四話②
「これをみてくれるかしら?」
勉強という名目で集まった日、天音が徐ろに一冊の本を取り出しては二人の前に押し出す。『竜の恋』と題された一冊の恋愛小説。
パラパラと頁を捲ってみれば、亡国の姫が若き竜人の貴族を窮地から救い出し恋に落ちていく、といった内容のもので、最近の流行り物なのかと素楽は考える。
「天音も読んだのね。主人公のお姫さまが勇敢に戦って大活躍するなんて斬新でたのしかったわ、まだまだ続きがありそうだったから気になって気になって」
薄紅色に頬を染めては、浮かれるような表情で感想を語るのは小夏。恋愛小説に黄色い声を上げるお年頃なのだろう。
素楽はといえばあまり感心がないようで、流し見を終えればパタンと表紙を閉じる。
「どうかしら素楽?」
「うーん、あんまりこういう小説には興味がなくて」
お手上げです、と言わんばかりに肩を竦めてみせる。彼女の好んで読む書物は知識を得られるものが中心で、体験を楽しむような代物には興味が沸かず触りを読んでは本棚の飾りへと成り代わる。
「そうでなくて…この話は素楽をタネに書かれているのよ。細かな部分は手を加えてあるけども、どう読んでも貴女と翔吾王子殿下じゃない。いいの?」
言われて目を通せば、そう見えるような見えないような絶妙なところ。大きく設定を盛ったり改変したりしている故に、張本人からすると別物にしか思えないといったのが正直な感想である。
「祭事部的に不都合はあるの?」
「いえ、龍神様も導きの白烏も用いていないからなにも」
「ふーん、じゃあいいんじゃない?知らぬ存ぜぬで通すよ、ただの恋愛小説だし。ふふ、翔吾様とわたしを題材にする話だったら、しっかりと取材してほしいけどね」
興味なく閉じられた小説はそっと押し返して、ゆったりと茶を飲む。
「すみません、それわたしが借りても良いでしょうか、天音様」
ここぞと声を上げたのは奈那子。燃えるような赤髪を揺らし進み出ては、瞳の先には小説が一つ。
「奈那子様は興味がお有りで?わたしは読み終わっていますのでどうぞ、感想を聞かせていただけると嬉しいわ」
「ありがとうございます。わたしもこういった書物は読みませんが、素楽様が題材になっているのであれば、と」
「素楽叔母様と翔吾叔父様のお話が知りたいわ!」
目を瞬かせて固まっていた小夏動き出しては、大きな声は張り上げる。
「私も聞いてみたいわ、昔はお話が得意ではなかったものね」
「別にいいけど。…そうだね、じゃあ白臼山に辿り着いた辺りから」
流行り小説の題材ともなった素楽が、話せる場所を掻い摘んで説明する。
水も食料もなく、手には武器と魔石のいくつかのみ。人里求めて川を下るも無人の村々が点在しているだけで人影はなく、ようやく見つけた人たちには角と尻尾、そして目元に鱗が生える見慣れない種族であった。
彼らは魔物の群れと首魁に襲われており、話を聞いたり食事を分けてもらうことなど出来る状況でもなかったので、素楽は首魁の一匹に目をつけ攻撃、魔法師らが討ち滅ぼすだけの時間と隙を作り出したのである。
厄介な首魁の片割れを討ち、残りの一匹に集中できる様になれば押し返すこともでき、茶蔵の軍は大いに沸いた。
「そこの陣頭指揮、兵士に指示を出していたのが翔吾様でね。ふふ、お互いに言葉をわかってなくてね、改めてその時の話をしたら全然噛み合ってなかったんだなって二人で笑ったんだよ」
窮地に陥った彼ら導き、突破口を作り出した恩人が白髪に白い羽毛、鳥のような脚をした縁起者。話を聞く竜人は皆、翔吾が執心する理由に合点がいった。
「それからは茶蔵の城でお世話になりながら、彩鱗言葉の勉強と築屋の式を手伝ってたんだ。それからは、まぁ色々あって今になるってところかな」
病に戦に魔石魔法に、襲撃されたり行方不明になったり騒々しさに欠かない日々だ。
「翔吾様はねー、毎日のように言葉が不慣れなわたしと話す時間を用意してくれたり、高いと思う薬を惜しげなく使ってくれたり。ふふ、休みの日は一緒にすごしてくれたりと、力になりたいって思える大切な人になっていたんだ」
寿徳からの婚約の打診を受け入れて婚約した、と惚気る。こうした姿を見るに素楽も年頃の女の子なのだと思うのであった。
―――
紙を筆が走る音、浅い眠りの呼吸音、頁を捲る音。素楽に割り当てられた部屋では、女性が三者三様に過ごしている。
足音と共に扉が叩かれれば聞き馴染んだ男の声が発せられる。
「ワシじゃ、戻ったが入っても良いかの」
「どうそ」
厚着をしたテオドルは入室するなり、暖炉の前を陣取っては悴む手を翳して温まる。
「最近はめっきり寒くなってきたのう、素楽ちゃんと奈那子ちゃんは風邪に気をつけるんじゃよ」
「そうですねー、病には良い記憶がありませんから、用心しましょうか。ふふ、はちみつの入った暖かな牛乳でも用意してもらいましょうか」
「よいのう。牛乳にはちみつ、あとは卵とちっとばかしの酒をいれてくれれば完璧じゃな」
「…美味しいんッスか、それ」
半信半疑、恋愛小説から視線を外しては疑念の籠もった表情を向けている。
「美味しい。寒い季節にはよく飲んでいた」
「そうじゃったな。もちろん、子どもたちには酒を抜いた物を与えとったぞ。そうそう、素楽ちゃんに翔吾殿から手紙を預かっておるよ。激務続きで萎びた芋みたいになっとってなぁ、めんこい文を認めて元気にしてやってくれ」
「それは難役ですね」
公文書類や私文書を書き上げることは出来ても、恋文を書き上げるのは難しく思うのが素楽。招待状のように季節の挨拶に差し障りのない文言、必要事項を書き加えて、必要があれば追記を書き添えるような定型があるのなら問題ないのだが、高ぶる感情を詩のような文言に変える才はなかった。
何にせよ手紙を検めなければ返答のしようもないので、封を切り中身を取り出す。
綴られている文言は近況報告や細々とした連絡、そして情熱的な装飾を加えて、寂しいから今直ぐに会いたい、といった内容。
丁寧に折りたたみ手紙入れに仕舞ってから筆入れに手を伸ばす。
恋文には流行り廃りの定型文があるのだが、それだけでは味気なく思われるので自身の色を押し出す必要がある。然しながらそういった部分が不得手なようで、うんうんと首を傾げ悩みながら書き進める。
部屋に天音か小夏でもいれば、的確な指示を仰ぐ事が出来るのだが残念なことに恋文とは無縁の集まりである。
外つ国出身者が三人。言わずもがな恋文を認めるなど彩鱗に来て初めての経験である素楽。
読み書きは出来るが手紙を書いたことすらないグニル。恋文は貰う専門じゃ、などと宣うテオドル。
そしてこの中では一番マシな奈那子。尋ねてみれば自信なさげな回答を貰える。
(そういえば奈那子って社交にはでないね、婚姻に乗り気じゃないのかな?思えばあんまり男の人と接してないし)
高望みをしているわけでも、彼女自身に問題があるとも言い難く、容姿も優れている。印南家という家柄は十分で、今を時めく素楽の侍女、いや側近といって差し障りないのだから、引く手数多であろう。
(何れは隣に並べる好い人が現れるといいんだけどね)
他人の心配をしつつ、運ばれてきた温かな飲み物を口に必死に手を動かすのであった。




