二話①
冬に滞った仕事を熟すため素楽が茶蔵を飛び回っている晩春の頃、翔吾中心とした行政官らは顔を見合わせ、そして手元の上へと視線を戻す。
「亡国ドゥーナスの狐耳族流入、か」
「先の乱で活躍し市民権を与えられたテオドル氏の話題が、彼らの間で広まったのでしょうね。元々、彩鱗は他種族にも寛容でしたから、彼の国がニーグルランドによって滅ぼされたあとも、迎え入れるとはいかなくとも滞在を黙認してきました」
鬱屈した状況下、三角に尖った耳に太く毛量のある尻尾をした狐系獣人が、色々と肩書の多い新米貴族に重宝されては手柄をあげて市民権を得たのだ。
自分たちでも厚遇してもらえるのではないか、とここ暫く話題の中心になりつつある茶蔵へと流れてきている。
「たしか…テオドル・ブロムクビストは狐耳族ではない、ということだったか」
城に滞在している分、見かけはするものの名門貴族と素楽の一護衛に過ぎないため、茶蔵に来て日の浅い優建は伝え聞いた事しか知り得ない。
「ええ、素楽とも別の石門から現れたのは外つ世の…隔人という種とのことですよ。どうにも神の末裔だとかなんとか」
一度二度、聞いていた事を伝えるのは翔吾。男同士ということもあり暇なときに雑談等をしている間柄だ。
癖のある女性と親密な関係にあるため気があうのだろう。
「ならば今までと同じ扱いか、問題があるようなら叩き出せば解決だ」
「…いや、少しばかり考えさせてください義兄上。ここの領主は私なので」
「それもそうか。だが何を考えているか想像に難くないから言わせてもらおう、余計な事をせず無難な茶蔵主を務めるように。君たちをやっかむ者らは防波堤などすぐに飛び越えてくるのだから」
「わかっていますよ。然し――」
―――
「という話があってね。松野は多種族の領地だと思いだして、素楽からも意見を聞きたくて」
夕餉前の憩いの時間に昼間の出来事を話し意見を求める。
「厳冬の凍死者や餓死者かぁ、厄介な問題だね…」
ふむむ、と頷いた素楽は翔吾の話を反芻し考える。
二人が中央に滞在している最中、厳しい冬が訪れており茶蔵へと流れてきていた狐耳族の一部が凍死や病死していたという話だ。今年も厳しい冬に閉ざされる可能性は無きにしもあらず、母数が増えていればそれだけ被害者が増えることに繋がる。
これの対策をと揉めていたのが翔吾と優建の二人で、今は素楽に相談するに至ったわけだ。
「翔吾は冬に限った一時的な支援をしたいの?それとも狐耳族を取り込むような継続的な支援をしたいの?」
「…なるべくは後者なのだけどね。特に流行り病が発生した際に我々の支援を受けれるのは市民権を持つ者に限られるだろう?持たない彼らが病を引きずり続けることで収束が遅れる可能性も考えているんだ」
彩鱗の市民権は基本的に国内で生まれた竜人、もしくは角皆国から移住してきた竜人に限られる。市民権と共に爵士勲章と授かった翼人や反乱の制圧に加勢し戦果をあげた夫婦などは特例だ。
市民権を持つ者であれば流行り病や天候や迷界による災害の被害を受けた際に支援を受けられ、揉め事が起きた際に裁判をすることが可能になったりと生きていうえでの保証が多くされている。その代わりに税を納める必要はああるのだが。
「それに素楽とテオドルの研究がうまくいき、国交を持つようになれば茶蔵は玄関口になるだろう、多くの種族が同じ土地で生活する松野と。故に事前に慣らしておくのも悪くないと考えたんだ」
「全然進んでないんだけどねー。…うーん、種族間と文化間の問題って多くなれば多くなるほど肥大していくんだよね。市井でも暮らしていたからよく見ていたんだけど、反りが合わなくて口論や殴り合いなんて日常茶飯事だし対処する兵士の仕事は尽きなかった筈だよ」
実際に治安の悪い部分も知ってる素楽は自身の意見を述べる。
「それに宗教の違いは大変だよ、絶対に。彩鱗じゃ家を建てたり土地を使うことに関しては祭事部を通さなくちゃいけないわけでさ、これが狐耳の人たちに馴染みがあるとは限らないんだよね。翔吾たちが治める代は良いかもしれないけど、そういうところから小さな亀裂が入って大きな負債になる可能性も考慮しないとね。石門の向こうとの付き合いも含めてさ」
彼女の意見に翔吾を息を呑み、考え込む。
最初から多種族と単一種族から他種族化するのでは原住の民の感覚が大きく異なる。やるのであれば慎重に、そして入念な計画で進める必要があると素楽は説く。
(見通しが甘かったか…)
外つ国人といえば素楽とブロムクビスト夫妻、そして兄弟国でもある角皆国の者くらい。前者三人の宗教観は緩く異教の神だろうが、ここは外つ国だしと簡単に受け入れる性格。後者は素が同じ国ということもあり衝突することもない。
そういった経験則から施策さえ上手く組み立てれば、異文化圏の狐耳族でも馴染めるのではないかと考えていたのだ。
「まぁでも、持てない人たちを支援しようって考えは良いと思うな」
本来であれば素楽も持たざるもの、運良く迷界の侵攻を受けている翔吾らに加勢でき拾われたが故に生活が出来ているのだから。
彼らを支援したい、という翔吾の考えにも否定的ではない。
「必要な時は言ってねー。力になれることは多くないけどさ」
「その時は頼むよ」
一人で考えていても始まらない、と考えを角へ追いやり、多忙な婚約者へと目を戻す。
「村々での儀式は順調かい?」
「うん、順調。去年はあちらこちらに飛んでて時間を無駄にしちゃったからねー、祭事部のみんなが茶蔵を区分けして効率的な予定を組んでくれているんだ」
いくつかの村をまとめて一区二区と区分けをし、二日ごとで終わらせる日程が組まれているため、順調という言葉に嘘偽りはない。
「あー…そんな話が上がってきていたような。ふむ、あとで祭事部に区分けした地図の写しを貰えるか問い合わせてみるか」
「村を一つ一つ管理するよりも負担が減るし、色々と便利だよねー」
「ああ、導入には時間がかかるだろうけどね、一考の価値は全然あるよ」
途切れた会話を気にする風でもなく、少しばかりの体重を翔吾に預けた素楽は気ままな鼻歌を奏でる。社交の場で聴いた一曲であろうか。
彼女にとっては心許せる彼と過ごせるこのひと時が何よりも有意義な時間なんだと、茶蔵に帰ってきては再確認した。中央では王城と法元屋敷で離れ離れ、顔を合わせた回数も多くはなかった。離れてようやく気がつく大切なことである。
(そろそろ区切りがつくし、騎射の披露をするために馬と弓を慣らしておきたいなー。魔法部にも顔を出しておかなくちゃ、晴子さんや春生くんに任せっきりだし)
暢気に今後の予定を考えながら過ごしている。
隣の翔吾はといえば素楽と触れ合いたいと思って止まない心持ち。なのだが、いざ彼女を前にすると嫌われたり嫌がられたりしないかという一抹の不安が脳裏をよぎり、手を引っ込めてしまうのが生まれてから凡そ三〇年間恋愛ごととは縁のなかった奥手な王弟殿下である。
「いい、翔吾叔父様。そんなんじゃ素楽叔母様に愛想を尽かされてしまいますわ!乙女というのは愛しい殿方からの触れ合いを待っているものなのです!」と二〇も年が離れている姪御からもありがたいお言葉を貰っている。
(手を繋いで抱き寄せる、だったか)
きゃーきゃーと頬を染めながら説明していた小夏の言葉を思い出しては、恐る恐る手を伸ばしては鱗で覆われた指に自身の指をコツンと当てる。
次は、と思考を巡らせている最中、くるりと掌をまわした素楽が絡め取るように指を這わせて、固く手を握られてしまい思考の一部が明後日の方へと投げ飛ばされる。
口端を上げ目を細めるように微笑みながら素楽は翔吾に体躯を押し付ける。




