二話②
あちらこちらと村々を飛び回り祭事部の仕事を熟す素楽だが、短期間で成り上がった事や妙齢で七別病を患い完治した事から、ここ最近は様々な縁起者として認識されることが多い。
七別病は数年に一度流行る病なので、そろそろ流行るのではないかと危惧している部分もあるのだろう。子供の死因の多くは病死、愛しい我が子の無病息災はいくら祈っても祈り足りないほど。
素楽にしても子供は領地の宝だという認識でいるので、「白烏のお姉ちゃんだー!」と子供たちが寄ってくれば笑顔で相手をしている。飛んでみてほしい、なんていう頼みごとが一番多く、去り際に子供の前で飛んで見せては、縦に旋回する曲芸飛行を見せつけて次の村へと向かっていく。
「お待ちしておりました香月祭務長」
一つの村に降り立てば出迎えたのは前もって準備のために派遣されていた祭務官と村民。
「おまたせしてしまいましたね、どうにも予定が延びがちで」
頬を搔きながら困った風に素楽は言う。子供を無碍に扱わない分、時間を押しているのが実情だ。
とはいえそれも織り込み済みなのか、祭務官は事前に村人らへ話をしているようで、嫌な顔などは一つもなく駆け寄ってくる子供たちの相手をする彼女へと暖かな視線を向けていた。
今回の儀式は村の共有倉庫拡張と民家三建、老朽化した民家の改築を二建の築屋の式。茶蔵は人口が毎年右肩上がりに増えている活発な土地柄、一回の来訪で素楽の片手では数えきれない儀式を行うことも少なくなくなってきた。これから他の領地からも人が足を運ぶことを考えれば、日々忙しくなりしきりな事は想像に難くないだろう。
「お気になさらず、香月祭務長がお越しくださるのならいくらでも待てます故」
「ふふ、ありがとうございます」
気遣いに感謝を述べては、礼装へと着替えるために女性祭務官と共に用意された場所へと移動する。
礼装姿で移動できるのが最適なのだが、飛行には両の腕を露わにする必要があり、意匠の凝った裳裾では何かと不便。建国祭に着用していた飛行にも適した正装を素に新たな礼装を制作しようという意見もあるので、翌年くらいには着替えの手間が省けているかもしれない。
当の正装は残念ながら一回で使い物にならなくなってしまったので、非常に惜しまれたのだとかなんとか。
着替えの最中、村の女児が顔を見せては素楽を見て、口を大きく開けてから何処かへと去っていく。
着ている本人が彩鱗に一人しかいない翼人で、日常的に見ることのない豪華な礼装と驚きと憧れが湧き上がったのだろう。再度顔を見せたときには人数が増えていた。
可愛いものだと小さく手を振り笑顔を振りまいては、祭務官に身を任せて着替えを終えていく。
主役たる素楽がすることといえば、荘厳な面持ちで嘴磨の枝を地面に刺すだけ。
他の儀式事においても基本的には突っ立っていることが主。本人曰く、着替えが一番大変だとか。
恙無く終わった築屋の式、視線を上げれば日は山間に隠れ始め本日の仕事は終わりを告げている。
「ありがとうございました、香月祭務長」
村の長は深々と頭を下げて感謝を告げる。素楽の現れる前では祭事部の所属か、村々に在住の白髪の者を起用して築屋の式を執り行っていたのだが、如何せん白髪となると高齢な者が多く、移動に不便をしていたのが実情。
言ってしまえば因習的、中央では鬘を使用し始めたり変化しつつあるのだが、そういった流行りが 地方に波及し浸透するまではいくらかの時間を要するのが世の常。
素楽が人気なことを踏まえても暫くは彼女が飛び回ることになるのだろう。
「いえいえ、わたしに出来ることをしているだけですので。最近お困りの事などはありませんか?」
各村々で困り事や不満がないかと尋ねている。
嘆願書等は領都に届くまで時間がかかってしまう、故に毎日城と村を往復する彼女の耳に入れたならば即日で届くことになる。空飛ぶ目安箱だ。
とはいえ相手は祭事部の祭務長、そして王弟の婚約者に…と小さな愚痴をこぼすには畏れ多い存在。ウンウンと悩んだ結果、特にありませんね、と返ってくるまでがあ一連の流れである。
「…そうですねぇ。最近里の山その奥地で熊を目撃した、なんて山に入った者が言い始めまして、例年であれば沢山採れていた春の山菜も採取を見送ったのです」
「ふむ、熊ですか。茶蔵の地では多くないと学びましたが、昨年や一昨年はどうだったのですか?農作物の被害などは」
茶蔵は開拓が進みきっておらず、いくらかの山岳もある土地だが里山にまで降りてくる熊の類いは多くない。寧ろ少ないと言って過言にならない程だ。
「おらさ直接に見たが、こんなデッケェ熊が三頭も奥にいたんだ。びっくらこいて飛んで逃げてきただ」
困った風の村人は冬の終わり、狩りに出ていたのだが最中に熊三頭を発見。気が付かれる前に仲間とともに逃げ去ったのだと。
元々、大きな獲物を仕留める予定もなく鹿取れれば万々歳といった集まりだった事、そして大熊が三頭ともなれば流石に手を出せるはずもなく、彼らの判断は正しかったといえる。
「冬の終わりでしたよね、冬眠が明けるには早くないですか?今年は寒さの厳しい冬とも聞きましたし」
「ええ、そうです。なので気が立った熊であることを考え、里山への立ち入りを制限した次第で…。山奥に帰らないようならば嘆願を出そうかと話していたのです」
(熊って群れる動物じゃないはずだけど、特に成体は)
どうにもおかしな話だ、と考えた素楽は熊を発見した場所を聞き、大きく翼を広げる。
(帰るの遅れちゃうけど、簡単に見ておきたいな)
「それでは皆さん、お元気でお過ごしくださいね。祭務官の皆さんも慌てず事故の無いように移動してください」
簡素な別れの挨拶をしては城を目指すのではなく、翼を翻して里山の方へと素楽は飛び去っていった。




