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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第六編 門に迷う。
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一話①

 キュルルキュルと山鳥のさえずりが聞こえる中春も終わりに差し掛かる頃、王弟一行はしばらくぶりに茶蔵さくらの地を踏むことが叶った。


 豪雪地帯とはいえど中春ともなれば流石に雪は残っておらず、新緑が芽吹き開放感に満ち溢れた心のスッキリとする風景だ。

 行きにはいた笹生さそう家はおらず、中央魔法部の長である千輝ちあき王女を中心とする早船はやふね家にいくらかの魔法師、派遣された中央貴族が加わった大所帯となって帰ってきたのである。本来の予定は秋の終わりであり準備期間はしっかりとあったのだが、いざ到着してみれば忙しなくなるのが世の常。賑やかな茶蔵の城だ。


 馬車から降りてくるは城の主である常磐ときわ翔吾しょうご、茶蔵主、銀鶴しろがねつるの公爵位こうしゃくい。青みがかった黒髪に青紫の瞳、整った顔に長身とケチの付け所のない美竜人だ。先に降りて同乗者に手を差し伸べれば、白絹のような白髪を揺らし橙色の瞳をした翼人の女性が現れる。

 彼の婚約者である香月かづき素楽そら、中央祭事部祭務長、香花鶏かおるあとり男爵位だんしゃくい。中央と比べればいくらか冷える茶蔵の地、厚手の外套をすっぽりと被されているせいか、どこかふくろう人鳥ぺんぎんのような愛らしい形状になっている。グッと伸びをしたい気持ちを抑え込んでは出迎えの者らに挨拶をしつつ、長旅の疲れを癒やすべく自室へと向かう。

 この二人が馬車という密室に二人いたのだが、これといって何かが起こることもなく健全な馬車旅となっていた。強いていうのならば馬車揺れに酔った翔吾を介抱するため素楽が膝を貸した程度だった。


「それでは夕餉の頃にまた会いましょう」

「あぁ、しっかりと休むのだよ」

「ふふ、翔吾様もですよ。横になっていれば多少の気持ち悪さは楽になると聞きましたので」

「…そうさせてもらうよ、流石に今回は堪えたからね」

 ひらひらと手を振り別れたのちに護衛を引き連れ向かうのは茶蔵祭事部。彼女が長旅で溜めたのは疲労ではなく退屈で、今春の予定を詰めるべく足を向けているのだ。


 護衛にはグニルとテオドルのブロムクビスト夫妻。二人は先の乱にて彩鱗あやこけの為に尽力した結果、市民権を得て正式に彩鱗国民として、そして奈那子ななこと肩を並べる素楽の側近として認知されることなった。様々な者から話しかけられては面倒そうな態度を示すのがグニルで、面白がって取り留めのない会話でのらりくらりと往なすのがテオドル。今までと然程変わりない生活に戻るのに時間はかからなかった。

 さて、護衛には新しい顔が二つ。一人は明日花あすか紫堂しどう、祭事部系である明日花家の四子。もう一人は長壁おさかべ匡弘まさひろ、こちらも祭事部系である。彼らも屋代の乱にて素楽の護衛を務めた護衛の内の二人で、職務を継続したいと祭事部に直訴し茶蔵まで付いてくるに至った。


「私室に向かうのではないのですか?」

「今年の築屋の式が溜まっていそうですからねー、予定だけはある程度聞き奈那子に予定を組んで貰わなければなりません。皆さんにも力を貸してもらいますからね」

「「…」」

 どこか嫌な予感が背筋を駆け抜ける二人は、達観したテオドルの顔をみては職場を間違えたのではないかと思い始めるのであった。


―――


「やあ素楽さん、ようやくのお帰りだね」

 手頃な場所に煙草を吹かす道具を広げ、一服しているのは菅佐原すがさはら晴子せいこ。灰吹に灰を落としては手慣れた動きで管の手入れを行い、こじんまりと道具を片付けてまとめる。


「ふふ、ただいま戻りました。中央では色々とありましてねー、晴子さんはお変わりないですか?」

「そんな変わらないよ、強いて言うならば煙草の回数を減らしているところさ。さて、予想通り部屋には戻らず祭事部に向かうようだけど、少しばかり話をしていかないかい?」

 城内にあるいくつかの歓談室の一つを視線で指しては、素楽へと向き直る。


「わかりました、いいですよー。…なにか問題でも起こりましたか?」

「いや、順調そのものだよ。姫殿下がお越しになったし、素楽さん飛び回る予定だろう?暫くは忙しくなりそうだから掻い摘んで居なかった間の報告を、とね」

「それもそうですね、千輝様のところへ行かなくて良いのですか?」

「あぁ、馬車酔いで暫くは横たわっているだろうから、そっとしておこうと思って」

 弟と同じく馬車旅は苦手らしく、旅の最中は常に青い顔をしていたので、素楽と会話らしい会話もなく今に至る。

 それもそうですね、と相槌を打っては席に付く。


「では報告なのだけどね。先ずは素楽さんの不在が長引いたことで水成石と湯成石が枯渇してしまった事、これに関しては春生はるおくんが大活躍してくれて今では彼が臨時で供給してくれている」

 出立前に用意していたのはあくまで期間までに必要な数といくらかの予備、季節一つ以上も保つはずもなく簡単に在庫が枯れることとなった。

 ここで活躍したのが杵島きしま春生、魔石魔法の才が他の者より頭一つ二つ飛び抜けている麒麟児きりんじだ。魔石に刻筆を使って彫り込む講習は、触りほどしか受けていないのにも関わらず、魔法部に入浸り残された魔石とにらめっこして再現したのだ。


「へぇー、すごいですね。ふふ、立体陣も使えるようになりましたか、何れは彩鱗の魔石魔法を担う偉大な魔法師になりそうですね」

「わたしも驚いたよ、最近は彼が主体となって有志との勉強会をしているようでね、基礎を理解できる者も多くなった」

「なるほど、わたしが教えることもすぐになくなってしまいそうな。必要そうな知識を絞り出せば、大まかなことはお任せしても良さそう、ですかね?」

「構わないよ、既に姫殿下へ説明等を行えるように準備は終えてあるからね」

 差し出された書類の束に目を通してみれば、基礎の教本に触れる前段階の初心者へ向けた物が作成されていた。

 魔法部の成り立ちは古の研究機関にして学舎、物を教えることの積み重ねは数度教師をしたことのあるだけの素楽よりも篤いのだろう。

 幼い頃に兄が必死に説明していた教本にも似ていると感じながら、一枚一枚間違いがないかを確認し、最後には頷く。


「素晴らしい出来で。これを複製して入門書とすれば取っ掛かり易くなりますね。ふふ、忙しくなりますよ、これから。寿徳ひさのり陛下から認可も受け、建国祭の場で新たな魔法技術として大々的に発表しました。魔石の産出量が多くない桧井ですら爆発的に広まり、魔石魔法なしでの生活が考えられないと言われる程ですので」

「…何れは素楽さんの故郷にも行ってみたいものだ」

「良いところですよ」

 朗らかに笑いながら窓の外を覗けば、桜の花弁が舞っている。

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