象だ。実物を調査したいと考えるも、発生しないのなら機会はないと諦念すらあったのだが。
(木組みの門と、大熊。確定かな。先ずは村の人達に近付かないように伝えとかないと、被害が出ちゃう可能性があるね)
急ぎ翼を翻し飛び立って時の経たない村へと舞い戻り、迷界の可能性があることを伝えれば深刻そうな顔を見せる。
前に起きた迷界の氾濫、侵攻では廃村手前まで被害が出たことが記憶に新しいのだろう。
素楽自身、政務そして軍部に殆ど影響力と発言力を持たない、迅速な軍の派遣こそ確約できないが、情報伝達速度と確実に城に届くことを保証し大翼を羽ばたかせる。
―――
すっかり暗くなった夜空を駆ける朱い翼は茶蔵城の執務室から光が漏れている事を確認し、張り出しの手摺へと綺麗な着地を決める。
「素楽っ!?驚いた、こっちに来るなんてなにかあったのかい?」
素っ頓狂な声を上げた翔吾は窓を開け放ち素楽を招き入れる。
こちらに直接顔をみせることなど殆どなく、急を要する事件が起きたのだと理解させられた。
「申し訳ございません、こちらの方が都合が良いかと思いまして」
執務室に詰めているのは彼を始めとして、早船優建、八間川重忠、菅佐原直之の四人。驚きか、少しばかり口元が引きつっている優建を除けは茶蔵に長い二人は翔吾と考えを同じくする。
「皆様ごきげんよう。では要件なのですが、羽南の里山に迷界と思われる構造物を発見しました」
村人から聞いた話と実際に見た状況、魔力の内から大熊が現れた事を懇切丁寧に伝えれば、一同は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。迷界なんて存在は面倒なもので、できれば聞きたくない話の一つなのだから仕方がない。加えて今回は大熊、狼などとは比べ物にならない相手なのだから。
「厄介な…。然し、数を考えるに初期段階だね。素楽、お手柄だよ」
「杵島隊に話を付けてきましょうかね、急げは三日、いえ二日で出立ができましょう」
「使えるものはなんでも使うように伝えてくれ、半端な戦力で返り討ちに遭うほど馬鹿らしいことはない」
おまかせを、と告げた重忠は素楽に一礼して執務室を後にした。
「翔吾様、迷界の制圧に協力したいです。わたしが出るとなればグニルとテオドルさんも戦力に数えられるかと」
「……。それは建前じゃないかな?」
「ふふ、考えは筒抜けですか。異界へと繋がる迷界の門、わたしとブロムクビスト夫妻の帰路に役立つのではないか、と調査したい次第です」
簡単に見透かされていた事を少しばかり嬉しく思いながら、真面目な表情で見据えながら素楽は言いのけた。
「危ない真似はしてほしくないのだけどね…。上からの目が有ったほうが確実だと私も理解しているし、素楽にはいくらでも協力したいと考えている。はぁ…いいだろう、祭事部の仕事と上手く調整するように奈那子とよく話し合うのだよ」
「ありがとうございます、翔吾様」
「奈那子によく怒られるように」
「はーい、それでは」
「ああ、夕餉の時に」
手摺へと趾を掛けた素楽は朱い翼を広げては居住区画へと飛び去っていく。
「なんというか、翔吾くんとは気が合いそうだね」
「はは、直之とも合うと思いますよ」
「あー…」
どうにも活気の溢れる女性に振り回される男が三人、一度顔を合わせては急に舞い込んだ仕事の為に頭を回転させる。
―――
「あーもう!わかったッス!なんであちこち頭を突っ込むんスかね!」
プンスカ起こりながらも手帳を覗き込み予定の調整を行うのは奈那子。主というよりかは手の掛かる妹のように素楽の世話をしている彼女は、危ない事をしてほしくないため不平不満を露わにする。
自身の身を案じている事は十分に承知しているので、お小言を受け止め平に謝る。
「というかグニルとテオドルさんはいいんスか?領地内とはいえ遠征ッスよ」
「ん?あぁ、素楽ちゃんとは一蓮托生じゃしな、ワシら。迷界には興味もあるし、喜んでついて行くぞ」
「現地では任せて」
側近たる奈那子からしても信頼の置ける二人にやる気があるのであれば、もう止める手立てはないと諦め、大まかな調整を組み立てる。
「素楽様は飛んでいけるんで軍と二人が到着する頃に出立でいいッスよね?それまでに祭事部の仕事を終わらせて――」
と口早に今後の予定を伝える。祭事部の儀式以外には茶蔵貴族及び周辺領地から足を運んだ貴族との社交、魔法部への顔出し、笹かま商会との面会、そして疲れを癒やすための休日と多忙な日々だ。
「騎射、とかなんとかいう馬の上から弓を射つのは、予定通りに夏至の日でいいんスか?祭務司まで来るってなってるんで、動かしようはないですけども」
「慣らしは休日にやっとくから大丈夫ー」
(そんな事を聞いたわけじゃないし、休日をなんだと思ってるんスかね…。まぁ移動速度考えれば問題はなさそうッスかね、長引いても一人で帰ってくればなんとかなる、はず)
「それじゃこんな感じで進めるんで、一応目を通しておいて欲しいッス」
走書きの紙を魔石で写し、素楽の机へと置いては使用人を呼び出し指示を出す。侍女となって早一年といくらか、仕事様が板についてきたようで素楽はころころとした笑みと視線を向けている。
(予定の調整は奈那子に任せておけば大丈夫だね)
「ありがと、奈那子」
「なんですか急に、ほらさっさと湯浴みに行ってください。殿下をいつまでも待たせるものじゃないですよ」
ほんのりと頬を染め顔を背けては、口調が丁寧なものに変わっており、照れているのが一目瞭然。そういった姿も好いと使用人と共に浴場へと向かっていった。




