一話③終
「よっ」
「紫堂か、どうした夜更けに」
夜風に当たっていた匡弘の許に現れたのは、同僚である紫堂。中春にも関わらず肌寒そうな格好をしているが、肌には薄っすらと汗が光る。
「いやなに、鍛錬にと走り込んでいたらお前が見えて。何に黄昏れてるのか小突きに来たのさ」
「悪趣味な…。案外のこと忙しくなりそうに思えて」
「はっはっは、良いじゃないか。それに祭務長の儀式を直接見れるなんてありがたい」
首に掛けられた手巾で汗を拭いながら言葉を続ける。
「俺が驚いたのはこちらでの扱いだ、祭務長の。親類の子供くらいの扱いだろ?中央では信じられないとな」
魔法師も祭務官も、なんなら使用人すら気安く可愛がっている風だ。対して中央では、ニーグルランド兵が王族を狙い襲撃を仕掛けていた話が広まるとともに、素楽を救国の英雄や白烏の生まれ変わりだという風潮があった。
「たしか…言葉すら知らない状況で現れて拾われてきたって話だから、その頃の感覚が抜けないんだろうね」
「そう言われればそうも見える。茶蔵では茶蔵のやりかたがあるのだし、俺たちも馴染んでいかなければな」
「というか何で紫堂はなんで護衛の継続を願い出たんだ?」
「これといって大した理由があるのではないが、生まれも育ちも中央だから他所を見てみたかったんだ。茶蔵なら自然豊かで楽しそうだ、と。そういう匡弘はどうなんだ?」
「私は四子だから家を継ぐことはない。然しな、先の乱の功績で爵士勲章まで授かってからは風向きが良くてさ、このまま縁起に肖って行こうかと」
ブロムクビスト夫妻が市民権を与えられたように、素楽に同伴していた護衛らは爵士勲章を受勲している。
「野心的だったんだな」
「そこまでじゃないさ、今よりいくらか余裕のある生活がしたいだけだよ」
「…互いにが気を引き締めねばな、話によれば彼女は獣共に命を狙われているとのことだ」
「…あれだけのことが出来るんだ、危険視されないわけもないからね。公にされてないが以前にも黒獅子から襲撃を受けては、配下を討って退けているらしい。しつこい獣だ、諦めずに行動を起こすだろう」
「あぁ」
気の許せる間柄、覚悟を確かに職務への全うすべく頷きあう。
「これは明日花殿と長壁殿ではないか、男二人で夜の散歩とは…飢えた御婦人の餌食になってしまうぞ。というかその格好は寒くないのかの」
外套を纏って現れたのは彼らと同じく素楽の護衛を務めているテオドルだ。
「テオドルさん、こんばんは。…御婦人の行はよくわかりませんが、コレはいつもこう暑苦しい奴なんで」
「はっはっは、鍛錬は一日も疎かにできないので、こうして走り込みをしていたのです」
筋肉を見せつけるようにいくつかの構えを取っては楽しそうな笑顔を輝かせる。
「日々鍛錬を忘れず、良い心がけじゃのう。ワシも身体を動かそうか、どうじゃちとばかり手合わせをたのめるかの?グニル相手じゃと手も足もでなくてなぁ」
「おっ、任せてください!徒手空拳で良いですか?」
「ああ、武器を用意するのも面倒じゃ。…寝る前の軽い運動程度で頼むぞ」
向かい合ったテオドルと紫堂は基本となる武術こそ違えど、演舞のように自身の形を披露するが如く一進一退の攻防を繰り広げる。
先に体躯が温まり攻め込んだのが紫堂。これを後ずさりながらも軽々と受け流してみせるのがテオドル。
攻め込むために踏み込んだ脚、その脹脛へと蹴りを打ち込み、生まれた隙を突き小柄な体躯を余すことなく使い投げ飛ばす。
「ふー、ワシの勝ちじゃな」
「…マジかよ、あー悔しいっ!」
大の字に寝転んでいた彼は、座り込み腕を組んでは眉間に皺を寄せて考え込む。
「月明かりしかない状況なのだから、もう一歩慎重になるべきだったんじゃないか?」
「内なる俺が攻め込めと言っていたんだがな。テオドルさんはどう思う?」
「表情に出すぎじゃな、今から攻め込みますよっと顔に書いてあったわい。実力だけならばよく鍛錬されとると思うのう」
かっかっか、と笑いながら外套を拾っては欠伸をする。
「良い感じの疲労感じゃし、ワシは戻って寝るとするかの。お主らもさっさと寝るんじゃよー」
「「お疲れ様でした」」「おやすみー」
ひらひらと手を、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらテオドルの姿は小さくなる。
「私も戻るかな、風邪を引きそうだ」
「俺も戻るか」
あれやこれやと先の手合わせの事を話し合いながら、自身らに割り当てられた部屋に向かっていく春の夜であった。




