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そらの飛ぶお仕事  作者: 野干かん
第五編 鱗を彩る。
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四話③

 王城の廊下を歩み進むのは素楽そらとブロムクビスト夫妻、職務に復帰した護衛六名に近衛兵が五名ほど加わった大所帯である。

 良くも悪くも目立っているうえ、命を狙われている可能性すらある王弟の婚約者にして、中央祭事部の祭務長と護衛に過分のない存在だ。


 今日この日に登城しているには春先にまで延びた建国祭の打ち合わせ。大役を任じられている訳でもなく、態々足を運ぶ必要があるかと言われれば否なのだが、翔吾の手もようやく空いてきたということで婚約者と会うべく登城したのだ。

 いくらかの身体検査を終えて、連れて行かれた先は王族の居住区画。建国祭を運営する官人と打ち合わせをするのであれば、相応しい部屋はいくらもあるだろうに、こうして深部へと向かうのは寿徳ひさのりらとの会合であること意味する。

 法元ほうがが縁戚としていようと歴史も地位もない家柄の小娘当主、公的な場にて国王との謁見が許される筈もなく、婚約者である翔吾と逢うという建前の下で遭遇する筋書きだ。


 歓談室の扉が開かれ護衛を控えさせて足を踏み入れれば、長椅子に腰掛け居眠りする翔吾の姿。少しばかり疲労が見えるのは激務続きである証左であろうか。

 このままでは前回の二の舞い。婚約者に恥をかかせるような趣味は持ち合わせていない素楽は、体躯を揺すり目覚めを促す。眠りが浅かったのだろう、少しばかり不機嫌そうな瞳をしては気怠気に周囲を見渡し、暢気に微笑む婚約者を見つける。


「おはよー、翔吾」

「……素楽、どうしてここに…?」

「寝惚けてるのかな?うーん…ふふ、わたしは眠りについた王子様を食べに悪い魔女だよー、ほら早く起きないと…んっ、こうして美味しくいただいちゃうから」

 小悪魔な相貌をした素楽は、翔吾の首に口吻を押し付けては暖かな吐息を這わせる。


「素楽っ!?」

 眼の前にいる婚約者は本物で、自身がなぜ歓談室で寝ているかを瞬時に思い出した王弟は、顔を真赤に染め上げては誰にもみられていないことを確認し胸をなでおろす。


「目覚めの特効薬は効いたみたいだねー。おはよう、翔吾」

「あ、あぁ、おはよう素楽。……その、もしも次があるなら、普通の起こし方をしてくれると助かるのだけど」

「しっかり起きてくれるなら、ね。…こうしてしっかりと会えるのは久しぶりだね、茶蔵じゃ毎日顔を合わせてお話や食事したりしてたから、ちょっとだけ寂しくなっちゃった」

 隣に腰掛けては小さな体躯を押し付けるようにして凭れ掛かり、橙色の瞳で青紫色の瞳を見上げる。弄ぶように指を絡めては離してを繰り返す。

 今にも理性が爆発してしまいそうな翔吾だが、現在いる場所が歓談室であり外には護衛と警備が詰めている事を思い出し、鋼の精神で素楽の言葉へと意識を向けていた。


(あと二年弱、わたしは耐えられるのだろうか…)

「わたしも会いたかったよ。王宮の内情も落ち着いてきてね、少しずつだけど時間を作れそうなんだ」

「そうなんだ。手紙じゃ味気なくてねー、こうして会って話せるのは嬉しいな」

「くく、同じ気持ちだよ。茶蔵に戻るのは…春先の出立になるだろうね。あまり早くても雪に覆われているだろうから、いま暫く我慢をしてほしい」

 現在の茶蔵は夏の酷暑と打って変わって厳冬となっている。夏に暑いことと比べれば寒い冬くらいなら毎年の事、などと領民は気にした風でもないのだが、伝令を任された者は四苦八苦したらしい。


「帰ったらわたしは祭事仕事で、翔吾は政務仕事で大忙しだねー。そうだ、初夏の頃に祭事部から祭務司の誰かが視察にくるみたい、騎射をみたいんだって」

 頭の片隅に追いやっていた記憶を掘り起こされ、中夏までは忙しくなりそうだという思考に今からうんざりとさせられている。


「ああ、一応だが話は聞いていたよ。ただの視察だから恙無く終わるだろうけども」

(そういえば酷暑にもかかわらず彩鱗の被害はなく、茶蔵おいては豊作だかで祭事部も無為に出来なかったのだろうな。聞く話によればニーグルランドやソリエノでは結構な干魃かんばつ被害とも聞く)

 あまり素楽が忙しくならなければ良いのだが、などと考える。二人の、癒やしの時間が削られて困る翔吾は、心の内で溜め息を吐き出す。


「松野では大きな祭りが催されるんだっけ?」

「うん、そうだよー。夏至の日にね、朝から夜までそれはもう大賑わい。その一環で騎射会をするんだけど、数え切れないくらいの観客がいて凄いんだ」

「くく、いつかは見にいけると良いのだけどね」

 会えなかった時間を埋めるように二人で歓談に耽っていれば、ぞろぞろと響く足音に素楽が魔力視で部屋の外を視る。多くの人で固まり団子のようになっている様子から、寿徳であることは想像に難くない。二人は襟を正しては、偶然に歓談室へと休憩に来る国王陛下を待ち受ける。

 小さなやり取りを終えて入室した彼はひと目で分かる疲労感を纏っており、小夏が構ってもらえないと頬を膨らませる理由もよく分かる姿だ・


「なんだ、今回は香月祭務長に甘えてなくていいのか?」

「なんのことやら」

「すまないな、少しばかり邪魔をする。ふぅ…昼餉を頼む」

 日が頂点に昇ってから一時と半分(さんじかん)、遅めの昼餉とするようで従者に指示をだしては椅子に深く凭れ掛かる。


「……アレやアレらの謀反は想定されてはいたが、まさかここまで尾を引くとは…。香月祭、いや義妹よ、改めて礼を言わせてくれ、彩鱗のため小夏のために尽力してくれて感謝している。君が動いていなければ悲惨な事件と化していただろうからな、ありがとう」

 姿勢を正した寿徳は机に額が着くほどに頭を下げて感謝を述べる。父として国王として何度言っても言い足りないのだろう。


「ありがたきお言葉謹んでお受けします。ふふ、力になれたのなら何よりです、お義兄様」

「法元嬢と天音の心を支えてくれていることもだ。…茶蔵に戻らずに宮仕えになるつもりはないか?あちこちから香月祭務長は王宮に置くべきではないか、なんて声も上がるようになってしまってな」

「すみません、それはちょっと。前にもお話しましたが、わたしには茶蔵でやりたいことがありますので」

「やっぱりか。まぁよい、気を引けるだけの材料を用意できなかったとでも言っておこう。本人が直接誘いにくるやもしれんが、バッサリと断ってくれて構わい、というか今まさに断ったところか」

「やはり兄上のところにも話が上がっていたか、私の方にも多くてね」

「なんなら花乃子が近衛に入れたがる程だ」

 寿徳が部屋の隅に立つ花乃子へ視線を向ければ、つまらなそうな表情で素楽を見つめている。


「次は褒賞の話だが男爵位勲章を一つと爵士勲章を二つ叙勲する運びなった。男爵位勲章の号は香花鶏かおるあとり、新興貴族にしては異例の大出世だが…それだけの功績を上げたのだと誇ってくれ」

「ありがとうございます、陛下」

 所持している勲章よりも高位のものを授与される場合、新たな号を付けられることになりそちらを名乗ることとなる。つまりは「香月素楽、香花鶏男爵位」となるわけだ。

 彩鱗において爵位勲章とはあくまでも勲章であり貴族間の階級等を表すものではないが、本人が男爵位勲章を叙勲されているのであればおいそれと舐めてかかることはできない存在だ。


「でだ、勲章とは別に褒賞を用意したいのだが、必要な物や欲する物はあるか?」

 今回の会合、これが本題。信賞必罰を徹底しなければ人の心など容易く離れるもの、最大の功労者への褒賞をどうしようという話になる。


「……うーん、そうですねー。金子きんすが無難でしょうか?」

 自身で人を雇っているわけでもなく、衣服や装飾品といった必需品に生活にかかる費用はすべて翔吾持ち。加えて私的な買い物は中央祭事部からの給金でいくらでもなんとかなるのだが、これといって必要とするものが思い当たらなかった結果、無難に金子と告げる。


「なんだ金に困っているのか?」

「いえ、特にこれといって思いつくものがなく」

「なるほどな。特別に困っているのでないのなら金子は避けたほうがいい、面倒な物らが集ってきて大変だぞ」

「それじゃあ宝物庫に眠っている宝石類でいいんじゃないかな?家宝としても格式高いものになるからね」

「無難だが最適だな、異論はあるか?」

「いえ有りません。王家から授かった御下賜品として後生大事にいたします」


「ならよし。必要な話はこれで終わり、だな。建国祭の細かな詰め合わせは、この後に駿人あたりがくるであろうからそっちで頼む」

「はい、わかりました」

 食事と少しばかりの休憩をした寿徳は、仕事に追われるように歓談室を後にするのであった。

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