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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第六編 門に迷う。
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一話②

「あちこちで楽しく歓談をしたり、祭事部で仕事の確認をしていたら夕刻になっていた、と」

「あはー…まぁそんなところかなー」

 赤髪から湯気でも出そうな程に御冠な奈那子ななこを前に、素楽そらは申し訳無さそうに頬を掻く。晴子せいこからの報告を終えた後にも、城仕えの官人や使用人らと簡単な会話をしては牛の歩みで進み、忙しさが極まっている祭事部に入っては大凡の予定を組み、帰りにも。茶蔵さくらの名物娘と化している素楽の帰還は大いに喜ばれる結果となり、おしゃべりが弾む弾む。


「別行動をし始めた時には察してたッスけど、一言くらいはほしいんス」

「ごめんねー。それで今年も築屋の式で領地内を周るんだけど、予定の管理をお願いしても良い?」

「良いもなにも、あたしが予定を組まなかったらとんでもない日程になるじゃないッスか。なにがなんでもこっちで管理するんで」

「ふふ、頼もしいねー。それじゃあよろしく、あぁそうだこの辺りに――」

 なまじ体力豊富で仕事中毒気味なために、奈那子が予定を管理しなければ限界限々とも思える狂った日程で仕事をする。その実、狂った日程でも十分に余裕はあるのだが、それはそれこれはこれだ。


「はいはい、わかりましたわかりました、もういいんでさっさと湯浴みに行くッスよ」

(中央では大人しくして、…なかったッスね…。とはいえ猫を被ってくれてましたけど、帰ったらこれで。世話の焼ける主ッスね、ほんと)

 コツンと額を小突いては浴場へと向かうのであった。


―――


 仄かに香油の香りを漂わせる素楽は、全身を揉みほぐされ血行が良くなり、僅かに頬を上気させて本の頁を捲る。『未知を食らう』という如何物を好んで食べる奇特な者が書き記した奇書、驚くべきことに毒虫まで工夫をこらして食しているのだから感服する。真似をしたいとは、彼女も思ってはいないようだが。


「…食前に、その凄いものを読んでいるね」

「案外におもしろいよー、食べたいと思えるものは…一つ二つくらいかな」

(あるのか…)

 隣に腰掛けてきた翔吾しょうごへと体重をかけて、甘えるような態度をしては視線を本に戻す。


「体調が快復したみたいでよかった、馬車旅は大変だね」

「素楽みたいに飛べれば、楽になるかもしれないのだけど…高いところは気が引けるな。怖いと思うことはないのかい?」

「うーん…ないかなー。落ちるってなれば驚きはするけど…空はわたしの道だから」

 そんなものか、と考えつつ取り留めのない話をしていれば、外から話し声が聞こえては、扉が薄く開かれる。

 隙間を抜けて入室したのは二本尾を揺らす猫の魔物、屋住やすみのくしゃみとコマ、暫く城で見られなかった者らを確認して、素楽が帰ってきてるとやってきたのだろう。

 換毛を散らしながら素楽に飛び乗っては、なごなと話すような鳴き声を上げている。


「久しぶりー、元気そうでなによりだよ」

 本を閉じて両手に猫で撫で回せば、ゴロゴロとご機嫌しきりに喉を鳴らす。屋住みらは人との接触で魔力を得る人畜無害が魔物で、人並み外れた量の魔力を有する素楽がお気に入りなのである。


「…あっという間に毛だらけだね」

「ふふ、この季節はしょうがないよー。でも奈那子の溜め息は多くなりそう、なんかようやく帰ってきたって気がするなぁ」

「そうだね、今暫く忙しいのには変わりないだろうけども、夏になればゆっくりとできるかな」

「それじゃあ頑張らないとね」

 茜の空模様はいつの間にか黒に塗りつぶされて、夕餉の時間を告げる者が現れるのであった。


―――


 夕餉の場には千輝ちあきの夫、そして翔吾の義兄である早船はやふね優建ゆうけんと息子である石英せきえいも卓を囲むこととなった。


「すまないな、千輝は未だに調子が戻らなくて私と石英のみの参加とさせてもらうよ翔吾くん」

「姉上はまだ駄目ですか。他人事でもないのですが…大変ですね」

 姉弟といったところだろう、馬車酔い体質は似ているようで今現在は寝台で寝込んでいるのが千輝だ。

 父親の後ろからひょっこり現れたのは息子の石英、人懐っこい性格のようで大人である翔吾にも物怖じすることなく礼をとる。


「今日はばんさんにしょうたいいただきありがとうございます、翔吾おじさま、素楽おばさま!」

 よく通る子供の声が響き渡り、翔吾と素楽は微笑ましいとばかりに笑みをこぼす。


「よろしい、良い挨拶だね石英。今日は茶蔵の料理人が腕によりをかけて作った料理を楽しんでいってくれ」

「ふふ、元気な挨拶ですね。ではこちらへ」

 屋住みの毛に塗れた影響で、一度着替え直した素楽は二人を席まで案内する。後ろを追う石英は前をゆく翼人の鱗で覆われた足や羽毛の揺れる腕に興味があるようだ。旅の最中には触らせてもいるのだが、好奇心が尽きることはないのだろう。


 今回は規模の大きい晩餐会ではなく身内だけの小さな食事会。何れ社交にも飛び出してゆく石英のための練習も兼ねている場だ。

 とはいえ名門でもある早船家の一人息子。礼儀作法にもしっかりと教育が行き届いているので、ケチの付け所などあるはずもなく楽気な雰囲気のまま時は流れていく。

 失敗をせまいと緊張していたのか、それとも長旅の疲労が溜まっていたのか、コクリコクリと舟を漕ぎ始めるのは案外のこと早かった。


「石英、もう戻って就寝するといい。今日は十分な礼儀作法だった、毎日よく勉強しているね」

「…はいっ、おやすみなさい、父様、翔吾おじさま、素楽おばさま」

「「おやすみ」」「おやすみなさい」

 褒められたことが嬉しいのか、眠気の一部を吹き飛ばすように尻尾を揺らし会場を後にする。


「こういったところは未だ甘いな」

 口では減点でも付けそうな物言いだが、口端は上がっており子供には甘い性分のようだ。


「ふふ、石英くんは立派ですね」

「香月祭務長にも石英から溢れ出る知性と品格がわかるか、噂に違わない優れた瞳をしている。千輝と私、そう王家と早船という由緒正しき息子なのだ、誰の目を通しても理解できてしまうのだろう。ふっ、早船の繁栄と栄華は石英によって約束されたようなものだ」

 とんでもない親馬鹿であることが一瞬で露見したのだが、中央では案外のこと有名な話である。付け加えるのならば愛妻家でもある。

 本人こそ硬派な貴族を気取っているのだが残念ながら隠し仰せてなく、寧ろ周囲が気を使っているほど。悪人でなく、貴族としての手腕は確かなので鼻つまみ者でないのが面白い部分だ。


「君たちも察していると思うが、私は政務官として監視の意味合いがある。いや、君たちというのは正しくない、香月祭務長の監視を請け負っていてる」

 今現在の素楽は直接的な権力こそ持たないが、祭事部からの求心力と影響力を多く持ち合わせているうえに、翔吾という王族に嫁入りする存在だ。中央そして彩鱗政を担う国王派や主流派と呼ばれる貴族からは、目の上のたんこぶにも十分になり得るのだ。

 芽を摘んでしまうには育ちすぎており手を出せば基盤が揺るぎかねない、取り込もうには立派な生垣が邪魔となる。

 ならば後手に回らぬよう目を向けておくというのが精々と優建語る。


「つまりは余計な茶々を入れる気はなく、担ぎ上げようとする者を払ってくれる、という意味でよろしいでしょうか?」

「ああ、君に政をどうこうしようという気はなさそうだからね。若しくはそういう機会があったのにも関わらず気付けなかったか」

 小夏に教える勉強の場、近衛兵への誘い、王家からの褒章等、手を伸ばせば自身や翔吾を政の場まで押し上げることができたであろう機会をすべて不意にしているため、意志があったのにもかかわらず気がついていないのならば致命的な阿呆である。


「まぁ陛下はなにも心配はしておらず、君の面白い野心の話までしてくれてね。…上手くいくことを祈っているよ、我々にも十分利益がありそうだから」

 杯に注がれた果実酒を愉しんでは、試すような瞳を素楽に向けては口端を吊り上げる。


「期待に添えられるよう邁進しますよ。ふふ、わたしの護衛に大きなお目溢しをしてもらったようですからね、暴いただけの益は返したく思っておりますよ」

 薄っすらと残った果実酒を飲み干した彼女は、ニコリと笑顔を返し当たり障りない歓談が再開されるのであった。

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